テラーノベル
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完全な暗闇の中で、私たちは気がついた。
「で、これからどうすればいいわけ?」
真帆が、ごく真っ当な疑問を口にする。
そうだ。
つの丸は「人間界につながっている。」と言っていた。
でも──
どこにつながっているのか、どう戻るのか、肝心なところを詳しく聞くのを忘れていた。
自分の抜けていた部分が悔しくて、胸がちくりと痛む。
でも、あんな緊迫した場面で冷静に質問なんてできるわけがない。
あの瞬間は、生き延びることで精一杯だった。
出口どころか、一点の光すら見えない。
「ちゃんと奈月が聞かないから!」
真帆が闇の中で怒鳴る。
「それは真帆も一緒だよ!」
口げんかが始まる。
でも、相手がどこにいるのか分からないから、声だけが闇に吸い込まれていくような、変な喧嘩だった。
「もう! あー落ちる前の学校に戻りたい!」
その瞬間だった。
暗闇の中で、ぐっと背中を押され、私たちは前につんのめった。
次の瞬間──
暗闇の膜をすぽっ、と突き破るようにして、視界が一気に明るく開けた。
「わっ……!」
私は前のめりに倒れ込み、手と膝が硬い床にぶつかった。
真帆も同じ方向に転がり込んで──
ガンッ!
「痛っ!!」
机の脚に頭をぶつけて、真帆がうずくまる。
私は床に手をついたまま、低い視線で周囲を見渡した。
床の木目が間近に流れ、机の脚が林みたいに立ち並んでいる。
その隙間から、夕焼けのオレンジが差し込んでいた。
さっきまでの魔界の闇とはまるで違う、“教室”の空気がそこにあった。
「……戻ってきた……」
「そうみたい!」
そこは、魔界に落とされる前の教室のようだった。
……でも、最初は確信が持てなかった。
夕焼けの色が同じであっても。
私は立ち上がり、ふと黒板に目を向けた。
そこには──
あの日、私たちが描いた落書きが残っていた。
真帆が描いた、やたら筋肉質な自画像。
私が描いた、ちょっとバランスの悪い猫。
そして──
丸っこいキャラクターの落書き。
「……これ、誰が描いたんだっけ?」
真帆が首をかしげながら立ち上がる。
「あれ?足は大丈夫なの?」
「ほんとだ!治ってるみたい」
何かの効果か、そもそも折れていなかったのか……
それについてはもう考えないことにした。
それにしても……二人とも覚えているのは、“三人で描いた”という事実だけ。
でも──
その三人目が誰だったのかだけが、ぽっかり抜け落ちていた。
絵の存在は覚えているのに、描いた本人の記憶だけが霧のように消えている。
胸の奥がひやりとした。
黒板の上の時計を見ると、針はちゃんと動いていて、魔界に落ちた“あの時間”を指していた。
現在進行形で、あの日の続きを刻んでいる。
「……本当に、あの日のまま……」
教室の外には、べたっとしたオレンジ色の夕焼け。
机は隅に寄せられ、広いスペースが確保されていた。
私たちは、その場にへたり込んだ。
3,120
#創作
ライ麦茶
32
羽海汐遠
12,909
魔界の乾いた大地とは違う、床の温もりがじんわりと背中に伝わる。
肩を寄せ合い、声を上げて泣いた。
帰ってきた安堵と、つの丸の死の事実が胸に押し寄せて、涙が止まらなかった。
突然、教室の外から声がかかった。
「いた!あんたたち早くしなさいよ!」
クラスメイトの麻衣だ。
「えっ?何のこと……」
「文化祭の準備があるって言ったじゃん!」
「そ、そうだった!」
真帆が慌てて立ち上がる。
麻衣は私たちを見て、ふっと笑った。
「まあ……しっかり準備はできてるようだけど。」
「準備?」
「うちのクラス、お化け屋敷でしょ? 出し物は。」
「あ……そうだった……」
麻衣は真帆を見て吹き出した。
「真帆なんて、まんま落ち武者じゃん。」
「これは……」
真帆が言いかけたところで、私は慌てて止めた。
「今行くから待ってて!」
「早く音楽室に来てよー」
麻衣が先に歩いていく。
「真帆、とりあえず行こう。その後でゆっくり話そう……」
「うん、わかった。」
音楽室へ向かう途中、真帆が首をかしげた。
「てか、なんで音楽室?」
「ほら……学校の七不思議のひとつで、夜中にベートーベンの肖像画が笑うとか……」
