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第八話:雪女の憐憫と、冷たい指先
意識の混濁。視界の端で火花が散るような、暴力的な官能の残滓が脳裏にこびりついて離れない。
玉藻に強引に霊力を絞り尽くされ、空っぽになった「器」に、彼女の濃厚な妖力が無理やり注ぎ込まれた副作用は、想像を絶するものだった。
全身を駆け巡る、焼けつくような熱。血管の一本一本に沸騰した鉛を流し込まれたような、逃げ場のない焦燥感が僕を苛む。
額に突き出した二本の角は、芯まで加熱された鉄杭のように赤黒い熱を持ち、脈打つたびに脳を直接焼くような鈍痛を放っていた。地獄の釜の底に沈められたような、あるいは太陽の核に放り出されたような、抗いようのない灼熱の苦悶。
(あつい……。身体が、溶けてしまう……。誰か……助けてくれ……)
玉藻がお凛を「不届き者の処断」として、無残に引きずるように連れ去った後の、静寂。
一人残されたこの部屋は、先ほどまでの狂乱が嘘のように冷え切っているはずだった。だが、その静寂を鋭く切り裂くように、背筋を氷の刃で撫でられるような異質な「冷気」が忍び寄ってきた。
……ピシリ、……ピシリ。
畳の端から、意思を持つかのように這い寄る、薄っすらと白い霜の結晶。
急激に下がる室温。吐き出す息が、白く、重く、空間に滞留する。
霧のように立ち込めていた情事の残香、生々しい熱気を、一瞬で押し流す絶対零度の気配。
「……加減を……知らない」
低く、抑揚のない、しかし氷が割れる音のように澄み渡った声が響いた。
視界の端に映るのは、雪のように白い着物の裾。
そこに立つのは、銀髪を腰まで伸ばし、感情を完全に排した瞳で見下ろす女。
この宿の最深部、氷室の番を任されているという雪女――小雪だった。
「……だれ……だ……っ。……あつい……助けてくれ……」
「小雪。……喋るな」
幽霊のような、重力さえも感じさせない足取りで彼女は近づく。
枕元に音もなく膝をつく、透き通るような白磁の肌。
差し出された、氷のように白い指先。
それが、赤く脈打つ角の根元に触れた瞬間、ジュウ、と音が聞こえそうなほどの絶望的な温度差が僕を襲った。
ガクガクと身を震わせる僕。だが、それは苦痛ではなかった。狂おしいほどの、慈悲に満ちた安励だった。
「酷い熱。……弾けて、死ぬ」
無関心を装う、凍てついた瞳。
だが、その指先には、微かな、しかし確かな震えがあった。
胸元に置かれた、手のひらの冷たさ。
ゆっくりと、肌の上を滑るように下りていく、凍てつく感触。
火傷を負った僕の身体にとって、どんな甘美な愛の言葉よりも救いとなる、冬の冷気。
「手当て。……いらない、感謝」
小雪は、抵抗する暇も与えず、静かに自らの純白の着物の合わせを開いた。
現れたのは、陶器のように滑らかで、青白い光を放つ冬の月のような肢体だった。
彼女の毛穴から、絶え間なく立ち上る、ひんやりとした白い冷気の煙。
音もなく重なる、雪崩のような重み。
熱い僕の胸板に、ぴたりと押し当てられた、小雪の冷たい胸の弾力。
「っ……あ、……ぁ……! つめた、い……。……気持ち、いい……」
身体の深部、魂の核まで浸透する、強烈な冷気。
玉藻の情愛によって焼き切られそうだった神経が、心地よく麻痺していく。
狂った熱狂が、静謐な冬の沈黙へと書き換えられていく、圧倒的な安らぎ。
彼女は多くを語らず、僕の身体を冷たい肢体で包み込みながら、迷うことなく僕を自分の中へと迎え入れた。
その瞬間、熱と冷気が衝突し、火花が散るような衝撃が脳を突き抜けた。
玉藻の時のような「焼き尽くされる」熱さでも、お凛の時のような「貪られる」野性でもない。
小雪の奥底は、凍りついた湖の底のように静かで、あまりにも冷たく、そして狂おしいほどに「深い」。
「……あつい。不思議な、器」
小雪は僕の首筋に顔を埋め、吐き出される吐息さえもが氷片のように冷たかった。
しかし、彼女が僕の熱を吸い上げるたびに、その氷のような肌が僅かに潤みを帯び、桃色に染まっていく。
言葉を捨て、ただ肌の接触だけで僕の熱を、霊力を吸い取っていく小雪。
熱を吸い上げることで、自らの空っぽな内側に「生」の感覚を、温もりを取り込もうとする、雪のあやかしの秘められた渇望。
僕の荒れ狂う霊力は、小雪の冷たい胎内へと吸い込まれ、結晶となって彼女を内側から満たしていく。
僕の腰が、彼女の冷たさを求めて無意識に動きを速める。
小雪は僕の背中に冷たい爪を立て、言葉にならない、掠れた吐息を漏らした。
「……バレたら、殺される。……でも、心地よい」
強まる、抱擁。
僕の中に溜まった「熱すぎる霊力」と、彼女の「凍てつく妖力」が、反発しながらも、強引に混ざり合う、背徳の交わり。
静寂の中で行われる、命を凍らせて保存するかのような、あまりに冷酷で、あまりに甘美な密事。
氷の肌が、僕の熱で、溶ける。
二人の身体の間で、露となって滴り落ちる、清らかな水滴。
それは、混じり合った二人の命の証のようだった。
小雪の冷たさに必死で縋り付く、熱病に冒された僕。
熱と冷気が、交互に、波のように押し寄せる、極限の感覚。
絶頂の瞬間、小雪は僕の肩を強く噛み締めた。
彼女の身体を白い光が包み、僕の暴走していた霊力は、彼女の冷気によって「調律」され、静かな凪へと変わっていく。
それは玉藻の支配とは対極にある、静かなる侵食だった。
「……温めて。消えそうな、私」
重なる、凍てつく唇。氷を噛み砕くような衝撃。
その奥から溢れる、冷たい雫。
熱病の僕が見る、最も美しく、最も冷酷な、終わりのない銀世界の悪夢。
僕は、彼女の冷たさに包まれながら、自らの霊力が銀白の妖気へと書き換えられていくのを、恍惚として受け入れ続けていた。
いつしか意識は途絶え、僕は深い、深い冬の眠りへと落ちていった。