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こちらはirxsのnmmn作品(青桃)となります
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スパダリ攻め(青)×ネガティブ思考受(桃)
青視点
それから数日が経った。
ほとけは何となく俺の考えを察したのか、あれからしつこく何かを言ってくることはなかった。
ただないこを心配しているのは相変わらずらしい。
直接本人にたしなめるようなことを言いはしなかったけれど、気にかけていることは伝わってくる。
ある日、夕方からミーティングが予定されていたときのこと。
仕事を早めに切り上げることができた俺は事務所へと急いだ。
会議に出席する予定の社員たちは、まだ他の仕事に追われているのだろうか。
俺が会議室を訪れたときにはまだ誰も来ていなかった。
しんとした室内、いつもの自分の定位置に鞄を置き、椅子を引く。
時計に目線を落とし、時間を確認した。
ミーティングの予定時刻まではまだあと20分ほど残されている。
「あれ、まろ早いね」
不意に部屋の扉が開いて、そんな声が聞こえてくる。
資料の束を抱えたないこが入ってきた。
「ん。ちょっとだけ早めに仕事上がれたから」
「そっか、おつかれー」
ニコニコと笑いながら言って、ないこは俺に資料を一部手渡した。
今日議題に上がるものなんだろう。
それを受け取ってから、俺はないこが持つ残りにも手を伸ばす。
「席に置いていったらええんやろ? 手伝うわ」
長机の座席に、一部ずつ配って準備をする…いつものそんな段取りを想定して声をかけると、ないこは素直に「ん、ありがと」と礼を言った。
「じゃあ半分頼もうかな」
言って書類の束をこちらに渡そうとしたとき、ないこが手を滑らせた。
指先から紙が何枚かすり抜けて落ちる。
「…あ、ごめん」
言いながら拾おうとしてかがんだないこと、椅子に座ったまま身を乗り出した俺の頭がぶつかりそうになる。
危ない、と思ったらしいないこが身を引くのと同時に、ふわりと覚えのない香りが鼻を掠めた。
思わず手を伸ばして抱きしめてしまいたくなるような、ないこのいつもの甘い香水の香りではなかった。
「…まろ?」
手を止めた俺に、ないこが不思議そうに首を傾げて呼ぶ。
その声に我に返って、俺は再び床に落ちた紙に手を伸ばした。
指先でそれを拾い上げる。
「ないこ、煙草の匂いがする」
「…え」
そんな言葉を投げた俺に、ないこは目を見開いた。
ハッと思い当たる何かに気づいた顔をした後、バツが悪そうに目を逸らす。
ないこが吸わない煙草の匂い。
それはつまり、今日仕事に来る前…朝まで誰といたのかを示唆している。
「…ごめん」
何に対しての謝罪なのか、思わずそう呟いたないこに俺は思わず「はは」と声を上げて笑った。
「何で謝るん」
「…いや、吸わない人からしたら煙草の匂いって不快だったりするじゃん」
…煙草の匂いが不快なわけじゃない。
「誰か」の匂いがお前に染み付いていることが不快だ。
なんて言えるわけがない言葉を飲み込んで、俺は拾い上げた書類を空いた座席に配り始めた。
「…まぁ最近煙草吸う人減ったもんな。うちの会社の上司にはまだ煙草臭い人おるから、俺は慣れとるし気にせんけど」
「……」
「ないこ?」
残り半分の書類を手にしたまま立ち尽くしたないこが、微動だにせずに自分の手元を見つめている。
俯き加減のその顔に声をかけると、ピンクの髪が左右に揺れた。
「…まろはホントに、怒りも否定もしないよね。俺のこと。この前だって…」
急にそんな言葉を降らせるものだから、俺は書類を手にしたまま動きを止めた。
目線だけ上げて、正面のないこを凝視する。
「なに、どういうこと? 怒られたいん?煙草の匂いさせたくらいのことで?」
俺がそう問い返すと、ないこは逸した目を伏せた。
長い睫毛がふるりと揺れる。
小さく息を漏らして、「違う、そうじゃなくて…」と苦々しい声で続けた。
「この前のほとけとの話のこと? あの時も言うたやん、ないこの好きにしたらえぇって」
「…っだからそれが…っ」
弾かれたように顔を上げて何かを抗議しようとしたないこだったけれど、踏みとどまるように次の瞬間には口を噤んだ。
言いかけた言葉を飲み込み、冷静さを取り戻したいかのように深く呼吸を繰り返す。
「…それが…そういう言い方が、お前が俺のことどうでもいいって思ってる証拠じゃん」
ないこの言葉に、俺は机に向かってかがみ気味だった上体を起こした。
まっすぐ見つめ返すと、少し気まずそうにピンク色の瞳がついと逸らされる。
「俺が一回でもないこのこと『どうでもいい』なんて言うたことある?」
「ないけど…!」
ないこ自身、本音をぶつけたい気持ちとそうしてしまっては何かが壊れていく予感とでせめぎ合っているんだろう。
肩を大きく上下させて、自分を落ち着けたいかのように呼吸する。
眉を顰め気味の目は、まだ迷いがあるように泳いでいた。
