当時の事を思い出すと、フ……ッと気持ちが重たくなったけれど、コーヒーを一口飲んでごまかす。
その時、尊さんのスマホがピコンと鳴った。
「悪い。ちえり叔母さんかも」
彼は断りを入れ、スマホを見る。
スマホを操作した彼は画面を見て微かに瞠目し、それから私を見てくる。
「……なに? ちえりさん達、何か都合が悪いとか……」
私を見てきたので自分に関係ある事かと思って尋ねたけれど、尊さんは微笑んでスマホをしまった。
「いや、別の相手だ」
そう言った彼は詳細を話さず、コーヒーを飲む。
私は尊さんを疑わないし、彼が私を裏切る事もない。
でもいつもなら何でも教えてくれるのに、この時は何かをごまかすように黙ったのが胸の奥に引っ掛かった。
けれどしつこく聞くなんてできないので、触れずにおいた。
もしかしたら仕事関係かもしれないし、篠宮家の人からかもしれない。
(いちいち『誰からで、こういう用事だった』って教える必要もないし……)
私は自分に言い聞かせ、不安を誤魔化す。
そのあと、腹ごなしも兼ねて再度指輪探しに向かった。
一軒目は青い箱のお店に行ったので、午後の部に行った二軒目は赤い箱のお店、三軒目はグリーンの箱の店だ。
うんうん唸って考えたけれど、何十万、何百万もする物だから、絶対に「これが大好き!」っていうのにしないとならない。
けれど、どれもしっくりこない私は、肩を落として三軒目のお店を出た。
「決められなくてごめんなさい。……本音を言うと、なんかピンときませんでした」
「いいよ、じゃあ、日を改めて別の店に行こう。ブルガリにハリー・ウィンストン、ショーメ、ブシュロン、ショパール、ピアジェ、グラフにデビアス・フォーエバーマーク、フレッド、日本のブランドだとミキモトやタサキもあるし、あとはディオール、シャネル、グッチ、エルメス、ヴィトンとかも人気がある」
名だたるハイブランドの名前を聞いた私は、クラクラを眩暈を感じる。
「……お、お手柔らかに……。朱里のライフはもうゼロよ」
彼を見てボソッと呟くと、尊さんはニヤリと笑った。
「一生もんだから、手は抜かないぞ。俺がエネルギー注入してやるよ」
「うう……」
溜め息をついた私は、しょぼんと肩を落とした。
「土産を買うか」
「はい」
そのあと私たちは百貨店のデパ地下でプリンを買い、いよいよ『こま希』へ向かったのだった。
『こま希』はビルの地下一階にあり、木製の簾戸には『本日貸し切り』の看板が下がっていた。
「うう、緊張するな……」
「大丈夫だって」
尊さんは腕時計を見て、約束の十八時に間に合っているかを確認し、カラカラと引き戸を開けた。
「こんばんは」
彼が挨拶すると、「あらーっ!」と女性の声がした。
多分、これがちえりさん……? かもしれない。
「尊くん、いらっしゃい! ……朱里さんはいるの?」
その声を聞き、私はおずおずと暖簾をくぐってお店の中に入った。
中を見るとカウンター席と四人掛けのテーブルが二つある、こぢんまりとしたお店だ。
カウンターの中では着物を着た綺麗な女性が料理を作っていて、私を見るとニコッと笑いかけてきた。
そして尊さんの前にいる着物を着た美魔女は、きっとちえりさんだ。
「は、初めまして。上村朱里と申します。尊さんとお付き合いさせていただいております」
ペコリと頭を下げると、彼女は温かな手で私の手を握ってきた。
「え……」
顔を上げると、尊さんにどこか面差しが似ている彼女は涙ぐんで微笑んだ。
「今日は来てくれてありがとう。かしこまる必要はないから、ゆっくり寛いでいって」
「はい」
どうやら歓迎してもらえたと理解した私は、安心して微笑み返す。
上着を脱ぐと、尊さんがカウンターにプリンの紙袋を置いた。
「これ、プリン。あとで皆で食べよう」
コメント
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優しく迎えてもらって良かったね…❣️