テラーノベル
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千夏が刀に封印され、今までの戦いが嘘だったかのように、世界が静寂に包まれた。
風も止まった。
音も消えた。
ただ、胸の奥だけがざわざわと騒いでいる。
千夏が封印された。
その事実は分かっているのに、壮絶な戦いの直後だけに気持ちが追いつかない……というより、ほとんど“放心状態”に近かった。
「……思い出せ!しっかりしろ!」
自分に言い聞かせるように、頬を叩いた。
「そうだ!真帆!つの丸!」
私は真帆に駆け寄った。
「真帆、しっかりして!」
「だ、大丈夫よ。足が折れてるだけだから。」
そう言って、またニコッと笑った。
その笑顔が痛々しくて、胸が締めつけられる。
真帆がファッションのように身につけていた甲冑や兜が、結果的に致命傷を防いでいたのだと、その時ようやく気づいた。
「それより、つの丸が……」
「分かった、ちょっと待ってて。」
私はつの丸のもとへ駆け寄った。
「……ひどい怪我……」
いや、怪我なんて言葉じゃ足りない。
肉体が破壊され、生きているのが不思議なくらいだ。
「どうして……どうして私たちのために……」
涙が止まらなかった。
つの丸は、かすれた声で言った。
「言っただろ?ただの暇つぶしだ。」
最後まで憎まれ口を叩く。
「それでも……ありがとう。」
「気にするな。」
「気にするわよ。」
私は笑ってみせた。
その時、真帆が足を引きずりながら近づいてきた。
封印した刀を杖代わりにして。
「大丈夫なの?」
「まあ、なんとかね。」
刀の中から、
“封印を解け”
“助けて真帆”
といった声が漏れ聞こえていたが、真帆は眉をひそめて刀を持ち上げ──
「うるさい!」
ガンッ、と岩にぶつけた。
その瞬間、刀の声はぴたりと止まった。
まるで“しつけ”でもするような自然さで。
「つの丸……やるじゃん!」
「お前もな……」
つの丸の呼吸が浅くなる。
頭上のレベル表示が、じり……じり……と数字を落としていく。
光が弱まり、まるで命そのものが削られていくようだった。
「レベルが……下がっていく……」
まるで死へのカウントダウンみたいに。
「つの丸……死んじゃうの?」
「こればかりは……逃れられん。」
「白い芯に……そんな秘密があっただなんて……」
つの丸は、弱々しく笑った。
「命尽きる前に……お前たちに話しておきたいことがある。」
「なに?」
つの丸は語り始めた。
千夏は、はるか昔に自分が殺した女だった。
その女は、人間が生贄として魔界に落とした存在。
人間界で流行り病を鎮めるために。
「ひどい……!」
真帆が怒りをにじませる。
つの丸は続けた。
「その女は命乞いすることもなく、すべてを受け入れていた。そんな女を俺は殺し……そして人間界への扉を開けた。」
「その後、ある魔物がその女の体に寄生し、お前らが“千夏”と呼ぶ魔物が生まれた。」
「千夏の姿は……私たちが生んだ幻ね?」
「そうだ。俺の目にはただの屍にしか見えんかったがな。」
「記憶も?」
「そうだ。記憶が操作され、お前たちの願望が千夏となって見えた。お前たちがスマホと呼ぶもので顔を見た時は……驚いたがな。」
「じゃあ……つの丸は、このころから千夏が魔物だって気付いてたのね?」
「そうだ。」
つの丸が、喉の奥で「ゴボッ」と濁った音を立て──
突然、泡のような血を吐いた。
「つの丸!」
呼吸はさらに浅くなる。
いつしかレベルは500を切り、最期の時が少しずつ近づいてきているのが分かった。
「つの丸! 死んじゃいやだよ!」
「……俺は長く生きた。もう十分だ。」
「助かる方法は?」
「……ない。死あるのみだ。」
その瞬間、私は真帆の頭上のレベルがつの丸以上の速度で急速に減っているのに気づき、思わず叫んだ。
