「今井、中野、田村、盛り上がっちょるトコちょい悪いけど鏡花ちゃん借りるぞ」
と、いきなり男たちに割り込むようにして、顔立ちの抜群に整った美形男が入ってきて、鏡花の手を掴んだ。
「――っ!?」
どう考えても盛り上がってなどいないのだけれど。
(えっ? えっ? 鬼塚くんが何で?)
くるみの元カレの登場&かなり強引な手繋ぎと言うインパクトの方が勝って、鏡花は言葉に詰まってしまう。
友人の元カレという贔屓目ではないけれど、四人の男達の中でダントツにスタイルが良くて、オマケに顔が良い鬼塚に手を引っ張られながら振り返り様ニコッと微笑まれて、さすがの鏡花もクラリときてしまいそうになった。
だけど――。
(絶対コイツが黒幕!)
直感的にそう思った鏡花だ。
そもそもあんなにディフェンス完璧だった、屈強なラガーマンのような男衆三人が、優男にしか見えない鬼塚にすんなり道を開けたのだって不自然ではないか。
――顔のええ奴に、女の子を大事にする男はそうそうおらん!(そう言う男の代表格。プレイボーイの八雲兄談!)
その点、長兄は見た目はアレな分、中身だけは滅茶苦茶ええけん、と思ったことは内緒だ。
そもそも高校生の頃にだって殆ど話したこともないのに、いきなり「鏡花ちゃん」は馴れ馴れし過ぎて好かん!とマイナス評価を覚えつつ。
恐らく一般的な女の子なら、顔のいい鬼塚に下の名前で呼ばれたりしたら「きゃー、特別視されちゃった♥」とコロリと行くんだろう。
だけどお生憎様。
幼い頃からやり手の八雲の手練手管を嫌と言うほど見せつけられて育った鏡花だ。
どうせ裏があるんじゃろ?と、表向きは笑顔を貼り付けたまま、警戒を怠らない。
「さっき、たまたまキミのお兄さんに会うたんじゃけどね、そん時に伝言を言付かったんよ」
もったいつけた口振りで話しながら、自分を廊下の隅っこ――会場の方から思いっきり遠ざけるように誘導してきたのが本当にいけ好かないな、と思った鏡花だ。
「あらっ。そうなんですねっ♪ 実はうちの兄、今日は私と友人のアッシー君してくれちょるんですよ」
ここで鬼塚の言う〝兄〟が、次兄の八雲と言うことはないだろう。
「そっか。それじゃあその絡みかなぁ? 何か至急で連絡欲しいっておっしゃっていらしたよ?」
再度人畜無害そうな笑顔を向けられて、何故かゾクリと寒気を覚えた鏡花だ。
(何なん、この男。笑顔が物凄い嘘くさいんじゃけど!)
お愛想笑いをしている時点で自分も同類なのだけれど、話したくもないのに無理矢理鬼塚と会話せざるを得ない状況にされている自分と、自らこちらに近付いてきた男の営業スマイルを同列に捉えてもらっては困る。
(くるみちゃぁ〜ん! この男とは別れて正解よ? うちのお兄ちゃんの気持ち悪い笑顔の方が感情が込もっちょる分、よっぽど気持ち悪ぅないわ)
等とどこか矛盾したことを思いつつ。だけど、今鬼塚が告げてきた言葉はある意味チャンスだな?とも思って。
「わ〜。そうなんですね。じゃあ、早速電話してみまぁ〜す」
言って、バッグからスマートフォンを取り出した鏡花だったけれど――。
(何でコイツ、私のそばを離れんのん?)
普通電話をする相手からは距離を空けるものなんじゃないん?と思ってしまった鏡花だ。
「あの……」
さすがに距離が近過ぎやしませんか?という思いを込めて非難がましい目で見上げたら、
「ごめんね。今、鏡花ちゃんのそばを離れたらさっきの奴らにまたキミを攫われかねんじゃん? 僕、もう少し鏡花ちゃんと話したい思うちょるけん、悪いけどそばにおらして?」
言われて、内心「ひーっ!」と悲鳴を上げた鏡花だ。
ノーサンキューです!と言いたいところだけど、くるみのことが心配でそれも出来なくて。
「またまたぁ〜。女の子を喜ばせるのがお上手ですねっ」
仕方なく自分でも虫唾の走る言葉を口にしつつ、とりあえず兄に電話!と気持ちを切り替えることにした。
確信はないけれど、兄と繋がれたら現状を打開できる気がした鏡花だ。
(何はともあれくるみちゃんの安否確認と、私自身の安全確保優先で)
鬼塚監視のもと、兄に繋がる呼び出し音を聴きながら、鏡花はそんなことを考えていた。
***
「ごめんなさい。お兄ちゃんから呼び出しがあったの……。お話はまた次の機会に」
実篤の指示通り、電話を繋げたまま。
保留にすることも出来たのに敢えて通話口を軽く抑える真似事だけして、鏡花はすぐそばの鬼塚を見詰めた。
もちろん、心の中では(次なんてないけどね)と毒づいている。
さっさと帰りたい一心でペコッと丁寧に頭を下げると、鬼塚が何か言いたげに口を開いたのを気付かないふりを決め込んで実篤に話しかける。
「それでお兄ちゃん。くるみちゃんの様子はどうなん?」
くるみの名前をわざと出して、彼女も兄とともにいることを匂わせつつちょっぴり大股で足早に歩き出した。
会場入り口付近に、屈強なラガーマン三人衆――今井・中野・田村がまだたむろしていたのでまた捕まったら面倒だとちょっぴり緊張したのだけれど。
こちらは鏡花が電話中なのをチラリと見ると、近寄ってこようとしなかったので(鬼塚より常識あるじゃん)と思った鏡花だ。
エレベーターに乗り込むまで突き刺すような視線――多分鬼塚の!――を背中に感じていた鏡花は、箱待ちの間本当に不快で。
おまけに耳に当てたスマートフォンから聞こえてくる実篤の声が、『鏡……っ、大……夫な……か?』とやけに途切れ途切れなのが、気持ち悪さに拍車をかけるみたいに不安な気持ちを煽ってくる。
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