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小野先輩は今後二度と私と会わないと大智君に約束させられて、勝呂唯の待つ彼女の実家に帰っていった。

大智君が怒ったのは当然だ。私がしたことは精神的な浮気だから。かつて一度だけ肌を重ねたその男の現在の姿を、私は確かに見てみたいと思った。できることなら話もしてみたいと思った。肉体的な接触がなければいいと勝手に決めつけていた。

もう君以外の男は見ない、と大智君に約束したのに。大智君を最後の男だと言い切るからには、ほかの男と会って話をしたいなどと願ってはいけなかった。ましてかつて体の関係のあった男と――

小野先輩と会いたいかと聞かれたとき、会いたい気持ちがあったとしても会いたくないと答えなければならなかった。いや、そもそも会いたいという気持ちになるのがおかしい。

小野先輩と再会して客間で向かい合ったとき、隣に大智君がいるのを忘れて、彼とじっと見つめ合ってしまった。

認めたくないが、私は浮気性なのだろう。二十歳の頃、一人に体を許してからあっという間に経験人数が十二人に増えた。彼らのやり口が巧みだったのもあるけど、私の警戒心の薄さもそうなったことの大きな要因だ。

その頃から私は全然進歩してないのかもしれない。二十歳の頃の私の愚かで軽率な行動のせいで、大智君にはさんざん嫌な思いをさせてしまった。こんなことで心配や迷惑をかけるのはこれ以上はあってはならないことなのに、私の浮気心は治らないのだろうか?

小野先輩の訪問を受けた三日後、遊びに来てくれた沙羅さんと客間で向かい合っている。大智君は勤務日だからここにいない。広道はお母さんといっしょに別室でお昼寝中。

「大智君、小野っていう人には優しかったんだね?」

「優しかった? どこが?」

「だって彼は、もう二度と詩音さんと会いませんって約束させられただけなんでしょ? ほかの十二人はそれに加えて、死ぬまで静岡県内出入り禁止っていう条件まで飲まされてるじゃん。大智君のお姉さんの美琴さんが、十二人のうちの一人の斉藤大輔君と結婚前提に交際してるけど、その約束のせいで大輔君を実家に呼んで両親に挨拶させることもできないって嘆いてるってよ。大智君と約束したといっても口約束だから大智君に気づかれないようにこっそり来ればいいと思うけど、大輔君がそれだけはできないってずっと突っぱねてるみたい」

「そんなこと言われても、条件を緩めてあげて、なんて私の口からは絶対に頼めないよ。あなたをひどい目に遭わせたあの男たちとまた会いたいんですか? って怒られるに決まってるから」

「ふふっ」

「何がおかしいの?」

「だってさ、あなたたちが交際を始めたとき、絶対に詩音さんが大智君を尻に敷くもんだって思ってたから。まさかこんなに亭主関白になるなんて夢にも思わなかった。経験豊富な詩音さんに対して、大智君は童貞だったんだよね。あの頃の大智君を思い出すと、セックスどころか、キスしたのも詩音さんが初めてだったんじゃないの?」

「だからだよ」

「どういうこと?」

「何もかも未経験ってことは知られたら困る恥ずかしい過去もまったくないっていうことだから。大智君だって中学のとき恥ずかしいことを毎日やらされてたといっても、それはいじめの一環として自分の意志に反することを強要されただけだから、彼は何も悪くない。それに対して私は、知られたら別れようって言われても文句言えないたくさんの恥ずかしい行為を、誰かに強要されたわけではなく自分の意志でしてきたんだ。しかも私にとっては絶対に知られたくない、大智君にとっても絶対に信じたくない、そんな私の恥ずかしい過去はもうあらかた彼に知られてしまった。それを知ってもなお私を見捨てないでくれた彼には本当に感謝してるけど、一方でこんな汚れた女に尽くしてくれる彼に申し訳ないという卑屈な気持ちでときどき胸がいっぱいになるんだ」

「勝呂唯に美琴さん、いろんな人が大智君に詩音さんの過去を告げ口したもんね。しかも隠し撮りされた写真や動画まであったんだっけ? それだけでも大変なことなのに、大智君は結局、詩音さんの恋人だった十三人全員と正々堂々と対面というか対決して、十二人には土下座して謝罪させて、この前来た十三人目ももう二度と会いに来ませんって約束させたんだよね? 言っとくけど、十二人の高校生と毎日取っ替え引っ替えでセックスしてましたって勝呂唯にバラされた時点で、並の男なら婚約破棄されてるはずだよ。大智君は最高の男だと思う。もし大智君が独身だったら、独身じゃなくても奥さんが詩音さんじゃなかったら、あたしを抱いて! って大智君に迫ってたかもしれない」

