TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する



2037年8月16日

多摩市・アーバングレイスⅡ号


頼は「身を隠す」ということを口実に基地を抜け出し、タクシーで多摩へ向かった。誰にも正体を悟られぬように甲冑を外し、武器は小さめのバッグに入るだけしか持っていなかった。

あの封書に書かれていたのは、2行にわたって書かれた住所だけだった。頼は確信していた。その住所は、なんらかの引き金になっているに違いない。それを引けば、事態が大きく揺れ動く。

この手のアパートには珍しく、エントランスのロックがかかっていなかった。二重の扉を抜けて、エレベーターに乗り込む。

指定された部屋の前に立ち、一度大きく呼吸をしてから、インターホンを押した。

「……鍵はかかっていない」

誰かがこの中から出てくるかと思ったが、インターホンから女性の声がしただけだった。

「入っていいよ」

頼は慎重にドアノブを握って、ゆっくりと扉を開く。どこに罠が仕掛けられているかわからない。

ドアを閉め、いつでも受け身がとれる体勢をととのえた。少しずつ歩を進めていく。靴下で踏み締めるフローリングがみしみしと軋む。いちばん奥の部屋がリビングになっているらしかった。テレビがついており、ニュース番組と思しき音声が聞こえた。

明かりのついたリビングに踏み入る。そこには特別怪しいものはなかった。ひとりの少女がいることを除いては。

「お前は誰だ」

頼は緊張を解くことなく、少女を赤い目で睨みつけた。

ジャージ姿の少女は、随分と痩せていた。伸びた前髪のあわいから、黒い瞳で頼を睨み返していた。

「便箋にあたしの住所を書いて渡してくれれば、必ず殺人者はここにくる。——彼の言ったことは間違っていなかった」

「彼、とは」

「名前はわからないけれど、サムライの一味だと言った」

バッグの持ち手を固く握りしめる頼。

「……なぜおれを、ここに呼んだ?」

突如として、クローゼットが勢いよく開いた。中から、小銃を携えてヘルメットを被った男がふたり現れた。

「動くなっ! その荷物を床に置け!」

頼は硬い表情を崩さずに、指示に従った。

「手を後ろに回せ!」

頼は言われるままにした。ひとりの男が手錠をかけ、もうひとりの男が銃口を頼の額にむけていた。

「お前たちは……おれをどうしたい?」

「お前は、正義という名の下に、長い間暗殺を行っていた。政府直属の極秘機関、国防軍の任務を請け負っていた。これは民主主義国であり平和主義国でもある日本にとって、断じて許されることはない。だからお前を——」

「『殺したい』、だろ?」

「なんだと」

頼は鼻で笑った。

「お前たちの浅慮は見切ってるんだ」

瞬時に頼の両手にとてつもない力が入り、手錠のチェーンが千切れた。慌てて発砲しようとした男の小銃を蹴り飛ばすと、手錠をかけていた方の男にも回し蹴りが入る。頼は床に転がった小銃を手に取り、防弾シールドで保護されていない膝に弾を食らわせた。

「ぐ……お前は」

「浅はかな理由で、殺しはできない」

頼は、ヘルメットで覆われた頭部を抱えると、花でも摘みとるかのように、頸椎をぽきりと折った。逃げようとしていたもうひとりの男にも同じ仕置を施す。

「だんだんと見えてきた。お前は」頼は立ち上がり、再び少女を睨みつける。「釣りの餌にされているんだな?」

少女は明らかに異常な事態にあって、しかし身じろぎひとつしなかった。

「違う。あたしはあんたが殺されることを、心から望んでいる」

頼は怪訝な顔つきで、「どういうことだ?」と問い返す。

「あんたは、あたしとお母さんの運命を呪った。そして、お母さんを死なせた」

頼の記憶の中には、少女の母親と思しき人物を殺した、という過去が存在しなかった。それを見透かしたかのように、

「記憶がないのも、あんたにとっては当然かもしれない。でも、あたしにとっては事実なのよ」

そう言って、彼女は視線を少し下げた。そして、掠れた声で語りはじめた。

「当時、お母さんには交際中の彼氏がいた。婚約こそまだだったものの、結婚するつもりでいた。でもお母さんは生活費を稼ぐのに、誰にもバレないよう援助交際をしていた。そんなある日、とある男から高額の報酬と引き換えに『任務』を強要された。でもそこで見たこともない、恐ろしい光景を見てしまった——人が殺される瞬間を」

少女は、その声の弱々しさからは考えられないほど饒舌だった。

頼の記憶の中から、2020年の夏の出来事があらわれ、脳裏に投影される。

「報酬を得たことで援助交際からは抜け出せた。だけど、そのことを彼氏が知ったから、一方的な別れを告げられ、大好きだった人との破局をむかえた。その数日後、お腹の中に赤ちゃんがいることがわかったの。それがあたしだった」

少女は喋っている内容とまったく無関係なテレビの画面をちらりと見て、目を細めた。

「あの時心から愛していた人との間にできた子。最後まであの人を大切にできなかった代わりに、この子は大切にしなければならない。お母さんはそう思っていた。高額の報酬を利用して、あたしが命を授かった。生を受けたあたしは、お母さんからたびたびその話を聞かされた。あたしには幸せでいて欲しかったのだと思う。けれど、あたしが小学校に入る前の身体検査で、運命が狂った」

頼はじっと少女を見ていた。だがその焦点が、少女ではなく宙の一点になった。彼の記憶が、より鮮明な映像になっていったからだった。

「DNAサンプル採取で、半分はお母さんのものだったけれど、半分は、警察が捜査中に死んだ男のものだった。お母さんはそのことが発覚するとすぐ、その『死んだ男』について詳細を確かめようとした。きっと当時の彼氏なのだと、そう思った。だが違った。死んだ男は、かつて援助交際で性交した男だった。つまりあたしは、愛した人との間に生まれた命ではなく、穢れた男との間に生まれた、呪われた命だった」

少女は目に涙を浮かべながら、話を続けた。

「それを知ったお母さんは、すぐさまビルの屋上から飛び降りた。即死だった。行き場のなくなったあたしは、孤児院に入れられることになった。無機質な日々が過ぎた。そんな頃、あたしを訪ねてきた人がいた。彼は、自らを『サムライ』だと名乗った」

「なっ——」

「サムライは、さっきあんたに話したことの顛末を知っていた。あたしはお母さんの後を追って、死にたくなった。でも彼はこう告げたの。『報復できるチャンスはある。力を貸してほしい』って」

頼の表情に動揺の色が浮かびあがった。少女は涙で濡れた頬を見せつけるように顔を上げた。

「あたしは生まれてこなければよかったと思った。でも今は違う。あたしが生まれるよう仕組んだ悪者を殺すことが、あたしの宿命なんだよ」

「いまお前はサムライと言った。そいつはどこにいる」

「さあ? あんたを殺すための刃を研いでいるんじゃないかな」

テレビでは、また臨時ニュースを放映していた。日本のあちこちで暴動が起こっている、という内容だった。

その時、頼のポケットに入っていた携帯が激しく震え出した。頼は少女から目を離さないようにして、携帯を取り出した。

「もしもし、……大佐、申し訳ありませ……なに? 本部に爆撃?」

少女は口角をつり上げて、

「はじまったんだよ」

と、冷ややかにつぶやいた。

loading

この作品はいかがでしたか?

80

コメント

2

ユーザー
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