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テラーノベル(Teller Novel)
幻想ノ櫻

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第15話

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2023年01月09日

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【拾伍話】



「最近の警察は世間話を聞くのも手帳を提示しないといけないのか?」

「まあ、有るから出した。それまでの事なんだがな――」

「その手帳の持つ威圧感を知ってそういう事する訳だろう?何も意図が無いとは思えないよ」


「あれこれ話した後に重要な話が出たら出しても良いと云う事か?それも騙しみたいでなぁ」

「それもそうなんだが――」

そんな内輪もめを聞きながら遙――と云うこの屋敷の娘さんは少し笑って

「仲がお宜しいのね。あ、もうすぐお食事の用意が出来ますので」と云った。


「急にお邪魔して飯を頂こうってんだからせめて何かお手伝いしますよ。お忙しいでしょうに」

「いえ。」

「こんな立派な屋敷の娘様までが給仕をこなして下さってるんだ。この凡々達はともかく俺みてぇな下々が座ってちゃどうにも尻の据わりが悪い。何か手伝わせて下さいよ。」

「いえいえ、大丈夫ですよ」


彼女は何度も後ろを振り向きながら俺にそう云った。

その方角に在るのは土間。そして土間には彼女の母親である志津子さんが居る。


明らかな力関係。彼女は畏怖か恐怖か分からぬが母親に対して腹に置いてある何かが在るのだろう。


このままの押し問答では何も進まない。彼女は俺がどう志願しても怯える様に首を横に振るだけだ。

面倒だな。


俺は立ち上がり、娘さんに軽く頭を下げるとさっさと土間に向かった。

包丁の音、湯の煮たる音。そして上等な着物にたすきがけをして忙しそうに土間を行き来する婦人。


土間の暗がりに映える紫とその奥に見える窓から垣間見える桃色がとても綺麗な発色でもって俺を迎えた。


声を掛ける。


「運びましょうか、それとも盛り付けをしましょうか。俺ぁこれでも元料理屋の息子だから器用なもんですよ」


婦人は急に男の声が聞こえたから驚いたのだろう。

体を痙攣させた様に反転させああ、とかううとか言葉にならぬ声を上げたあと気を取り直したのか表情をふと緩め


「お客様はゆっくりと休んで下さっていれば良いのですよ」と微笑んだ。

「まあそう言わんで下さい。ただ飯は性に合いません。さぁこの野菜はどの様に?」


目の前に在る目一杯野菜の盛られた笊を掴むと裏口から外へ出て見渡すと上等そうな甕があり、そこで水を汲んで野菜を洗う。


背後に見える桃色の花がとても綺麗に揺れていた。中から見えていたのと同じのだ。何と云う名の花だろうか。

そんな事を思いながら丁寧に手元の野菜を洗いこれまた丁寧に水を切り中へ持って入ると婦人の後ろで娘さんが立ち尽くしていた。


「す、すいません。私がやりますから!」俺から笊を引っ手繰ろうとする。

「いやいや、こんなもん、男手が有る方が早い。」

「でも――でも――」


―――遙。



とても澄んだ声だった。俺は思わず天を仰いだ程だった。

とっさに天女か何かの声だと思ったのだ。


そんな俺が可笑しかったのか婦人は笑っていた。くすくすと笑っていた。娘さんは暫くそんな母親を呆然と見ていたが、やがて嬉しそうに、くすぐったい様な顔を――顔の力を総動員させて我慢している様に見え――


やがて神々しく破顔し、その艶やかな頬に一筋の涙を流した。

腰こそ低いが娘さんはとても美しい人だ。その美しさに思わず俺は立ち尽くした。


「お母様が――笑って下さった。お母様が――」

何度もうわ言の様にそう呟き幾筋もの涙を流し――そんな自分を恥じる様に

「すいません」と繰り返した。


そんな娘を見て戸惑った様な表情を浮かべる母。

そして訝しがる様に彼女の顔を見て


「今日は良いわ、遙。野々村さんにまた将棋でも教えて貰って来なさい。彼が居れば大丈夫そうです。甘えましょう。」そう冷たく言った。


戸惑いながらも頭を軽く下げ、嬉々として先程の部屋に向かう彼女。

その背中を睨む様に、いや、苦痛を噛み締める様に顔を歪め、見守る母親。


ギスギスと軋む繋がり。俺はその振動を肌で感じた。


「――さて、切りましょうか、茹でましょうか、焼きましょうか」

「そうね、では切るのは私がするとしてそれとそれはさっと茹でて頂戴。白和えにするの。で、それは――」


俺に手際よく指示を出すと彼女はまた包丁を鳴らした。リズムが心地良い。


「上手いですね。何処かで修行でも?」

「若い時分、大分苦労しましたから色々と。」

「随分と人気が在ったと聞きます。酷く惜しまれての引退だったとか」

「私は未練など在りませんでしたけどね。」


「皆の憧れのご商売でしょうに」

「表と裏とは違いますわ。画面には裏まで映りませんもの」

「――裏で――何がありましたか?」


「ここにいらしていると云う事は大体調べはついていらっしゃるのでしょう?わざわざ言わせて私を辱めるおつもりですか?見下していらっしゃるの?」


「違います!」


俺が突如声を荒げたので彼女は驚いて身を跳ねさせた。


「あの――すみません。驚かすつもりは在りませんでした。でも貴方の事を蔑みに来たのでも辱めに来た訳でもないのです。何も無ければそっとしておいて差し上げたかったのです。そしてこの俺の勘も外れていて欲しいのです。貴方は本当に苦労なさったと思います。だから――」


