テラーノベル
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フラワーショップ「SAKURA」の店内には、夕暮れの柔らかな光が斜めに差し込み始めていた。
ガラス張りの街路に面したその空間は、一歩足を踏み入れば外の喧騒が嘘のように遠のく。
切り花のみずみずしい青葉の匂いと、甘く濃厚な花の香りが混ざり合った独特の空気。
その心地よい空間の片隅で、僕はなるべく自分の存在感を消すように、そっと息を潜めて立っていた。
目の前では、怜治さんが慣れた手つきで薔薇の作業を行っている。
長くて白い指先が、緑の茎を滑るように動く。
専用の器具を使って
美しい大輪の薔薇から鋭い棘を一本ずつ、パチン、パチンと小気味よい音を立てて取り除いていく。
その無駄のない、流れるような所作。
少し前髪が目元にかかる横顔を、僕は盗み見ることしかできない。
夕日のオレンジ色に照らされた彼の輪郭があまりにも綺麗で
見つめるたびに胸の奥の鼓動がドクドクと不規則に跳ね上がる。
心臓の音が静かな店内に響いてしまうんじゃないかと、本気で焦るくらいだ。
「朔斗くん、もうすぐ閉店時間だよ?」
不意に、怜治さんが薔薇をハサミを置いて振り返った。
きつく結ばれていたはずの唇が、ふわりと柔らかい弧を描く。
僕の名前を呼ぶ、少し低めで穏やかな声。
耳に心地よく響くそのトーンだけで、体温がまた一段と跳ね上がる気がした。
首筋まで一気に熱くなっていくのが自分でもよく分かる。
「あっ、すみません!また長居しちゃって……!」
慌てて腕時計に目をやると、長針はすでに閉店の5分前を指していた。
僕の名前は、幸田 朔斗(こうだ さくと)。
これといって特技もなければ、目立つ外見でもない。
どこにでもいる、ごく平凡な男子高校生だ。
「いいよいいよ。最近よく顔を出してくれるし、こうして常連さんになってくれて嬉しいよ」
怜治さんは困ったような、でもそれ以上に愛おしそうな絶妙に優しい笑みを浮かべる。
彼の名前は、白神 怜治(しらがみ れいじ)さん。
このフラワーショップ「SAKURA」で働くようになって、今年で2年になるという人気の店員さんらしい。
実際、彼のビジュアルの高さと
どんな客にも親切で丁寧な接客の素晴らしさは、近所でもかなり有名だ。
お昼時にここを通りかかれば、明らかに怜治さんを目当てにやってきた女子高生やOL
マダム層まで、多様な女性客が店を埋め尽くしているのをよく見かける。
────その気持ち、僕には痛いほどよく分かる。
なぜなら、僕も昔から「イケメン」という生き物に目がないからだ。
黒星
猫塚ルイ

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