自分の夫を最高の男と褒められて悪い気はしない。それにしても、あたしを抱いて! か。沙羅さんらしい直接的な言い方だ。一瞬、大智君が私を抱くように沙羅さんを抱いている場面が想像されて、想像したのはほんの一瞬のことだったのに激しく吐き気を催した。

「もしかして、大智君に抱かれたいって話をあたしがしたせいで気分が悪くなった? ごめん、冗談のつもりだったけど、デリカシーなかったね」

「私が今味わった痛みなんて比較にならないほどの深い絶望を、大智君は今まで何回味わってきたのかな? 私が毎日のように刺激ばかりで愛のないセックスを楽しんでいて、求められたらどんな恥ずかしい要求にも積極的に応じて、年下の高校生たちに体を弄ばれて何度も何度も絶頂に達した様子を、何度も聞かされて、何度も見せられて、しまいにはさんざん私をおもちゃにしてきた男たちと対面までさせられて……」

「そういえば大智君、小山田から没収した隠し撮り動画も全部見たんだってね。全部再生するのに十時間以上かかったって小山田が言ってたやつ……」

井原元気が隠し撮りした動画を一緒に見ますかと大智君に聞かれたとき、一人で見て下さいとお願いした。動画を見るのが怖かったんじゃない。動画を見ている彼の反応を見るのが怖かった。動画を見ても僕らの関係は今まで通りですからと私を安心させてから、彼は一晩でそれを見終えた。その間、私は一睡もできなかった。涙が止まらなかった――

でも見られた私の何十倍も、見た彼の方がつらかったはずだ。あの隠し撮り動画に収められているのは、さまざまな男がさまざまな方法によって私の肉体を、性器を、そして人としての尊厳を蹂躙し、それを嫌がるどころかあえぎ声を上げて性の快楽に溺れているみっともない私の姿だ。

美琴さんが持ってきた三枚の写真はあの動画の一部分を切り取ったものだから、動画でも私が井原元気におしっこをかけられる場面があったはずだ。

また、写真にはなかった、私が逆に元気におしっこをかける場面、ほかにも私が道具を使って自慰に耽る場面、男がその道具を使って私の性器を責めている場面なども動画の中にはあるだろう。もちろん、人に知られたら困ることは全部話せと大智君に言われたとき、そういうこともしたというのは包み隠さず伝えてある。ただ、聞くのと実際に見るのとでは大違いだ。過去のことだと許してくれたとしても、大智君がそれを見てどれだけ傷ついたか、どれだけ嫌な気持ちになったか、想像するだけで胃が痛くなった。

元気はアブノーマルなプレイが好きな男だった。ある日、元気は私に浣腸を施し、部屋の真ん中に置かれた幼児用のおまるに排便するように言った。私はそれほど嫌がらず彼の言うとおりにした。そんな場面もきっと大智君は目にしたはずだ。

さらに、二年後輩組はコンドーム使用が必須のはずなのに、原雅人と井原元気の二人はいつからかそれを使用しなくなった。雅人は精液を私の顔にかけることを好み、元気はといえば私の口の中に出し全部飲み干すよう強制した。そんなふうにたいていは外に出してくれたけど、私が失踪する二ヶ月前辺りからは危険日でなければ平気で中に出すようになり、私もそれを黙認した。私の膣内が彼らの精液によって繰り返し汚され、白い液体が私の性器から溢れ出てシーツまで垂れていく様子も、大智君は何度も何度も目撃したことだろう。

二十歳の頃の私の痴態を十時間も見たあとで私を抱くとき、きっと毎回のように動画の中のさまざまな場面が彼の脳裏にフラッシュバックしたに違いない。でも彼はそれまでと同じように私を抱いてくれた。私を抱く頻度も減らなかった(むしろ増えてる)。彼はノーマルな行為しかしない。動画で見たはずのさまざまな過激な行為を試そうとすることもなかった。また、その日以降、その動画について私との会話の中で触れることも一度もなかった。

ただ、ある日、彼がこう言ったのを私は一生忘れない。

「詩音さん、もう僕に対する負い目は捨てて下さい。あなたは十分すぎるほど罪を償ったと思いますよ」

彼の優しさに私は泣いた。だからといって、私の過去をまだ私自身が許せたわけではなかった。


私はタンスの一番下の引き出しの片隅にしまってあった茶封筒から書類を二枚取り出して、うち一枚を沙羅さんに手渡した。

「誓約書?」

「入籍した日の夜に大智君に渡そうとしたんだけど……」


20××年9月19日


勝又大智様


誓約書


私、勝又詩音は夫、勝又大智(以下、「夫」)との婚姻関係が続く限り、その内容と頻度のいかんを問わず、夫の不貞行為に対して必ず許容し、いかなる補償も求めないことを約束します。


