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人間界・王城。
重い扉が閉まり、
会議室には緊張した空気が満ちていた。
王座の前に立つのは、
王子ノエル・クラーク。
その隣には、
勇者アルト・ヴォイド。
そして、王、宰相、騎士団長、各国の使者たち。
「――魔王の娘、セラフィナ・ノワール」
ノエルの声は、静かだった。
「彼女が、誘拐されていた事実が確認された」
ざわり、と空気が揺れる。
「しかも」
アルトが、言葉を継ぐ。
「犯人は、個人だ」
「魔界でも、人間界でもない」
「……つまり」
宰相が、眉をひそめる。
「世界の均衡を、意図的に壊そうとする存在がいる」
「そうだ」
ノエルは、はっきり頷いた。
「そして」
「セラフィナ姫は、
その“引き金”にされかけた」
沈黙。
誰もが、思い出していた。
――あの姿を。
五歳の、小さな少女。
怯えた瞳。
それでも、誰も恨まなかった存在。
「……敵にするべき存在か?」
ノエルは、問いかけた。
「違う」
答えたのは、アルトだった。
「守るべき存在だ」
「個人の感情ではない」
「勇者としてでもない」
アルトは、まっすぐ前を見る。
「世界の未来として、だ」
ノエルは、一歩前に出る。
「だから、提案する」
「人間界は」
「魔界と、正式に友好関係を結ぶ」
どよめきが、起こる。
「和平ではない」
「監視でもない」
「“共存”だ」
ノエルは、強く言った。
「人間も、魔族も」
「同じ世界に生きている」
「なら」
「世界一美しい少女を、
どちらかが独占する必要はない」
「世界全体で、守ればいい」
アルトは、剣を置き、片膝をついた。
「勇者アルト・ヴォイド」
「この身を、
魔界との架け橋として捧げます」
その姿に。
王は、ゆっくりと立ち上がった。
「……王子ノエル」
「お前は、覚悟があるか」
「はい」
ノエルは、迷わず答えた。
「彼女が大人になる世界を」
「争いのない場所にしたい」
「それが、王になる者の責任です」
長い沈黙のあと。
王は、静かに宣言した。
「人間界は」
「魔界との正式同盟を、開始する」
「目的は、ただ一つ」
「――セラフィナ・ノワールを、守ること」
その瞬間。
世界は、ひとつの方向を向いた。
* * *
魔界城。
玉座の間で、
魔王は報告書を読んでいた。
「……人間界が、そこまで言うか」
赤い瞳が、細められる。
クロウ・フェルゼンが、膝をついた。
「正式な使者を、送るとのことです」
「姫君の安全を、人間界でも保証したいと」
「……ふん」
魔王は、鼻で笑った。
だが。
「悪くない」
その声は、低く、穏やかだった。
「娘を、独り占めするつもりはない」
「世界が守るなら」
「それもまた、力だ」
* * *
その頃。
魔界城の庭。
セラフィナは、花を眺めていた。
「りりあ」
「はい?」
「せかい、しずか?」
リリアは、少し驚いてから、微笑む。
「……ええ」
「とても、優しい方向に」
「そっか」
セラフィナは、花に顔を近づける。
「じゃあ、いいね」
「みんな、なかよし」
その小さな願いが。
王を動かし、
魔王を動かし、
勇者を動かし、
世界を変えたことを――
彼女は、まだ知らない。
ただ。
この日。
人間界と魔界は、初めて同じ理由で手を取った。
――ひとりの少女を、守るために。
そして、世界は少しだけ、
やさしくなり始めた。