俺たちは王都の繁華街、その端にある猫商店に来ていた。
応接室に入ったのは俺とシロのみで、メアリーは邸 (うち) のメイドと共に店内をまわっている。
毛糸の帽子やマフラーなどを見ているはずだ。
猫商人としばらく世間話をしたのち、俺は本題を切りだした。
奴隷商についてである。
現在、王都にある奴隷商は5店。
内訳としては 高級奴隷商×1・通常奴隷商×2・獣人専門奴隷商×1・農業、農場用の奴隷商×1とこんな感じである。
その他にも奴隷オークションが年に3度 開催されているそうだが、残念ながら今期はすべて終了しているとのこと。
あとは辺境の村などで誘拐してきた子供などを売る闇の奴隷商や、売買禁止となっている犯罪奴隷を売るブローカーなどもいるそうで。これらは購入した側も罰せられることがあるので十分に注意して欲しいということだ。
価格帯は大体以下の通りで、もちろん例外もある。
・一般奴隷 100,000バース ~ 700,000バース
ごく一般的な奴隷。家人・下男・助手・荷物運び・農作業等
・戦闘奴隷 300,000バース ~ 1,000,000バース
戦闘に特化した奴隷。要人警護・門番・ダンジョン探索・騎士の助手等
・高級奴隷 800,000バース ~ 5,000,000バース
愛玩奴隷。後添い・妾・高級コールガール・あてがい女・贈答用
・故障奴隷 10,000バース ~ 30,000バース
身体及び精神に異常がある奴隷。老後の友・矢除け・諸々
・犯罪奴隷 売買禁止。
刑期が決まっており、強制労働・鉱山労働にまわされる。
戦闘奴隷を探していることを話すと、
こだわりが無いのであれば、断然獣人奴隷がオススメだという。
人族に比べ、身体能力や持久力に優れているそうだ。
俺は亜人族に対して偏見はないから、そちらへ行ってみるとしますかね。
さすがにメアリーは連れていけないので、邸のメイドと共に王都で評判のスイーツを食べに行かせることにした。
う~ん、獣人奴隷の専門店というのはここで間違いないのだろうか?
犬と猫だろうか?
木製の丸い看板にはデフォルメされた動物たちの絵が彫ってある。
これじゃあペットショップだよな。
いや、そもそもこの世界にペットを飼ってる人なんて見たことないけど。
馬を飼ってる人はいるが、馬はペットじゃないし。
えっ、シロ?
シロは従魔だよ!
まあ、可愛いからペットと言えないこともない……かな。
でもフェンリルであるシロの方が上位の存在になるから、俺の方がペット扱いになるかもしれないな。
――おまけ転生だし。
話が横道に逸れたが、この看板で奴隷商と分るのなら、それでいいのかな。
玄関の扉に付いているドアノッカーを叩く。
中から出てきたのは人族の青年、その後ろにガタイの良い赤髪の男が立っている。
赤髪の男はこちらと目を合わそうとはしない。なにか用心棒のような感じだな。
「いらっしゃいませ。奴隷のご入用でございますか?」
「そうだ」 俺が頷くと、
「ささ、中へどうぞ」
今日は貴族服を着ていたからだろう、青年は何のためらいもなく俺を応接室へ通してくれた。
シロも一緒に部屋に入って構わないということだ。
ソファーに腰掛けてしばらく待っていると、
扉が開き、50台半ば程か 初老の男が入ってきた。
部屋に入ってくるなり男は貴族礼をとっている。
俺はソファーに座ったまま会釈を返し着席するように促した。
すると一緒に入室してきた猫人族のメイドがハーブティーを出してくれる。
そして去り際でシロに気付いた猫メイドは、すぐに部屋へ戻ってきてシロ用の水を用意してくれたのだ。
(なかなか出来たメイドさんですねぇ)
あっ、彼女も奴隷 (売りもの) なのかもしれないな?
可愛かったけどフラグが立つことはなかった。邸 (うち) にはタマさんが居るからねぇ。
ハッピー○イフ、ハッピー○ーム、タマ○ーム。(おぃ!)
