戻ってきた西軍は熱い歓迎に迎えられ、コルマルレンの野で祝いを受け戦いの傷に暖かく染み渡りました。西軍を率いたアラゴルンが談笑しているところにレゴラスがすごい形相でやってきました。
「どうしたんだそんなに急いで」
「アラゴルン!あなに是非会わせたい人が居るんです!直ぐに来てください」
アラゴルンは彼がそこまで言うほど会って欲しいという人に心当たりがなく、戸惑いました。ですが言われた通りに会いに行く事にしました、きっと悪い知らせではないでしょうから。
レゴラスは待ちきれないというようにうずうずしながら、彼をある連れて行きました。そして彼が足を止めたので、様子を伺う為にレゴラスを押し退けて前方を見ると、見覚えのある後ろ姿がありました。
彼は視線に気づいたのか、ゆっくり振り向くと、ボロミアそっくりの顔がアラゴルンを見つめました。
アラゴルンは彼を見て心臓が止まる程に驚き、同時に歓喜が沸き起こりました。そしてレゴラスがあれだけ慌てていた理由も分かり、納得もしました。
ボロミアも驚いたような表情を浮かべながら、近づき強く彼を抱きしめました。
「ああ、ボロミア!何がどうなって帰ってきたのかちっとも知らないが、これほど喜ばしい事は無い!」
アラゴルンが彼を強く抱き締め返しながら言いました。見ていたレゴラスも珍しく表情が崩れて、今にも泣き出しそうです。
「兄弟よ!よく来てくれた、そして勝ってくれた!あなたがもたらされたものをゴンドールは一生忘れないだろう、そしてあなたは王となられるのだ!」
「ああ、そうだ。と言っても今は伝統故にここに追いやられてしまっているがな」
そうアラゴルンがさして残念でもなさそうに呟くと、彼は大笑いしました。その間にアラゴルンは彼の元にやってきたシリウルを見つけて、不思議そうに見つめました。
「ボロミア、この方は?」
「ああ、シリウルか!早く来てくれ、私の友を紹介したい」
彼に急かされながらも、平静に足を進め、そっとフードを外してみせました。その姿を見たアラゴルンは、一瞬誰か分からず戸惑いましたが直ぐに合致して驚きを見せました。
「シンアダン、か?そうなら本当に、大きくなったものだ」
シンアダンと呼ばれた彼女も、合致したのか驚いた顔をすると、直ぐに喜びに染めました。
「エステル!なんとアラゴルンというのはあなたの事だったのですね」
彼ら二人のやりとりに、ボロミアは彼らが面識があった事が知らず、驚きました。
「私達は裂け谷で会ったことがあるんです。それもかなり昔ですがお互いに裂け谷に居る人間が珍しかったので、よく覚えています」
そうシリウルが語ると、ボロミアは納得しました。シリウルはエルフの住居に住まっていて、アラゴルンは裂け谷に住まっていたのですから、会う機会があってもなんらおかしくはないでしょう。
ただレゴラスとは流石に面識はなかったのか、握手をしてお互いに名前と出身を聞かせ合っていました。その間ボロミアは彼が別れた後、何があったかアラゴルンに問いただしていました。
ボロミアはファラミアから聞いた事と、アラゴルンから聞いたことでだいぶ事の次第がわかってきました。
二人とも多少は掻い摘んで話していたので、流石に全部とは行きませんが十分な情報は得られました。改めてアラゴルンがしてくれた事を、感謝してボロミアは一度シリウルを残してその地を離れました。
一方シリウルは、レゴラスに事の次第を聞いていまして、彼から色んな情報を得ました。ガンダルフのこと、アイゼン川でのこと、闇の森の城砦のこと、旅のこと、大いなる指輪のことまで。なにせ指輪は破壊されましたので、もう隠す必要がなくなり、彼は思う存分彼女の疑問に答えてくれました。
そして彼女は初めて、彼がしていた旅の全容を知り、大変驚きました。小さい人の仲間が連れ去られたこと、彼が明かせないと言っていたこと、彼が苦悩していたことその全てに合点がいきました。
「それにしてもレディ、どうやってボロミアを死から蘇らせたんだ?彼は私が川に流れるのを見た時確かに死んでいたよ」
「……私にも分かりかねます。とにかく私がドレン・グラドの川で見つけた時は、彼はなんとか生き長らえていました」