言葉に詰まった俺を彼女はチラリと振り返り、また包丁を鳴らした。


「何処まで到りましたか?端的に――」

「まず、臼田龍一と云う男をご存知ですか?兄の重雄も。」

「存じませんね。」

「では嘉島伸江と岡田涼子は――ご存知でしょう?」


「三人で売り出して貰って、辛い時は助け合った仲間でした。」

「最近ではいつ逢いました?」

「引退してからは一度も――」

「嘘は――」


俺は思わず顔をしかめた。職業柄嘘をつかれるのは慣れている。

各々にそうせざる負えない事情が在る事も重々承知だ。承知なのだが――


いや、矢張りまだ慣れてる訳では無いのだ。こんなにも辛い。

人というものに絶望しそうになるのが本音なのだが、それを如何にか押し込めないとこんな職業はやってられない。



「何が――出ましたか――?」

「何が――出たと思いますか?」


彼女は顔をこわばらせ、色々と考えを巡らせた末――


「嘉島伸江とは五月の――多分六日に逢っております。本人の名誉の為に言いませんでした。」

「矢張りそれは――」

「お金の――無心です。彼女はその――」

「それは諒解しております。」


調べれば調べる程、氷川の作った会社は酷い会社だった。表の顔で役者を高みに登らせておいて裏の顔では役者の全てを蹂躙していた。


高級売春者斡旋。客層は要人ばかり。男優も女優も否応無しに一晩幾らで売られた。売り出すのもお金が掛かる。売れるまでに掛かった経費の回収だと言われ拒否も出来ず売られる。拒否をすれば無理やり拒否を出来ない状況に追い込まれる。それは――


(ヒロポン)覚せい剤投与。この上なく残酷に

思考と自由を根こそぎ奪うのだ。


金持ちが求めるのは普通の快楽ばかりでは無い。普通の快楽など街中で幾らでも売っているし彼らは買えるだけの富が在る。彼らが氷川の会社に望んだ事は美しいものを金額に応じて際限なく自由に扱う権利。


被虐されて殺された女優も居る。精神を破壊されてしまったのも居る。

狂った狂った世界を氷川が彼らに与えてしまった。いや氷川は只の操り人形に過ぎなかった。


覚醒剤も簡単に手に入る訳ではない。しかしながら氷川は有り余る程所持していた。いや、実際余って沢山在庫されていた。彼の自宅には沢山の白い粉があった。要するに氷川の会社は薬をさばく役目も兼ねていたのだ。


薬を役者達に売り、役者達を金持ちに売る。羽振りがいい訳だ。

儲けを大部分、その背後についている組織に渡しても余りある程だった。


そしてその儲けを吸い取って大きく成長していたのが戦後、

不自然に急成長した暴力団だったと云う陳腐で良く在る話だった。

それがどんな証拠が出て繋がった話かはさっぱり合点が行かないのだが

羽田警部がその案をもってして暴力団を検挙してしまったものだから

署は今、色んな意味でごった返している。


そんな大きな事をしておいて件の警部はと云うとふらっと署を出て行ってしまった。あれがエリートと云う物なのだろうか。


「私達は支えあって、励ましあってあの地獄から抜け出しました。辛い辛い時間でした。本当なら三人でこの事を公表しようと思っていたのです。そしてそれを社長に告げました。そうしたらもう組織とは手を切ると仰ったので――」


本当に私達はどんなに祀り上げられようとも只の、真の田舎娘でしたわ、と彼女は辛そうに笑った。


「伸江も本当にしばらくは何も音沙汰無かったのですよ。其れなのに――」

「非常に聞き難い事なのですが、その――何をネタに――」

「彼女は如何やら社長の愛人も勤めていた様で――私達の知り得ない情報を持っておりました。あの人――遙の父親の事を――あの人に私の過去を全てばらすと言われたのです。」