「本日は当店 (奴隷商館) へお越しくださりまして誠にありがとうございます。私はここの店主でオリバーと申します。それでどのような者 (奴隷) をお探しでしょうか?」
「戦闘奴隷もしくは戦闘訓練に参加できる者。年齢は22歳までで男女は問わない。また「おすすめ」が有る場合には年齢不問。……ということでお願いできるか」
「かしこまりました。暫くお待ちを」
条件を提示すると、店主は目の前のファイルを捲りながら下男に何やら指示を出している。
お茶を飲みながらしばらく待っていると部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
「入れ!」
店主からの返事を受け、先程の下男が5人の獣人奴隷を部屋に引き入れた。
男性が3人、女性が2人、皆なかなか精悍な顔つきをしている。
順にプロフィールを聞きながら、こっそり鑑定を使っていたのだが今いちピンとくる者がいない。
次……。 次……。
15人程見せてもらったが、選んだのは僅かに一人のみ。
狼人族の男。年齢は21歳で借金奴隷だ。
まっ、一人でも見つかったのだから今日のところは良しとしておこう。
それで価格の提示をお願いしたのだが……、
店主が少し焦っている。
んっ、なんだ? どした?
「この者は売り渡す際に条件が付いておりまして……」
――なるほど。
よく分からないが、そういう事もあるのだろう。先を促してみると、
「この者には8歳になる妹がおりまして。その者と一緒に売却するのが条件なのです。ですが……、その者は生まれつき目が見えないのです。それでも宜しければ連れて参りますが」
そういうことか、言葉の歯切れが悪くなるわけだ。
話を聞いてみると、
見目が綺麗であったり優れた身体能力を持った奴隷には、買い取る際にこういった条件が付くこともあるらしいのだ。
まあ、それでも条件の有効期限は1年という事だから、その間に心を整理させるのだろう。
「とりあえずは連れてきてくれ。見ない事には何とも答えようがないからな」
すると店の者がゆっくりと手を引きながら狼人族の少女を部屋に連れてきた。
目は開いてるが焦点が合っていない。
鑑定してみると、目の疾患 (先天性) と出ている。
生まれつきという事だが、こんな世界ではさぞや大変だったろう。
(ひさびさに泣けてくるな……)
俺って涙もろいんだよね。中身はおっさんだから。
よしゃ、おいらに任せとけ! もちろん買いだ!
兄が狼人族のフウガ21歳。妹が狼人族のキロ8歳。二人合わせて420,000バースであった。
うん、割とリーズナブルな価格だったな。買ったのは初めてだけど。
クルーガー金貨4枚、金貨2枚を出して支払いを済ますと、奴隷契約を交わす。
腕の奴隷紋に主従契約のスクロールを重ね俺の血を1滴たらした。
これで契約は終わりだが、
あとは付ける首輪を選んだり、奴隷を持つ者の心得と禁止事項の説明を受けた。
そして、ようやく俺たちは奴隷商館をあとにした。
まずはメアリーたちと合流するため、狼人族の二人を連れて猫商店まで戻ることにした。
兄のフウガは目の見えない妹のキロを背中に背負ってついてきている。
この寒空の下、二人は貫頭衣に裸足である。
猫商店に入った俺たちは下着や靴など身の回り物を揃えていく。
すると猫商人、自分の店にないものまで外に出て調達してきてくれたのだ。
「店に置いてない物まで、……すまないな」
「にゃーにこのぐらい。まだまだ恩を返せてませんよ」
気軽に言ってくれるが、有難いことだな。
シロに頼んで、二人に浄化を掛けてから服を着替えさせた。
さてと、次はお風呂だな。
冷えた身体には温泉が一番だから。
馬車は屋敷へ戻しておくようにと邸 (うち) のメイドに伝え、俺たちはデレクの町にある温泉施設へ転移した。
「えっ、な、なんだ? ご主人これは一体……?」
転移が初めてというフウガは盛大に驚いているが、今はスルーだ。
「――いいから来い!」
俺たちは玄関からあがって食堂のある休憩室へと入った。
すると、
――んんっ、なんだ?
