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ゆるり、
そんな擬音を響かせるような風情で玉座から蛇の半身を持ち上げたアスタロトが骨だけの顎を憎しみに歪めながら、軋み(きしみ)圧された歯軋りをガリガリと響かせながらコユキと善悪に怨嗟(えんさ)の声を上げる。
「それ程死に急ぎたいと言うのか、哀れな人の子よ…… そなたら自らが選んだ道ぞ、我を怨むでないぞえ! ぐふふふ、最早、この場にて喰らうは己等のみ、只々、悔やんで踊れ、後悔の舞を紅蓮の地獄で、ニンゲン! いただきますっ!」
パンッ!
どこか既視感のある、いや有り過ぎる『パンっ』を披露したアスタロトは、躊躇する事無くコユキと善悪に迫るが、それを良しとしない存在がここには、もう三体存在したのである。
コユキと善悪を守るように流れ出た黒と白の閃光がアスタロトの周囲を幾重にも囲み込み、流れ出る狼の暴の奔流は悪魔であっても、容易に抗い(あらがい)がたき力、単純な殺意、猟犬が獲物を見つけ主に褒められたいその一念だけで噛み殺す、その純粋な殺意を感じさせるには充分な物であった。
思わず一歩後退さるアスタロトの耳に一つの声が響く。
「くっはは、かかったな」
声と同時に一歩下がったアスタロトの背中、その中央に刺し込まれる蠍(サソリ)の尾、そうこの階層の高さを利用して、当初より姿を隠していたチロの必殺の毒針がアスタロトを貫き抜いたのである!
「なるほど…… オルトロスか、良い攻撃だ! ところで、お前自身は毒に強いのかな?」
アスタロトの言葉が終わるのを待つこと無く、オルトロスのチロちゃんは、その身を床に打ち付けて、びくびく痙攣(けいれん)をしながら、茶色い体を青白く変じながら今際の際(いまわのきわ)に立たされているのであった。
パズスが叫び、ラマシュトゥが縋り(すがり)つく。
「チロ! チロ! 死ぬな! チロォーッ!!」
「くっ! 兄様! 少しどいて、『解毒(アポトキシン)』」
しゅうぅ~、そんな音を周囲に鳴り響かせつつも、チロの解毒は何とか間に合った様であった。
「チロの毒がチロに? 一体、こ、これは!!」
善悪が誰に問うとも無く口にした言葉に、かってここ、ムスペルへイムに破壊の限りを齎(もたら)したシヴァが答えを返した。
「善悪様! これはネヴィラスが使った技と同じでございます! コイツの副官を宣言した彼(か)の哀れで惨めな雑魚(ザコ)は、この反射の力で我に対抗しようとしました! 結果は消し炭…… この愚かなネヴィラスの主も同じ様に燃やし尽くしてくださりませ!」
「なるほどでござる! 『反射』ね…… 嫌らしい技でござるな! アジ・ダハーカ! チョット来て! で、ござる!」
善悪が何やらアジ・ダハーカと相談したいらしいと、小一でも分かる気配をギリギリ察したコユキはアスタロトへの攻撃を試みるのであった。
「散弾(ショット)」
放った瞬間、自身の上半身に襲いかかる、特上の激痛に顔を歪めながらもコユキは言った。
「デスニードル! (With 身体強化(極小))」
打った瞬間、コユキの左胸を襲う、有り得ないほどの激痛!
見れば身体強化(極小)とヴェールの効果も無視して左胸から先を抉られている、そりゃあ、途轍(とてつ)もなく痛い!
しかし、コユキは躊躇無く残った一本の腕に力の全てを込めて言うのであった。
「で、デスニードルゥ! (With 身体強化(極小))」
アスタロトの右胸を破壊せんとしたデスニードルの痛みは、彼に届く事無くコユキの右胸を叩き砕いたのであった。
「くぅっ!」
さしもの石松以上のガッツ保有者コユキであっても、これは流石に効いたらしく、両膝を地に付けて、端目には最早戦えないとしか見えなかった。
しかし、コユキは今や一人では無い!
その証拠にこの場にはコユキを庇うように飛び込んできた美坊主、善悪がいたのである!
それも数十体!
「バッキャロウ! お前の好きにはさせないってばよぉぅ! 見よ! 忍術『ハゲ分身の術』だってばよー! ドロン!」
何かを誤魔化すようにいつも以上に大きな声で叫びながらアスタロトに飛び掛る大勢の善悪の後ろで、シヴァが小さな声で何やら呟いた。
「幻視(ミラージュ)」ボソッ
その瞬間、数十人だった善悪が数百人まで数を増やし、最上階フロアに溢れかえりつつ、アスタロトへ向かって踊りかかるのであった。
「「「「「「「「「「「「「「喰らえ! これが秘伝『多重ハゲ分身』だってばよー!!」」」」」」」」」」」」」
どうやら世界的に伝説になっているあのマンガの主人公を気取っているらしい善悪だったが、最初の数十体はアジ・ダハーカに頼んで出してもらった善悪の分身体、後でシヴァが増やした善悪は実体を持たない『ハゲ分身』である事が発言から類推される、アスタロトが原作を読んでいなければ良いのだが……
私の予測通り、アスタロトに向かっていった善悪の殆ど(ほとんど)は、当たった瞬間にすり抜けるようにしながら姿を消し、徐々にその数を減らしていった。
十数人に一人位の頻度で、実体を持ったアジ・ダハーカ謹製の分身体が、アスタロトに対して、或いは殴り掛かり、或いは蹴り付け、又或いは噛み付いたり引っ掻いたりしながら、次の瞬間先程のコユキ同様、ダメージの『反射』を受けて、無念だとかチキショウだとか祟る(たたる)ぞだとか口々に叫びながら消失していくのであった。
「やるわね善悪、んでも撹乱(かくらん)は出来ても攻撃はあんま通って無いわねぇ……」
治療してもらっていたのだろう、隣にラマシュトゥを侍(はべ)らせたコユキが困惑したように言った。
不意にハッとした顔つきになったコユキはキョロキョロと周囲を見渡し、ある場所を見つめてその動きを止めた。
「オルクス君! 何を!?」
少し離れた場所、善悪の群れの後ろからオルクスが再び思念を飛ばして来る。
『ヒント、ミテテ、サンセンチ』
「お、オルクス君!」 「兄様!」
「飛刃(リエピダ)、神速(グリゴリ)!」
コユキとラマシュトゥが叫びをあげる中、オルクスは風の刃を飛ばした直後、コユキの加速(アクセル)同様にその姿を掻き消すのであった。
オルクスが消えた瞬間、飛刃(リエピダ)を打ちだした場所の床を風の刃が切り裂く、と同時にアスタロトの黒紫の胸に僅かな切創(せっそう)が入るが、見る見る間に塞がってしまう。
「コユキ様!」
焦った様なルクスリアの声に振り返ると、七大徳の近くの壁に打ち付けられたのだろう、石壁の脇に力無く倒れこむソフビ人形、オルクスの姿があった。
心配そうに覗きこんでいる七人の前に突如として姿を現したモラクスが、心配そうな表情で駆けつけようとするコユキを安心させるように言った。
「大丈夫です、魔力切れを起こしただけです、今の兄者の魔力量で『神速(グリゴリ)』は不可能だと言っておいたのですが……」
モラクスに抱き抱えられたオルクスはグッタリとしていたが、胸は僅かに上下していて眠っている様にも見えた。
コユキは心底ホッとした表情を浮かべた後、再び表情を引き締めると、オルクスを除くスプラタ・マンユ六人に作戦を指示し始めるのであった。