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◻︎嘘の理由
「妊娠は…していません、今は…」
「ん?今は?」
「はい、実は、市販検査薬で陽性が出たあと、病院に行きました。おそらく産めないと思っていたので、早く確認したかったので」
「それで?」
「詳しく検査したら、妊娠していませんでした、自然に流れてしまったのではないかと…そのあとすぐ生理もきたし」
えっ!と驚いた顔をしているのは雅史だけ。
「なんで?嘘だったの?」
雅史の顔色が悪い。
さっきまでは緊張のために赤い顔だったのに今は白んでいる。
「ううん、あの時はホントに妊娠してたんだと思う」
「じゃあどうして病院の結果を教えてくれなかったの?」
「雅史君が…雅史君が離れていくと思ったから」
その時、バンッ!!とテーブルを叩いたのは礼子。
「ちょっとあんた、何考えてるの?うちの息子を騙して結婚しようとしてたの?何で?どうせ捕まえるなら、稼ぎのある大人の男の方がいいでしょうが!」
あー、なんだかまた姐さんみたいな礼子になった。
「信じてもらえるかどうわかりませんが…」
「信じられるわけないよね、もうさ。最初から嘘ついてるんだから」
「礼子、ちょっと落ち着こうか、そんなんじゃ成美さんも話ができないよ」
礼子は、わかったと小さくうなづいた。
「すみません、信じてください。私は本当に雅史君のことが好きなんです。歳の差もあって、まさか自分がこんな気持ちになるなんてとびっくりもしてます」
「それから?」
「それから、えーと…」
言い淀んでしまう成美。
「本当に好きならば、まだ就職もしていない息子とそんな関係になって、迂闊にも妊娠して、なんて失態を冒す?あなたにもお子さんいるよね?男の子か女の子か知らないけど、あなたが私の立場だったらどうする?」
「それは…」
はぁーと大きなため息が出るのは、私と礼子と同時だった。
「いくら息子のことを好きだとか言っても、それはあなたの勘違いにしか思えないよ。ちょっと優しくされてそこに絆されて、逃したくないから妊娠?これでお金でも請求されたら、あなたは立派な美人局だよね、犯罪だよ」
「そ、そんな…」
また、うわぁっと泣き出した。
「まぁ、そんなに追い詰めなくても…」
ご主人が話に入ろうとしたけど
「ちょっと男は黙ってて!」
思わず止めたのは、私だった。
礼子は話を続ける。
「成美さん、子供二人抱えてシングルマザーで生きていくのは大変だよね?でもさ、それはあなたが選んだ人生だと思うから、なんとか頑張って。そうしないとお子さんたちに恥ずかしいでしょ?」
「…すん……」
鼻を啜る音。
「息子と付き合うなとは言わないよ、それはあなたたちの自由。好きにしたらいい。でもね、自由と引き換えにいろんなものを覚悟しなきゃいけないことは忘れないで」
しーん。
「雅史!あんたもね、すぐに退学して働くとか言うな!ってか、そんなことになるような浅はかな生き方するんじゃない!言いたくないけど、あんた一人の力でそこまで大きくなって大学にも行けてると勘違いするんじゃないよ!」
「おつかれ!」
「うん、ありがとう。ホントに疲れたわ、一体なんだったの?あの二人は」
雅史が“子どもができたから結婚したい”と連れてきた女は、実は妊娠していなかった。
よくよく問い詰めたら、雅史のことを好きだというよりも、甘えられる誰かが欲しかった、そんな感じだった。
「わからなくもないけどね、子ども二人抱えてこれから先が不安なんでしょ。でも、だからってうちの雅史を?それは違うよね」
はぁーと深いため息。
結局、これからどうするか二人でよく話し合いなさいと、帰した。
礼子は大人の対応をしたと思う。
私なら、もっと激昂して相手の女を引っ叩いてたかも。
「孫ができるっていうのは、ちょっとうれしかったけどね」
ポツリとご主人がいった。
「私はまだ、孫を可愛がれるような気分じゃないかな。あまりにもいきなりすぎたよ。これからあの二人がどうするのかわからないけど…」
そう言う礼子は、成美に名刺を渡していた。
「困ったことがあったら連絡しなさい。何かしらの手助けができるかもしれないから」
そう言っていた。
その時の成美は、また、泣いていた。
あれはきっと、礼子のその言葉がうれしかったからだと思う。
「どうするかねぇ、雅史君は」
「どうするんだろうね、大学は卒業するって約束してくれたけどね」
その夜。
《こんにちは!今日は講演会で大阪まで来ています》
雪平からのメッセージが届いた。
〈こんにちは。そんなとこまで行くんですね〉
《知り合いから頼まれましてね。どうですか?小説は進んでいますか?》
小説のことを聞かれて、慌ててプロットをメモしたノートを出した。
〈登場人物の設定と、おおまかなストーリーはなんとか。でも、いざ書き始めるとなると、どう書いていいのか、難しいですね〉
《それならば、まず美和子さんが書きたいと思うシーンから書いてみては?それからそのシーンに肉付けをしていくような感じで》
〈なるほど。それなら書けるかも?あの、闇鍋の話を書いてもいいですか?〉
しばらく、返事がなかった。
_____やっぱりダメか、ネタにしちゃったら
《いいですよ。もちろん僕の情報は出さないと約束してくださるのなら》
〈それは当然です。約束します」ナ
《そうですか、それならいくらでも。でも小説のネタになると思うと、お誘いする時も気をつけなければなりませんね》
〈どうしてですか?〉
《おかしなことは言えないということです。で、そろそろどうですか?》
きゃ。
いきなりのお誘い。
〈はい〉
《日程が決まりましたら、連絡しますね。また闇鍋しましょう》
〈はい〉
闇鍋が合言葉になりそうだなと思った。
雪平との関係を考えると、成美と雅史君のことを責めることはできない気がする。
でも、ひとつだけ言えることは、お互いが依存していないということだ。
大人の恋は、それぞれがきちんと自立していて初めて成り立つのかもしれない。
どちらかがどちらかを束縛したり依存したりすると、脆く崩れてしまう。
そういう意味では、若い人同士の恋愛とは意味が違ってくるんだな、なんて考えた。