テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#オリジナルキャラクター有り
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……ひろみさん、少し質問いいですか」
柊さんの代わりに、私は手帳を広げて彼女に向き合った。絶望と、柊さんへの歪んだ期待に揺れる彼女の瞳を直視するのは、正直に言って辛い。
「浩太郎君の携帯電話のことです。短縮ダイヤルには三つの連絡先が登録されていた。……具体的に、誰の番号ですか?」
ひろみさんは、すがるように私を見て、途切れ途切れに答えた。
「一番は、私の携帯です。二番は、私の勤めている建築事務所の電話。三番は、実家の母……浩太郎にとってはおばあちゃんの家です。それ以外は、緊急通報しかできないように設定していました」
「旦那様……お父さんの番号は?」
私の問いに、彼女の顔がさらに陰った。
「夫は……数年前に事故で亡くなりました。あの日も、今日みたいに雨が降りそうな日で。……あの時も、本当は加賀美さんに相談したかったんです。でも、連絡先が分からなくなってしまって……」
柊さんは窓の外を見たまま、指先で小さくリズムを刻んでいる。彼が「加賀美」として彼女の夫の死にすら関わっていたとしたら、この再会は彼にとっても、救いようのない劇毒だろう。
「……なるほど。母親、職場、祖母、か」
柊さんが呟いた、その時だった。
——チリン。
静まり返ったリビングに、スマートフォンの通知音が鋭く響いた。ひろみさんの手元にある、彼女自身の携帯電話だ。
「……ッ!」
ひろみさんが、悲鳴のような声を漏らして画面を凝視した。横から覗き込んだ刑事が、顔を険しく歪める。
「……メールです。画像が添付されている」
そこには、薄暗い部屋で目隠しをされ、椅子に縛り付けられた浩太郎君の姿があった。写真は一枚。そして、その下に添えられた一文。
『四千万用意しろ』
ただ、それだけだった。
「浩太郎……浩太郎!」
崩れ落ちそうになるひろみさんを、義弟の佐藤さんが支える。警察官たちが即座に動き出した。室内に持ち込まれたノートパソコンを叩く指が、激しく音を立てる。
「サーバーの特定を急げ! 経由地を追え!」
数分後、捜査員が苦々しく首を振った。
「……ダメです。海外の匿名プロキシを複数経由しています。探知を試みますが、これだけ巧妙に偽装されていると、足のつかないアドレスに辿り着くだけで数週間はかかるでしょう。結果的に犯人に繋がる保証はありません」
刑事の一人が、腕を組んで唸った。
「……電話ではなくメールか。肉声を聞かせたくないというのもあるだろうが、やはり電話よりも足がつきにくいからだな」
「——違うな」
それまで黙ってクッキーの最後の一欠片を口に運んでいた柊さんが、冷ややかに言い放った。室内中の視線が、彼に集中する。
「……何が違うというんだ。コンサルタントさん」
刑事が不快そうに問い返す。柊さんは立ち上がると、コートの襟を正し、リビングに集まった面々を——ひろみさん、吉田さん、佐藤さん——を順番に射抜くような視線で捉えた。
「『足がつきにくいからメールを選んだ』んじゃない。この状況で、犯人が電話ではなくメールを寄越したのには、もっと別の、切実で事務的な理由がある」
柊さんは、ひろみさんが持つスマートフォンを指差した。
「四千万という金額。目隠しの写真。……そして何より、浩太郎君の携帯から最初の連絡は電話だったという事実。それらを繋ぎ合わせれば、この犯行の歪な形が浮かび上がってくる」
「……どういうことですか、柊さん」
私が尋ねると、彼は不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと一歩を踏み出した。
「犯人はね、電話をかけたくてもかけられないんだよ。……あるいは、電話をかけることが、犯人にとって致命的な矛盾を引き起こすからだ」
柊さんの言葉が、静まり返った豪邸に重い一石を投じた。
「柊さん、思わせぶりな言い方はやめてください。一刻を争う事態なんです」
私は、苛立ちを隠さずに彼のコートの袖を強く引いた。警察官たちの視線が痛い。協力者として呼ばれている立場なのは事実だが、彼のこの芝居がかった態度は、現場の緊張感を逆なでする。
しかし、私の言葉など耳に入っていないかのように、ひろみさんが再び柊さんにすがりついた。