「ちょっと待って!真帆、あなたもよ!」
「しまったぁ!私も死んじゃうんだった!」
死を目前にした者の会話とは思えない軽さだった。
その直後、真帆のレベルは──
あっという間に300まで落ち、さらに勢いを増して下がり続けた。
真帆はふらりと揺れながら、弱々しく笑った。
「私も……死ぬ前に話しておきたいことがある。」
「真帆! 死ぬなんて言わないで……」
「奈月……今までありがとう……借りてた100円返してなかったね。」
「ばか……もういいよ……そんなの……」
だが真帆のレベルは止まらない。
50……
20……
10……
つの丸よりも先に、真帆の命が尽きようとしていた。
「真帆ーーーー!死んじゃいやーーー!ひとりに……また、ひとりにしないで!」
真帆のレベルが──
1になった。
その瞬間、世界が静寂に沈んだ。
数分間、何の音も動きもなかった。
奈月は震える声でつぶやいた。
「……ん?」
真帆の指が、ぴくりと動いた。
「……死んで……ない?」
レベルは1のまま、微動だにしない。
しかし、確かに生きている。
奈月はつの丸に叫んだ。
「つの丸、どういうこと?」
つの丸は苦しげに息をしながら答えた。
「知らん!人間で食ったやつなんか……今まで見たことがないからな。」
つの丸は続けた。
「お前は人間だから……魔物とは少し効果が違うようだな。」
そうかもしれない。
白い芯の効果も短かったし、そもそも赤い光に“味”を感じるのも私たちだけだった。
そう思うと、妙に納得できた。
その間にも、つの丸のレベルはどんどん下がっていく。
100を切った。
つの丸は、途切れ途切れに続けた。
「お前たちは……扉へ向かえ……その後……俺が……扉を破壊する……」
「扉が無ければ……魔物が人間界に行く理由もなくなる。それなら……必要もない人間を落とす必要もない。」
「だが……お前たちのように……落ちてくるバカなやつらがいるだろ?だから……嘘の儀式が必要だ。」
「うその儀式?」
思わず聞き返す。
つの丸は、かすれた息のまま笑った。
「ニセの……魔物召喚の儀式を……広めろ……SNSとやらで……」
真帆が目を丸くした。
「つの丸、覚えたの?」
つの丸は弱々しく笑いながら言った。
「お前たちが……いつも話してただろ……?」
その笑い方が、あまりにも“つの丸らしくて”、胸が締めつけられた。
「分かったから……もうしゃべらないで。」
つの丸の呼吸が、ゆっくり……ゆっくり遠ざかっていく。
「いけ……早く……!」
「……ありがとう、つの丸。」
「つの丸……」
真帆も、涙をこらえながら名前を呼ぶ。
つの丸は、最後まで魔物らしく笑った。
「俺は魔物だ……大勢の人間を殺した……泣く必要はない……早くいけ……もう……もたない……」
頭上のレベル表示が、10を切った。
「真帆、行こう!」
「うん……つの丸、ばいばい!」
「……じゃあな。」
その言葉を胸に、二人は手を取り合い、真っ暗な扉へ飛び込んだ。
何もない空間。
音も、光も、重力すらない。
最後にもう一度だけ振り返る。
つの丸が、扉に寄りかかりながらこちらを見ていた。
頭上のレベル表示が、ゆっくりと──
5……4……
その瞬間、
扉が音もなく崩れ始めた。
魔界の風景が、砂のように崩れ、色も形も消えていく。
そして完全に魔界が見えなくなろうとした、その時──
赤い光が、ふわりと一瞬だけ灯ったのが見えた。
それは、つの丸が命をかけて残してくれた“希望の光”だった。
つの丸が最後に、私たちへ託したもの。
その光が見えなくなると同時に、私たちのいる空間は──
完全な闇に包まれた。
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