静岡県沼津市○○21-2 勝又詩音 実印


この誓約書を渡したときのことは昨日のことのようによく覚えている。

二年前の九月、すでに私の妊娠が分かっていて、新潟から来る私の両親と大智君一家との顔合わせが済み次第、婚姻届を提出することになっていた。顔合わせが前日の十八日。翌十九日は日曜日。日曜日だけど婚姻届の提出はできるというので、大智君と私の二人で市役所に行き提出した。その日の夜、私は誓約書を大智君に差し出した。

「たとえ君が浮気したとしても、今までの行いを考えれば私にそれを責める資格がないことは分かってるから、文書にしてみたんだ。もちろん大智君が浮気するような人じゃないのは分かってる。でもきっといつか魔が差してほかの女の人を抱いてみたいと思うときが来ると思う。これはそのときのためのお守りだと思って持っていて下さい」

大智君は即座に誓約書を突き返した。

「詩音さんはこの文書を僕のために作ったと言ったけど違いますよね? あなたは自分のためにこの文書を作ったんです。あなたは今までの行いのことで、僕に対して罪悪感を持ってる。たった一度でも僕が浮気すれば、僕に対するあなたの罪悪感を軽くできる。そう思ったんでしょう?」

その通りだった。

私の過去を知る者たちの話、私本人の告白、三枚の写真、十時間の隠し撮り動画――

大智君は私の恥ずべき過去を全部知った上で、私を許し私を妻に選んでくれた。それはありがたいことであるのと同時に、一方的に惨めなことだった。

「詩音さんは勘違いしてますよ」

「何を?」

「僕は教師だからといって聖人君子でもなんでもないんです。街できれいな人を見かけて勃起したりするのはしょっちゅうですよ」

「そ、そうだったの? 意外……」

「僕が浮気したくないのは僕が品行方正な人間だからでも、詩音さんの心を過去の過ちに縛りつけておきたかったからでもないんです。僕はたぶん一度浮気してしまったら歯止めが効かなくなるタイプだと思うからです。僕は中学のとき小山田に強制されて人前でオナニーをしてましたけど、何日かすると人前で射精することが理性では嫌で嫌でたまらないのに、理性とは違う部分ではそれを強く待ち望む気持ちも生まれていました。僕の心の中には理性で制御できない怪物のような何かが存在しているようです。だから、もしいつか僕が浮気したら、というか浮気しそうになったら、黙認なんかしないで、沙羅さんと一緒にボコボコにするとか、必ず僕に無慈悲な制裁を加えてください。お願いします」

私の方がお願いしてたはずなのに、なぜか大智君に深々と頭を下げられている。

「わ、分かった。もう浮気してだなんて言わないよ」

想定外の話の展開にもう一枚用意してあった文書を大智君に差し出すタイミングを失ってしまった。ここまでが二年前の婚姻届を提出した日の夜の出来事――


「もう一枚の文書って?」

私はそれも沙羅さんに手渡した。

「離婚届!?」

私の方の署名の入った離婚届。あとは大智君も署名すれば提出できる。

「もし私の方が浮気した場合、問答無用でこれを提出してほしいと頼むつもりだった」

「詩音さん、離婚してこの家を出たらどうするのさ? 新潟に帰るの?」

「大智君と交際を始めたとき、私の居場所はこの人だけだって心に決めた」

「じゃあなおさらこんなもの渡しちゃダメじゃん! こんなの渡して、夫婦喧嘩したときの腹いせとかでこれを役場に提出されたら離婚成立だよ!」

「私と違って大智君はそんな軽率なことする人じゃないよ」

「うん。そこまでいうなら、大智君が離婚届もらって喜ぶかって考えなよ。こういうとき大智君ならこうするなって思うことをこれからするけど、恨まないでよ」

「うん」

何をするかは分かっていた。沙羅さんは思ったとおり、誓約書と離婚届の二枚ともびりびりに破いてゴミ箱に捨てた。大智君が勝呂唯の書いた手紙を読まずに引き裂いたことを思い出した。

「大智君は詩音さんの過去を許して結婚したんじゃないの? あんたもいつまでもぐじぐじ言ってないで、さっさと自分の過去を許しな! あんたが自分の過去を許せないから、自分の夫の浮気を望むって、何それ家庭を壊したいの? それ言われた方がどれだけ傷つくか分かってないの? あんたにできることは大智君と広道君を愛し抜くことだけなの! それ以外何も考えるな!」

私はまた自分を見失っていたらしい。過去にこだわって間違った未来を導き出そうとしていた。正直、今すぐ自分の過去を許すことはできない。

大智君が何のために私の過去の男たちと対決したのか? すべて私たちの未来のためだ。これからは私も私たちの未来のことだけを考える。彼が帰ってきたらそう伝えよう。

向こうの部屋から広道の泣き声が聞こえてきた。昼寝から目覚めたらしい。ああ、そうか。私も長い昼寝をしていたんだな。無性に彼に会いたくなった。愛してると早く伝えるために。

地味だけど、清楚でもない

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