「ドレン・グラドの川に?繋がっていないとはいえ、それは不思議だな。私は私の目を使って川を行くボロミアの船を見失うまで追ってみたんだ。彼の船はラクロスの大河に抱かれて消えた」
「そこから繋がって彼の船が流されてきた、という事なのでしょうか。私は彼に月の恵の穂を与えました」
「なんと、そんな物がまだ残っていたのか!まて、ラクロスはヤヴァンナのお膝元と言った伝承がなかったかい?どこかで見たような気がするんだ」
「私もあった気がします」
「それなら話は早い!といっても推測に過ぎないのだが、私はヤヴァンナの思し召しだと言っておこう。あなたが語った事とあらゆる事象が、こうした結果になった。そんな事を成せるのはヤヴァンナあってこそだと思うから」
「納得は出来ます、でも死から蘇ることなどあるのでしょうか。それこそ闇が成すことのように思えます」
「君の森は複雑に出来ている。闇に打ち壊されながらも何度も復活した場所だから、歪んでいてもおかしくはない。思うに私が見た船と君が見出した船は少し違ったんじゃないかな」
「違った、とは?」
「はっきり言うと、時間が。あなたの方が早かったのかもしれない、私がはっきり彼を確認したのは他の仲間が船に載せて暫く流れてからなんだ。そしてその時彼の船は既に水に浸かっていた」
「私が見た時は浸かっていませんでした」
「それで決まりだ。これで説明は出来るね、ヤヴァンナの介入で蘇生ではなく、簡単に言えば”交換”が成された」
「少し無理やりではありませんかね」
「まぁそうだね、でも理由なんてそんなものさ。現に今彼は闇に染まらず、快活に生きているんだから。私はそれだけで十分なように思える」
「……確かに、そうです。私もそう思いますわ」
そこまで話したところでアラゴルンが帰って来ました。シリウルが伴っているはずのボロミアの姿を探すと、直ぐに察して
「ボロミアは去った、多分他の仲間の元に見に行ったのだ」
と説明してくれました。
「シンアダン、いやシリウルだったかな。とにかく森を出て大丈夫なのか?彼から色々話は聞いたが、大分開けているようだ」
アラゴルンは彼女が館の引き継ぎの為に裂け谷に参ったところで会ったので、彼女の一族の事をよく知っていました。美しい土地とはいえ秘めたる森は流刑地で、森の主と題していますが森の管理を任されたに過ぎないのです。理由があるにせよ、その役目でさえも放り出してしまっているのは非常に宜しくないことだとすぐにわかってくれました。
「……長くかからなければ良いとは言って頂いたのですが」
シリウルは息がかかって不安げに響いた言葉を落としました。そして事実彼女はとても不安に感じていました。そんな彼女の肩に安心させるようにそっと手を置いて、アラゴルンは言いました。
「思いの他長くなっている、ということだね」
「…………はい」
「大丈夫だ、あなたが私の友人を助けた事で何か目くじらを立てられたら私が抗議しよう」
そう言われてシリウルはとても驚きました。アラゴルンにはアルノールの王として、更にゴンドールの王としての仕事がこれからあって、それでなくとも彼は既にあらゆる事に携わっていました。
「そんな、あなたにそこまでさせる訳には」
狼狽えながらも彼女は抗議しました。
「良いのだ、君がしてくれた事を考えれば安いものだろうし。それに私は数度会っただけの身ながら、あなたを妹のように思っていた。それくらいさせてくれ」
ですがこう言われてしまえば、彼女はもう受けるしかありません。シリウルの扱いをよくわかっている様子のアラゴルンに、申し訳なさと同時に狡猾さに対する不満感を持って、彼女は彼を見つめました。でも彼から読み取れたは言葉どおりの事だけで、逆に見つめた彼女方が見当違いだと突きつけられただけなのでした。
シリウルは大人しく降参して、彼に了承の返事を出しました。
アラゴルンは微笑むと、彼女に出来れば戴冠式までは居て欲しいが、一先ず戦勝の祝いだけでも、と彼女を引き止めました。彼女は仕方なく首を縦に振り、一先ずは残ることにしたのでした。
こうしてシリウルの密やかな誓いはあっさり破られましたが、彼女の不安の中にもひっそりと、希望が芽生え始めていました。
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