テラーノベル
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紫苑と神夜の時間は、ゆっくりと、でも確かに流れていた。
冬の終わりが近づき、春の気配が病室のカーテンの隙間から忍び込んでくる。
桜の蕾が膨らみ始めるころ、紫苑はベッドの上でノートを広げていた。
「神夜ちゃん、これ、僕のやりたいことリストなんだ。」
神夜は紫苑の横にそっと腰をおろして覗き込む。
小さな字で一行ずつ大事に書かれた文字たち。
せんとうにいく(たっせい!)
おにぎりをつくる
ほしぞらをみながらねる
おかあさんに、えをプレゼントする
かよちゃんといっしょにまちをあるく
「たくさんあるのね」
「うん。だって時間がないって言われたから焦っちゃって。でもさ、不思議だよね、前はやりたいことなんて考えたことなかったのに」
「…どうして、考えるようになったの?」
紫苑はちょっと照れたように言った。
「神夜ちゃんがいるからだよ。僕、生きたいって初めて思ったの。…もっと神夜ちゃんといっしょにいたいなって」
神夜は言葉を失った。
神夜は人の願いに何度も触れてきた。
けれど、「君といたい」なんて、誰も行ってくれたことはなかった。
その日から、神夜は紫苑の「やりたいこと」を、できる限り叶えるように努めた。
夢のなかで、町を二人で歩いた。
いっしょにおにぎりをつくる夢を見て、そのレシピを覚えた紫苑は翌朝おかあさんに「作りたい」と話した。
そして、手伝ってもらいながら小さな三角のおにぎりを完成された。
神夜は、それを奇跡のように見つめていた。
夜。
紫苑は穏やかな眠りにつき、神夜はそのとなりで静かに寄り添っていた。
紫苑の寝息は小さく、けれど、確かに命の音を奏でている。
神夜はおもう。
この子の時間が止まりませんように。
出来ることなら、もっともっと生きてほしい。
――けれど
神である自分に出来ることは『寄り添う』ことだけ。
運命という名の道を変える力は彼女にはなかった。
「ごめんなさい、紫苑くん。」
そう小さく呟いた声は、誰にも届かない風に溶けていった。
でも、紫苑のまぶたがわずかに震えて、夢の中で微笑んだように見えた。
夢の中で、紫苑は神夜と星空の下にいた。
満天の星に包まれて!二人はならんで寝そべった。
「ねぇ、神夜ちゃん、知ってる?星ってずっーと昔の光なんだって」
「えぇ、そうね、もう存在していない星の光もあるの」
「でもさ、それでも届くって、すごいよね。…僕もそんな風に、君のなかで光続けられたらいいな。」
神夜はなにも言わずに、彼の手を握った。
そのぬくもりは、夢の中のものなのに、あまりにも優しくて、確かなものだった。
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