テラーノベル
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病院を抜け出した俺達は、瑞奈の実家に近い運動公園へやって来た。
傾きかけた陽ざしがゴールポストやサッカーボール、そして俺たちに長くて濃い影を投じていた。
ベッドから瑞奈が消えたことによって、今ごろナースステーションは大騒ぎしているだろう。
「おまえ、本当に大丈夫か?」
スパイクの紐を結ぶために瑞奈が屈む。練習前や試合前、幾度となく目にしてきた光景だが、違和感をおぼえてしまい、胸騒ぎをおさえることができない。瑞奈の背が、記憶にあるそれより小さかった。心なしか、瑞奈の影までもが薄く感じられた。
「瑞奈、やっぱ病院へ戻ろう」
「ばかもにょっ、このモブめ」
紐を結びながら顔だけあげた瑞奈の顔を、はらりと落ちた髪が覆い隠した。
立ち上がった瑞奈が、いつものように髪を背中で結わえる。
両太ももの脇をぱんと叩いた瑞奈は「準備完了」と、足もとのボールをひょいっとリフトアップした。そうして肩や頭でリフティングをした後、上空へボールを蹴り上げた。
ボールは鋭角な弧を描き、川南の足もとへと落ちる。
表情を一切変えずにボールをぴたりとトラップした川南がルールを告げた。
「時間無制限一本勝負。先攻、後攻ともにゴールを決めたら、決着がつくまでサドンデスで繰り返す。ロングシュートは認めない。どれくらいの距離からのシュートをロングシュートとみなすかは良心に任せる。スライディングタックルあり。ピッチは片面のみを使用」
「おっけ~い」
瑞奈がサムアップをして返した。
「晴翔」拓真さんが俺に耳打ちをする。「念のためタクシーを待機させている。瑞奈に見つからないように、ここから少しだけ離れた場所で」
「すみません」
「俺は正直、迷っている。瑞奈に本当にこんなことをさせてよいのか……」
普段にはない弱気さを見せる拓真さんだったが、瑞奈を見つめる視線は熱かった。
「瑞奈のあのイキイキした顔を見てると、止められない。瑞奈のプレーを目に焼き付けろ。プレーに魔法がかかる瞬間はきっとおまえにしか分からない。その一瞬の輝きを、瑞奈はおまえに伝えたいんだよ。命をかけてでも」
「俺に……伝えたい」
瑞奈と川南は先攻を決めるじゃんけんをしていた。どうやら川南が最初に攻め、瑞奈が守るようだ。
「瑞奈、行くよ」
川南がボールを一旦、五メートルほど離れた瑞奈に向けて蹴る。
瑞奈はワンタッチでボールを川南に返した。
直後、瑞奈と川南の双方から猛々しい焔が立ち昇った気がした。瑞奈と川南の一対一、最後の一対一対決が始まったのだ。
ボールを足裏で転がしながら川南が斜めに角度をつけて瑞奈に向かっていく。真正面から瑞奈に突入しても、フェイントでかわすことが難しいと判断したのだろう。
川南との距離を瑞奈がすっと詰める。単に近づくのではなく、斜めに前進する川南の正面に廻りこむように身体を寄せていた。その時点で、瑞奈の重心はどちらにも傾いていない。川南が左右のどちらにフェイントをしても反応できる体勢を取っている。
「上手い」
朔太郎が思わずというふうに呟いた。瑞奈は攻撃的な選手だが、守備に関しても、ディフェンダーの朔太郎を感心させるほどの技量がある。
二人の間隔が一メートルを切った。
川南がボールを止め、後ろ足を浮かせた。瑞奈を誘っている。
瑞奈も足運びを止め、川南の足もとから胴回りを見下ろすように背筋を伸ばした。
自分から先に足を出さないことが守備の鉄則だ。川南が仕掛けてくるのを瑞奈は待っている。
刹那、空気が激しく揺れた。
川南が動く。浮かせていた後ろ足でボールを前方左寄りに弾いた川南は、上半身を傾けて一気に瑞奈を抜き去ろうとした。
目で追える限界のスピードに瑞奈は反応する。ボールを孤立させるように川南に対して身体を入れる。
〝取った〟
誰しもがそう思った矢先、ボールが空中でその軌道を変えた。ボールに右回転がかかっている。ボールが右に逸れた。
左へと体重を移動させていた瑞奈に対して、川南が右方向へと身体の舵を切る。
交差した二人の身体が瞬時に入れ替わった。川南が瑞奈を抜く。右に曲がっていくボールを確保した川南がさらにスピードに乗る。瑞奈が追うも、ドリブルする川南を止めることはできなかった。川南が無人のゴールへ蹴り込む。
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