「父親の名前を聞いても宜しいですか?」

「云えません。彼は妻子ある身です。そして守るべき立場の在る人です。」

「でもこの事件に関係のある人かも知れません」

「ありません!決して――決してありません!あの人は何も関係が無いのです!」


あまりの迫力にその件に関して突っ込んで聞く事が出来なくなった。

重苦しい空気が頭上に圧し掛かり、彼女の感情的な声の余韻だけが土間にしんしんと残っていた。


「分かりました。その話は其処までにします。」

「有難う御座います。」


彼女は少し溜息をついて気を取り直したかの様に作業に戻った。

そしてまた包丁が小気味よく鳴った。


俺は幼少の頃は荒いやんちゃ坊主だったからいつも泥だらけだった。

女と見れば苛めていたから興味は在ったのだろうが照れが邪魔をして

この年まで事件の関係者や聞き込み以外でまともに女性と向き合った覚えが無かったから色恋沙汰にそんなに熱くなれるものかと少し羨ましくなった。


「お相手さんは幸せですな。こんな天女みたいな人に想われて。俺なら思い残す事も無く天国に逝けらぁ」


いや、残しては逝けねぇな。誰に盗られるか判ったもんじゃねぇ。

だったら成仏できねぇ事になるな。


そうぼそぼそと愚にも付かない独り言をこぼすと


「残しては逝けませんか?」と作業をしたまま彼女が問いかけた。


「逝けませんね。気がかりでしょうが無い。伴侶にでもなっちまったとしたら尚更。寂しい思いをしているのでは無いかと思うとおちおち閻魔様の前にも立てませんね」


包丁の音が止まった。静けさが耳を圧迫する。不意に離れた所で鳴る将棋の駒の音と笑い声。この土間の音はまだ鳴らない。


「貴方の様な人に愛されるのはどんな方なのでしょうね――」

透き通った夢の様な声。

「そんな不幸な女性は出ない方が良いですよ」

濁った俺の自嘲する声が空気を汚す。


「そんな素朴で温かい愛に包まれたかった――」


彼女は溜息とも吐息とも付かぬ声を上げて涙をつつと流した。

何かするべきなのかも知れないが生憎、俺には分からない。

只、彼女が消え入りそうな表情でまな板に涙を落とすのを見守るしか無かった。


「まだまだ、貴方はお美しい。きっとこれから――」

「いいえ、いいえ。もう遅いのです。それで良いのです。それで良いので遙だけは――」


突如、言葉を遮る様に玄関の扉が開いた。

俺達はただ顔を見合わせた。


「ご免下さぁーい。誰か居ませんかぁー?」

場違いに明るい声が響く。


「誰かぁー!ここにとげとげした刑事が遊びに来てませんかぁー?」

間髪入れずにそんな間抜けな事を云う。日下部だ。あの短気もやし野郎。

今度から短もやしとでも呼んでやろうか。


「署から逃げた怖い顔してあちこち尖ったなまはげが――」


俺は走った。動物の様にしなやかに走って――

「あ、居た居た。樋口さ――ああっ!痛えぇぇ!」


日下部の頭を一発殴った。吹っ飛ばない程度に。

もやしは繊細だから取り扱いは難しいのだ。


「大変ですよ、樋ぐっさん――」

慌てて来たからこの調子なのか、日下部は肩で息をしながら俺の名の様なそうでないような名前を云ってからあたりを伺った。


「どうした、ここでは言えない事なのか?」

「いいえ、あの、此処に関係の在る大変な事です。」

「ん?」

「あの先程ですね、その――」


慌てて胸ポケットを探ったものだから黒い手帳、警察手帳と一緒に何枚もの写真がばらばらと落ちた。


「なんだ?これは」


麩の様だった。暫く人と認識出来ずに只、青白いそれを見ていた。

引かれたシートに横たわる青白い二つの死体。その手首は縄でしっかりと繋がれていた。


「署が今賑わってるでしょ?てんやわんやで。

誰もこの件に手をつける程余裕が無いんです――」

「俺だってなぁ――」

「樋口さんなら何とかするかと思って――」

「何とかってお前――」


もう一度写真を見る。

「お前だっていつまでも新入りではいかんだろ。とりあえず身元から洗って――色恋から来る心中かなぁ」


不意に背後に息使いを感じた。そしてその息は大きく吸い込まれ――

「――よ―!容子さんッッ!和久さんッッ!」突如として悲鳴になった。


迂闊だった。写真に気を取られて背後まで意識をやってなかった。

婦人、志津子さんは眩暈がするのか顔を半分覆い隠しながらよろよろと壁に手をつき、そのままずるずると重力に引かれる様にその身を沈め――気を失った。


「志津子さん!」


奥に居る皆に声を掛け、布団を敷き、彼女を寝かせた。

状況の分からぬ皆はおろおろと落ちつき無く歩き回っていた。


只、野々村だけはあの将棋盤の前に座ったまま

日下部から奪った写真をじっと見ていた。


そして写真を奪われた日下部はと云うと――

「ね、何とかなった。とりあえず身元は割れそうですよね。鑑識にはとりあえずこちらに連絡を貰える様に云っておきました。」と云って力なく笑っていた。


ここまで如何にかなるとは思ってなかったらしい。







【続く】

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