「単純。」
音楽室に入った瞬間──
床に光るものが見えた。
「……うそ……」
床に、あの魔法陣が光っていた。
「だめーーー! 魔法陣から離れてーーー!」
中心には麻衣と数人のクラスメートが立っていた。
「び、びっくりしたじゃないのー! 大きな声出さないでよ!」
真帆も叫ぶ。
「ばか! それ罠よ! 魔物の!」
麻衣はケラケラ笑った。
「なるほど! そういう設定ってわけね、ウケる。」
「設定?」
「この魔法陣、すごいでしょ? 美術部の人に描いてもらったの。」
「美術部……」
「それ、絵なの?」
「当たり前じゃん! 絵じゃなかったら何なのよ。」
私たちは、またその場にへたり込んだ。
その後、麻衣に言われるまま、お化け屋敷のリハーサルを一通りこなした。
真帆は落ち武者、私はゾンビらしい。
私のゾンビは納得いかないが。
ついでに真帆には本物っぽい刀まで渡された。
リハーサルが終わる頃には、クラスメートたちは帰り支度を始め、気づけば音楽室には私と真帆だけが残っていた。
「……思い出すね。」
「だね。ついさっきまでの出来事なのに。」
魔界での数十日は、人間界ではほんの数分しか経っていなかったらしい。
誰もいなくなった音楽室の片隅で、私はボロボロになったノートを開いた。
砂と血で汚れ、破れ、折れたページ。
それが、魔界でのサバイバルを物語っていた。
私は最後の記録をつけることにした。
もう記録する意味はない。
でも──
つの丸を忘れないために。
そして、生き抜いてきた私たちを証明するために。
「これ見て。」
真帆がスマホを差し出す。
「つの丸の写真……」
「内緒で撮っちゃった。」
「怒られるわよ……って、もういないのか……」
つの丸は魔物のくせに、人間よりも人間らしかった。
魔物たちは憎悪を食って、一体何を得ていたのだろう。
最高の味がすると言っていたけれど、その先は謎のままだ。
私は記録として、頭上のレベル表示が“1”のまま残っていることを書き留めた。
麻衣たちは何も言わなかった。
どうやら、あの数字は私たちにしか見えていないらしい。
私は最後の記録を書き終え、静かにノートを閉じた。
その瞬間、ある不安が頭をよぎる。
「扉、破壊されたよね?」
「そうだよ、ふたりで見たじゃん。」
「ということは……魔物は来ないよね。」
「当たり前じゃん、扉がないんだもん。」
「じゃあ……人間界に来てる魔物はどうやって帰るの?」
真帆が固まる。
「それは……魔法陣で……」
「無理。あれは人間専用。」
「でも、つの丸は落とされたって……」
「封印されて人間と一緒に落ちたからよ。」
「そうなると……」
二人は同時に答えを出した。
「帰り道がない!」
魔物が人間界で何をしているか分からない。
つの丸からも詳しい話は聞いていない。
行方不明になっている人たちの原因が魔物の可能性だってある。
「どうしよう……私たち、とんでもないことしたかもしれない。」
「私たちが戦えばいいじゃん!」
「レベル1の私たちに何ができるっていうのよ。」
真帆も今はレベル1。
私と同じだ。
「それなら大丈夫よ。」
「いくら真帆だって……」
真帆が私のリュックをゴソゴソし始める。
「何してるの?」
「ほら、これ。」
真帆が取り出したのは──
白い芯。
「まだあったの?」
「あるもなにも、片っ端から持ち帰ってきたわよ。」
「……いつの間に。」
その時、遠くから悲鳴が聞こえた。
「化けものーーー!!」
続いて、
「扉が消えた!どこだ……扉は!」
という、魔物の声が響いた。
私は息をのむ。
どうやら、扉が消えたことで、魔物たちが人間界で姿を現し始めたらしい。
真帆がニヤッと笑う。
「おっ、早速出番じゃん!」
「残党狩りにいきますか!」
「そうこなくちゃ! はい、これ飲み込んで。」
私たちは白い芯をゴクリと飲み込んだ。
白い芯は硬くて、かみ砕くことができないからだ。
その瞬間、白い光が身体を包み込んだ。
悲鳴の聞こえた場所へ向かう。
力がみなぎる。
まるで──
つの丸が後押ししてくれているかのように。
完
コメント
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一気読みさせていただきました! めちゃいい話だった!