休憩室に入るなり、何故か知らないがフウガとキロは二人揃ってコロンと仰向けに寝ころんでしまった。
メアリーを見ると、腕を組みながら物知り顔でうんうん頷いている。
すると寝ころんでいる二人にシロがゆっくりと近づいていき、ぺしぺし! とお腹を軽く叩いていた。
――!?
あぁ~、服従のね……。かわいがりと言うやつだ。
犬や狼などは、そのあたりがシビアだと聞くし。
シロもここ (温泉施設) や邸 (いえ) では気を抑えることはしていないから……。
フェンリルなんだし、当然といえば当然なのかな。
「シロ~、その辺にしてやれ。みんなで串焼きを食べるぞぉ」
そろそろおやつの時間でもある、すきっ腹にお風呂は辛いだろうからね。
シロを先頭に、4本の尻尾がブンブンと一斉に振られている。
「ほらほら、ちゃんと座って食べろー」
フウガとキロの紹介かたがた、今日の夕食はこちらで頂くことにした。
今からナツと手分けして食事を作っていくのだが、少々時間がかかる。
食事の用意ができるまで温泉に入らせることにした。
案内はそれぞれシロとメアリーにお願いする。
「うん、ゲンパパまかせてぇ。キロちゃんこっちだよ」
バスタオルを片手に、目の見えないキロの手を引いて脱衣場へ入っていく二人。
ついて来ようとしていた兄のフウガに、
「男の人はあっち。脱いだ服は籠に入れるの。それからね…………カクカク・シカジカ…………、後はシロ兄おねがい!」
「ワン!」
メアリーから温泉マナーについてしっかりと説明を受けたフウガは、シロに先導されて男湯の暖簾をくぐっていった。
俺はその間に夕食の野菜スープとオークステーキを完成させた。
みんなを風呂から上がらせ、それぞれにバスローブを配っていく。
シロには赤いタオルを首にかけてやる。
なぜかこれがお気に入りなのだ。『元気ですか――!』
「なるほど、濡れたままこうやって羽織るのか。水分を取ってくれて気持ちいいな」
フウガが妙なところで感心していた。
子グマ姉弟のメルとガルも来たようだな。
揃ったところで、狼人族のフウガとキロをみんなに紹介して夕食を食べ始めた。
凄い食べっぷりだなぁ。
フウガよ、ちゃんと噛んでいるのか?
もう少しゆっくり食えよ、また焼いてやっから!
それから、食うは食うはで4皿ペロッといきやがった。
「こんなに旨いものは食ったことがない! 一生ついていくぜぇご主人!」
いやいやついていくも何も、お前は奴隷の身分だからな。
一方、メアリーはキロの横に座って皿のお肉を切ってあげている。
何やら二人で話をしながら楽しそうだ。
キロは兄のフウガと同じで灰色の髪だ。
長さは肩につくぐらいで、頭の上には三角耳がピンと2つ立っている。
こげ茶の髪に、倒れた耳のメアリーとはまた違っていて、どちらもすごく可愛い。
――痛っ!
太ももをつねられた。
何も言ってないでしょうに。ナツのやろうはニュータイプか。
て、いうか子供でもダメなわけ……?
さて、食事も済んだし。
ぼちぼち本題に移りますかね。
肉を食い過ぎて転がっているフウガは置いて、場所を温泉施設から隣のログハウスに移す。
キロを俺の部屋のベッドに寝かせる。
シロとメアリー以外は部屋の外に出てもらった。
するとキロは何を勘違いしたのか、バスローブを脱いで裸になると、
「初めてなんです。優しくしてください……」
おっ、お巡りさ~ん、こいつです。
ちが――――ぅ!
いや、優しくはするんだけどぉ。 ちが――――ぅ!
「ごめんねぇ、勘違いさせちゃったね。これからキロの目を治療するんだよ。だから目を閉じて静かにしていてね」
――鑑定!
ふむふむ、やはり先天性みたいだ。
すると組織ごと作り替える感じになるか。
”ヒール” ではなく ”リカバリー” になるよな。
あとは俺にイメージできるかだが……。