「お前が俺のやること全部肯定するたびに、俺は自分のこと全否定されてる気分になるんだよ…!」
そこまで言い切ったないこはようやく俺を正面から見つめ返した。
大きな目は感情の昂りからか潤んではいたけれど、涙を落とすほどではない。
ただ視界が揺らぐのを防ぐように、眉間に力をこめていた。
「そらそうやわ」
俺の口から返ってきた言葉に、ないこは「え」と更に目を大きく瞠る。
「そう聞こえるんも無理ないと思う」
俺の言葉に声を失い耳を傾けるだけになったないこが、胸の前で資料を抱える腕にぐっと力をこめたのが分かった。
「だって、『お前』が『お前』を認めてないもん」
続けた言葉は、宙を舞うようにすぐに消えた。
だけどないこの耳には確実に届いただろう。
先刻までとは比べものにならないほど驚き、戸惑った目をこちらに向ける。
「どういう…意味…?」
ないこが問い返すと同時に、会議室の扉がバンと開かれた。
ミーティングに参加予定だったスタッフがぞろぞろと入ってくる。
俺とないこが会議の準備をしようとしているのに気づき、慌てた様子で「手伝います!」とこちらに駆け寄ってきた。
それっきり、先刻までの会話が中断させられる。
視界の隅で、ないこがギリと唇を噛みしめたのが分かった。
会議は2時間ほどで終わった。
場を締めくくるないこの声と同時に鞄を手にして立ち上がる。
ライブ前に振り付けの確認やらMCで使う話のネタ決めやら、家でもやるべきことは山ほどある。
加えて本業の方の業務もいくつか残されていた。早めに帰宅して損はない。
会議室を抜ける際に、すれ違うスタッフたちに軽く挨拶をしていく。
部屋の後ろ側を通ったせいで、ないこの傍を通ることはなかった。
事務所の長い廊下を足早に進み、階段を小走りに駆け下りる。
エントランスを抜け外に出ると、もうすっかり暗くなった空に大きな月がぽかりと浮かんでいた。
月の光がこちらの足元を照らしている。
そんな月明かりは、あの夜のそれにそっくりだった。
ないこと「彼氏」に遭遇したあの時。
脳裏をよぎるその光景に、胸に浮かびかけた負の感情。
実感してより大きくなる前に、心の中でそれに蓋をする。
そうして再び歩き出そうとした時、「まろ!」と後ろから声をかけられた。
スプリングコートの裾を翻して振り返った俺の目に、息を切らしながら追いかけてきたらしいないこの姿が映る。
続くようにエントランスから出てきたないこは、歩みを止めた俺の前までやって来た。
「…あのさ、さっきの…」
正面から対峙するような立ち位置で、ないこはそう何かを言いかけた。
数センチしか変わらない身長差でも、目の前で向かい合うとないこがこちらを見上げる形になる。
その宝石みたいなピンクの瞳を見つめ返すと、ないこが一瞬だけ息を飲んだのが分かった。
それでも、何かを覚悟したように再び口を開きかける。
「…ミーティング前の話のことなんだけど…」
「ないこ!」
言いかけたないこの言葉が、横からの大きめな声に遮られた。
思わず2人同時にそちらを振り返る。
そこには見覚えのある黒塗りの車が停まっていた。
そして中にいた男が運転席から降り、こちらに歩み寄ってくる。
「…な…んで…」
驚きで目を丸くしたないこの唇から、そんな声が漏れた。
男はないこの姿を見つけてすぐに出てきたせいか、その狭い視野にはまだ俺は入っていないようだ。
「迎えに来た。もうすぐ終わる頃かと思って」
「家に持ち帰る仕事あるから、今日は会えないって言ったじゃん」
「だから、家に送るだけでもと思って来たんだけど…」
言いながらこちらに近寄ってきた男は、そこでようやく俺に気づいたらしい。
少し驚いたようにこちらに視線をやってから、ペコリと会釈をする。
見たところサラリーマンのようだった。
ただスーツが上等なものだったし、20代らしいけれど単なる平社員には到底見えない。
会釈を返してから、俺は再びないこに向き直る。
「じゃあないこ、お疲れ」
「…待って、まろ…っ」
「また明日会議で」
ないこが伸ばしかけた手は、俺のコートに届くことはなかった。
俺がすり抜けたのか、ないこが諦めてその手を先に引っ込めたのかは定かではない。
もう一度軽い会釈と共に、俺は男のすぐ横を抜ける。
その刹那、あの時ないこから感じたのと同じ煙草の匂いがした。
コメント
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青さんのどうしても桃さん自身に気づいてほしいからこその言動がもどかしいです……😖😖 無関心そうに見えて本当は気にする以上の想いがあるのが本当に……、!!考えさせられる毎日になってますꉂ🤭︎💕 ほぼ毎日のようにワクワクしながらアプリを開いてしまいます…!!投稿ありがとうございますー!!!
なんとも言えない不思議な関係ですね…ちょっともどかしくてけど、切ない?こんなお話読んだことない!!とっても新鮮で楽しかったです!これからも頑張ってください!!