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「……嘘よ。あなたがそんな冷たい人なはずがないわ」
柊さんのあまりに無慈悲な告白を受けてなお、母親の瞳からは彼への盲信が消えていなかった。彼女は震える手で目元を拭い、無理に作るような笑みを浮かべる。
「なにか事情があるのね? 警察の人たちの手前、力を隠さなきゃいけない理由が……。わかっているわ、加賀美さん。いえ、柊さん。あなたが助けに来てくれただけで、私は……」
「……話が通じないな。南さん、この人になんとか言ってくれ」
柊さんは心底嫌そうに顔を背け、私に丸投げした。私は困惑しながらも、彼女の細い肩を支え直した。信じたいものを信じる心は、時にどんな真実よりも強固だ。詐欺師が「自分は嘘つきだ」と自白しても、救われた記憶がそれを拒絶する 。
そんな私たちのやり取りを遮るように、リビングの奥から一人の刑事が歩み寄ってきた。今回の誘拐事件を担当する刑事だ。
「……一課のコンサルタントさんですね。状況を説明させてください」
柊さんは「仕方ない」というふうに肩をすくめ、聞き手に回った。私も手帳を開き、ペンを走らせる準備を整えた。
リビングのソファで状況説明を聞くことにした私たち。ダイニングテーブルの上には紅茶のセットが広げられており、柊さんは勝手にクッキーをつまんでいる。
室内には所狭しと警察官がおり、そんな悠長なことをしているのはこの人だけだ。
刑事の説明によれば、事件が起きたのは今日の午後。小学校からの帰宅途中に、先ほどの母親、ひろみさんの息子の浩太郎君、十歳が何者かに連れ去られたと思われる。
「最初の連絡があったのは、夕方前。お子さんが持っていた緊急用携帯電話からです」
母親に直接かかってきたその電話の声は、くぐもっていて性別すら判別できないほどだったという。「子供を誘拐した」とだけ告げ、一方的に切られた。
「すぐに通報を受け、我々もGPSの発信元を追跡しました。ですが……」
刑事は苦々しい表情で、ビニール袋に入れられた一台の携帯電話を差し出した。
「……携帯は、学校近くの路上に落ちていました。防犯ブザーと一体型になっている、子供専用のタイプです」
それは、事前に登録された三つの短縮ダイヤルと、110番などの緊急通報しかできない仕様のものだった。犯人は、子供から無理やり携帯を奪って母親に電話をかけ、その直後に現場に投げ捨てたのだろう。
「その後、犯人からの接触は一切ありません。身代金の要求も、具体的な指示も……。まさに、沈黙の時間が続いています」
柊さんは、提示された携帯電話をじっと見つめていた。その視線は、もはや過去の被害者ではなく、事件の「綻び」を探すプロファイラーのものだ。
「……それで、その時にこの家にひろみさんといたのは、あなた方二人のどちらですか」
柊さんの言葉に誘われるように、リビングのソファに座っていた二人の男女が立ち上がった。
「私です。吉田といいます」
吉田と名乗った女性は、被害者のママ友だという。誘拐の告知電話があった際、ちょうど母親とお茶をしていたのだという。彼女は不安そうに手を組み、私たちの様子を伺っていた。
「なんで誰かいたってわかったんですか」
「テーブルには二人分の紅茶がある。誘拐犯から連絡が来る前に誰かとお茶をしていたんだろうさ。まさか子供が誘拐されてからのんきに準備するはずはない」
そしてもう一人は、遅れて駆けつけてきたという恰幅の良い男性だ。スーツがパツパツになっている。
「……弟の、あぁ、義理ですが……佐藤です。話を聞いてから飛んできました。……まさか、こんなことが起きるなんて」
ひろみさんの亡くなった旦那さんの弟。彼は憔悴しきった義理の姉を気遣うように、その隣に立った。
学校帰りのわずかな隙、登録された緊急用携帯からの着信、そして沈黙。
柊さんは一言も発さず、リビングに集まった面々をゆっくりと眺め回した。
「……なるほど。言いたいことはたくさんあるが、誘拐事件はスピードが肝心だ。とりあえず動くとしよう」
柊さんの呟きが、静まり返った豪邸に響いた。
#謎解き
#やっぱ無理