テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
八雲瑠月
3,936
「先生。わたし、やる。やる! やります!」
長机に座っていた幽美が小さな身体をぴょんぴょんとウサギのように跳ねて、手を上げ、アピールする。
「怪奇、一度言えば分かる。前はプロットのプレゼン中に失神したが、大丈夫か? 無理しなくても休み休みで大丈夫だからな」
「……これで大丈夫」
幽美は栄養ドリンクのキャップを開けると、それを一気飲みし、大きなげっぷをした後、親指を立てた。
「いや、いくら栄養ドリンクでも即効性はないからな」
教子先生が呆れ顔で言う。
「こほっ、大丈夫……身体が燃えたぎるみたいに熱い何かが!? ぐふっ!?」
幽美が咳き込んだかと思えば、その拍子で鼻血を吹き出し、よろけた。
「お、おい!? 言ってるそばから大丈夫か怪奇!?」
「無理しちゃ駄目だよ幽美ちゃん!?」
駆け寄った愛がポケットティッシュで幽美の鼻の周りの鼻血を優しく拭き取っていく。
「大丈夫……栄養ドリンクで気合を入れすぎただけ……問題ない」
愛から貰ったティシュを鼻に詰め込むと、教卓の前に立ち、タブレットPCに骸骨人形のUSBメモリを挿し、プロットをプロジェクターに映した。
「本当に無理しなくていいからな。怪奇、お前が何度も倒られたら、上や教育委員会、保護者にまで……私がいろいろ言われる事になる」
『……本当に大丈夫! 今回は死ぬ気でやりたい!』
幽美はティッシュを鼻に詰めたせいか、鼻声になっている。
そしてちらりと、幽美は書也を睨んだ。ティッシュに鼻を詰めているせいで、怖くはないが、書也の背中に殺気のようなものが感じとれた。
「本当に死ぬなよ……ふらついたりしたら、止めるからな」
『……わかった』
教子先生が立ち、座っていたチェアに幽美を座らせた。
「こんな状況だ。怪奇は座わりながらのプロット解説になる。みんな協力してくれ」
教子先生の言葉にラノケンメンバーがこくりと頷くと、幽美が小さく会釈する。
『みんなありがとう。倒れないようにプレゼンする……わたしのプロットは《愛し合う二人だけの世界》コンセプトは主人公とヒロインの純愛で……』
書也はプロジェクターに映し込まれる幽美のプロットに何度か何かの見間違いではないかと、覗き込んでしまう。悪い意味でそれだけ記載されている文章の羅列にインパクトがあり、まるで呪いの言葉のようであった。
「……以上、質問あればする……エロス、なに?」
エロスが少しむすっとした表情で手を上げる。
「幽美さん、貴方……私に下品だと言っておきながら、この罵詈雑言、どういうことですの? 主人公の黄泉の愛称がオタク眼鏡、ヒロインの極楽が雌豚、他のヒロインを取り合うライバルの男達の愛称に対しては特に酷いですわ。精神異常者、殺人鬼、ヤクザ、乞食、薬物中毒者といったネーミングセンスはどうも下品な悪口としか思えませんわ!」
『これぐらいは普通。これぐらいの罵詈雑言はラノベやテレビ放送のドラマでも言ってる』
「そういうどSキャラならまだしも……それが別々のクラスメイトで言い合っているのはどうかと思うのですけど。だいたいいろいろと心理描写が酷いですわ! 先生、私のPCの編集したプロットを映してくださいますか」
「ああ、分かった」
教子先生がパソコンを操作し、プロジェクターの映像をエロスのノートPC画面に切り替える。エロスが編集した幽美のプロットのあらすじには赤のアンダーラインとコメントが追加されている。
「他にも男性主人公である黄泉の嫉妬心が酷いですわ。これが女性のヒロインならまだしも、男の嫉妬心ほど醜いものはありませんわ。男性に対しての罵詈雑言の心理描写、デブ、不細工、馬鹿など、見てて気持ち良いものではありませんわ!」
『で、でも……これぐらいの人の心理は誰でもある』
「確かにリアリティーは必要ですわ。でも、少しぐらいオブラートに包みませんと、読者の方が幻滅しますわ。読者の方が罵詈雑言の多い文字を誰が読みたがると思いですの?」
『そ、それは……ほ、ホラー小説だったら罵詈雑言の描写はよくあるし……』
エロスの言葉に幽美は言葉が詰まり、どもり始める。
「ホラー? これは恋愛の話ではなかったですの?」
『れ、恋愛で!? そ、そうだけど……』
真っ直ぐな瞳で見つめるエロスに幽美はたじろぎ、それ以上は言い返せずに目を逸らした。
「続けてこちらも質問させていただきますが、応募予定は角川スニーカー大賞とありますが、男性向けの読者層で書かれていらっしゃるんですよね?」
『そう』
幽美はこくりと頷き、答えた。すると、プロジェクターに映し出された幽美のプロットのキャラ設定部分や性別男部分に赤いアンダーラインが引かれていく。
「男性向けであるなら、なぜヒロインを多く出しませんの? 女性ヒロインキャラの極楽の取り合いとなっていますが、全てライバルの対象が男になっていますわね。逆に美形設定である男性主人公の黄泉にはサブヒロインはおろか、女性のモブキャラすら出てこない。男女共学の高校の設定なのにですよ。他の女性ヒロインの絡みが無いかわりに、男同士の絡みが多くありますわね。黄泉が俺の極楽に近づくな! と言って、顔を近づけるシーン があったり、ここまでのBL要素は許せる範囲でしょう。しかし、二人三脚のシンクロ率を高める為に男同士で二人羽織ですよ!? その他にも男同士のマッサージとか、ふざけあって男同士の股間を触るとか、あげればキリがありませんわ! しかも黄泉が極楽との浮気相手と疑っている男性グループの葦原、桃源郷、蓬莱に対しての行為です。ありえませんわね」
『こ、これは女性読者に対するファンサービス……男性向けでも女性向けの萌えはあっても良い!』
必死に反論する幽美に失望したようにエロスは溜息をつく。
「八方美人な女性読者サービスも良いですが、男性の読者を喜ばせる要素は全くありませんわね。男女の絡みは黄泉と極楽しかありませんし、男性向けであるなら、男性ハーレムではなく、女性ハーレムを作るべきだったんではありませんか?」
『ちゃい!? 寝取られ展開とかふぁ!? 男でも萌え展開はあると思うかも? かも? そもそも私は黄泉と極楽の純愛を書きたかっただけだった!?』
目を回したように話す幽美は呂律が回っておらず、意味が分からない言葉になってきている。
「男性向けなのに男同士のスキンシップが過激ですわね。続けますが、純愛と言っておきながら、黄泉のやっている行動は極楽の飲み物に睡眠薬を盛って、キスをしたり、極楽の行動を観察して日記をつけたり、極楽がゴミ箱に捨てた物を舐めたり、黄泉のやってる事は純愛ではなくストーカーですわ!」
『……あ……あ……あ……』
幽美は世界の終わりを経験したかのような目をし、エロスに対して何も言えなくなっていた。
「主人公の黄泉も可笑しければ、ヒロインの極楽もです。黄泉が自分の髪を極楽にプレゼントしたシーンがあったと思いますが。極楽は黄泉の髪を指に巻いて喜んでいるんですよ。狂気ですわ! そして極楽が黄泉のストーカーに気付いているのに注意もせず、見られている事に喜びを感じ、黄泉の全ての行動に肯定的であるんです! 人間の感情としてありえませんわ!」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!