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「あのあやかし、船が着くまで、海水探してウロウロしててくれればいいんだがな」
頭にケセランパサランをのせた倫太郎が渋い顔で言い、身体の周囲をケセランパサランにふわふわされながら冨樫が時計を見る。
「ケセランパサランを拾ってる間に、結構、時間経っちゃってますね」
「……仕方ないねえ」
そう溜息をついたのは、高尾だった。
「僕が見てきてあげるよ」
「えっ? ほんとですか?」
と壱花は身を乗り出す。
「だって、人間がこの中通るのは無理だよ、たぶん」
と高尾は給気口を見上げた。
まあ、そうかな、と顎に手をやり、倫太郎も頷く。
「映画とかなら簡単に通れるが。
実際はダクトの中は、防火ダンパーとかで道を塞がれてるから難しいだろうな」
「でも、物理的に塞がれてても、僕には関係ないから、僕が行くよ」
その代わり……と高尾はみんなに念を押すように言う。
「みんな、決してこっちを見ては駄目だよ」
決シテ 覗イテハ ナリマセン。
狐から鶴に変化したのだろうか、と思う壱花に高尾は手を差し出す。
「化け化けちゃん、貸して、それ」
高尾は壱花から手作りの穴あきお玉っぽいものを受け取る。
意を決したように給気口を見上げた。
「……もし。
もし、僕が失敗しても。
覚えておいてね。
僕というイケメン狐がいたことを――」
さ、みんな、後ろを向いて、と高尾は微笑み、壱花の両肩に手をやると、後ろを向かせる。
壱花は心配し、倫太郎は小首を傾げながら。
みんな、高尾が言う通り、彼に背を向けた。
「絶対振り向くなよ、倫太郎」
と一番振り向きそうだからか、高尾は最後に倫太郎に釘を刺していった。
だが、一番振り向きそうなのは、冨樫だった。
父親の顔をした高尾に、僕のこと、覚えておいてね……などと言われると、過去の再現のようで不安になるのだろう。
三人は周りをケセランパサランにふわふわされながら、ずっと反対側の廊下を見ていた。
「……もういいですかね?」
「もういいんじゃないか?
本人いないから、もういいよって言ってくれないしな」
そう倫太郎は言ったが、冨樫は、
「でも、高尾さん、振り向くなって言ってましたよね」
と珍しく熱くなって言う。
だが、冷静な倫太郎は、
「このまま十五分経ったらどうする。
俺は振り向くぞ」
と言って振り向いていた。
特に倫太郎の反応もないので、大丈夫かと壱花も振り向く。
がらんとした長い廊下に、高尾の姿はもうなかった。
給気口の中で、ふわふわしていたケセランパサランもいない。
高尾が連れていったのか、ついていってしまったのか。
「ほんとうに、ここで待ってていいんですかね?」
と言う壱花に、
「ちょっと探してみるか」
と倫太郎が言う。
「いいんですかね?」
と心配そうに冨樫が訊いてきたが。
「だって、ここで、ぼーっとしてたんじゃ、あいつになにかあっても助けられないだろ」
と倫太郎が言ったので、冨樫も渋々承知した。
だが、壱花は言う。
「でも、なにかあったらって。
あのおばあさん、黙々と水汲み出すだけの人ですよね?
高尾さん、おばあさんに穴あきお玉を渡そうとしてるだけだし。
なにかすっごい妖怪大戦争とかにはなりそうにもないんですが」
「なんだ、妖怪大戦争って……」
と言う倫太郎を見ながら壱花は思っていた。
妖怪大戦争。
どっちかといえば、社長VS斑目さんの方がそれっぽいな、と。
いやまあ、どっちも人間なんだが……。
そこで倫太郎が給気口を見上げ、不思議そうに呟いていた。
「だから不思議なんだよな。
ただ、あのあやかしにお玉渡しに行くだけなのに。
なんだったんだ。
高尾のあの、地球に激突しそうな小惑星にひとり突っ込んでく、みたいな迫力は」
「そういえば、そうですよね……」
なにやら不安になってきた壱花は、
「よしっ、探しましょう、高尾さんとおばあさんっ」
と二人を急かす。