早朝のランニングに出たジョーは、公園の内部をくまなく見回していた。
「なぜ、廃遊園地を公園にしたんだ……」
幼い頃、堀口ミノルとともにここを訪ねた。
地下には巨大な通路があり、閉ざされた扉があった。
扉に書かれていたのは「vista」。
そして先日の調査によると、敷地はすべて吾妻グループ所有だという。
複合商業施設ビスタと、地下施設vista。
因果関係を疑わざるを得なかった。
ジョーは公園の内部を塗りつぶすほどに走り回った。
やはり見れば見るほど、何かが引っかかる。
公園は全体的にひんやりとしていて、それに無機質だった。
市民のために作られた憩いの場というよりは、ただとにかく木を植えて強制的に空き地を隠したような印象だ。
さらには自然が多いこの田舎町に公園を作ること自体が、計画性のなさを露呈しているのではないだろうか。
巨大な蓋……。
ここは地下施設の存在を隠すための、「蓋」ではないだろうか。
ふと頭の中に巨大な鍋が浮かんだ。
公園という蓋の下に、鍋という大きな秘密があるのではないだろうか。
ジョーは中央にある噴水に近づいた。
水の枯れた噴水を目の前にして、撮影用のアクションカメラを手にした。
噴水の周りを一周しながら、様々な角度から映像を撮ってみた。
それから携帯電話を取り出して、東京にいるキャプテンに電話をかけた。
「この公園、やっぱり何か怪しいな」
<何か見つけたのか?>
「より詳しく調べる必要がありそうだ。公園に関する資料を集めてくれないか? いつどの会社によって作られ、当時の担当は誰だったのか。その他関連するすべての資料をたのむ」
<了解。今日沈思熟考が出勤するから、あいつにやらせてみよう。ただ公園の施工業者以外にも、廃遊園地を解体した業者も調べておいたほうがいいな>
調査によると、廃遊園地が解体されてからは、しばらく空き地だったらしい。
「もしかしたら、父さんは元々ビスタをここに建設しようとしてたのかもしれない」
<そうかもな。もう少しビスタに興味をもつべきだった……>
複合商業施設ビスタが、ここから1キロほど離れた場所に建設されたのはなぜだろうか。
ジョーは考えを巡らせようと集中してみたが、頭がうまく回らず諦めた。
「考えるのは他の俺にやらせればいいか」
<公園は事情を一切しらない施工業者に発注したかもしれない。彼らは地下施設の存在など知らないまま、ただ黙々と公園という蓋をかぶせた>
「となると、遊園地の解体業者をフォーカスすべきかもな。優先してそっちを調べてくれ。担当者が誰なのかわかれば、俺が行って責め立ててやるから」
<おまえはダメだ。他の俺にやらせる>
「何だ? なんで俺はダメなんだ?」
<おまえは、自分の内部に隠れた暴力性に気づいていない>
「なんてこと言いやがる。俺がいつ誰に暴力を振るったってんだ?」
ジョーはそう反論しながら、頭で昨夜のことが思い浮かべた。
下請け業者の労働者たちと会い、ジョーは内側から込み上げる興奮を実感していた。
血の匂いのする現場と、そこで行われた暴力事件が、明らかに五感を刺激していた。
ジョーはその興奮を、勇信個人ではなく男の特性だと位置づけておいた。
しかし過去に感じたことのない種類の興奮があったのを、認めざるを得なかった。
血の匂いに惹かれる自分。
ほとんど無意識のうちに、労働者を東京へと呼んでしまった。
グレートコロシアム。
今夜が決着の日だ。
……ああ、はやく夜になってくれ……。
<とにかく施工業者はこちらで調べておくから、ジョーは計画通り堀口さんを探してくれ>
「わかった。一旦別荘に戻って、昨日と今日撮った映像を編集してから共有する」
<編集はデザイナーに任せて、はやく堀口さんを探すんだ>
「素材があまりに多すぎて、俺じゃないと編集は無理だと思う」
<チッ、好きにしろ>
*
秋山泰泳をはじめとする吾妻建設の下請け労働者たちは、東京の地に降り立った。
東京神宮前、グレートコロシアム。
「秋山組の秋山泰泳です」
「どうぞ。お入りください」
コロシアムの裏口に立つ警備員が、内部へと案内してくれる。
「監督……。俺たち何かやばいことになってませんか?」
労働者のひとりが不安そうに話した。
「大変なことになったからって、逃げられるわけでもない」
秋山泰泳は落ち着いた様子で表情を変えなかった。
ここは明日、総合格闘技『マーシャルFCナンバーシリーズ30』が開催される競技場だった。
大会のポスターが掲げられた通路を通り、労働者たちは会場に入った。
大会当日でないため、中には誰もいなかった。
約3千の収容人数を誇る競技場の中央には、八角形の金網が設置されている。
まばゆい照明がケージを照らし、その中央にはひとりの男が立っている。
黒い半袖のラッシュガードを着た吾妻勇信(ジョー)が、ケージの中央から彼らを一瞥した。
「どうぞ、中に入ってください」
ジョーの一言に労働者たちは凍りついた。
それもそのはず。
立っているのは、昨日オフィスにやってきた安ジャージの男だ。
だが昨日とは打って変わって、圧倒的な存在感を放っている。
「……」
秋山泰泳をはじめとする5人の労働者が、恐る恐るケージの扉を開けて中へと入った。
怯えたようにジョーから距離を置いて、金網に背をつけた。
秋山泰泳だけが、堂々とジョーの目の前に立った。
「うしろの皆さんも、前にきてください」
「……はい」
「もしかして、あなたは……吾妻勇信常務でらっしゃいますか?」
秋山泰泳が言った。
「ええ、そうです」
「ひいいっっ……!」
労働者たちの声が、コロシアムに響いた。
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