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遊ぶだけ遊んで、まだ覚えていない道をノキマルの案内に従って帰り、ヤマヒメ邸。しん、と静まり返り、灯りも点いておらず、静かに入るとぐうぐう寝息を立てて、腕を伸ばし、足を広げた、だらしない姿勢のヤマヒメがいた。
そっと起こさないように横を通り抜けようとノキマルは空いている部屋へ二人を連れて行こうとするが、縁側の床板がぎしっと音を立てて、ヤマヒメがぱちりと目を覚ます。むくっと起きて、眠たい目で三人を見つめた。
「おお……。帰って来たか。どうだったね、都は?」
「マツリ通りに連れて行ってもらったよ。楽しかった」
「カッカッカ! ありゃあ、良い場所だ。わちきもたまに行く」
ふわあ、と大あくびをして、ぐっと体を伸ばす。
「この島全体を国と呼び、わちきはホウジョウと名付けている。遠い昔は、名もなき場所。名もなき民族の住む場所だった。今や各地には鬼人が住み、あらゆる町や村を作って生きてんだ。だけど、リュウシンはそれをぶっ壊そうとしてやがる」
ぐっと拳を握り締め、のぼった月を見上げて目を細めた。
「わちきらとは分かり合えなかった。奴ぁ、強いもんが弱いもんを食い物にするのが当然だと思っていやがんだよ。……ほんと、くだらねえ」
「それで、早く見つけて始末したいわけじゃな」
イルネスの言葉に、フッと笑みをこぼして頷く。
「不本意だがよ。あいつは強い。本当なら、一緒に、この都で酒でも酌み交わしながら、同胞共と平和に過ごしたかったもんさ」
お土産に買った鈴の形をしたカステラの詰まった紙袋を渡して、ヒルデガルドはまた縁側にちょこんと座って、綿菓子を食べる。
「そのリュウシンとはどんな奴だったんだ?」
「……ああ、わちきが仲間にした、若い衆の一人でね」
あぐらをかいて座り、ふんっ、とため息交じりに鼻を鳴らす。
「ろくでもねえ性格の奴でよう。周囲にもなじめず、女にゃ手ぇ出すわ、他人の酒は盗むわ、咎められりゃあ暴力で支配しようとする。てめえは魔物なんだから、好きに生きたっていいだろうって、言うことを聞かないままでねえ」
次第に力をつけ始めたリュウシンは、神の領域に近づく強さを持ってヤマヒメに抗った。魔物らしい生き方をして何が悪いのか、と。結局、勝利したのはヤマヒメだったが、情が湧いていたのもあって、一瞬の隙を突かれて逃げられたのが、今も心の中で深く悔恨の根を張っている。
「当時、わちきは同胞に対して強い情があった。我が子と言ってもいいくらいだ。だがよう、それが祟って、逃がしちまった。何人も仲間を手にかけたクソったれな小僧をな。だからわちきは、ホウジョウで暮らす者たちに規律を与えた。てめえらの前でボケ共を殴り殺したのも、リュウシンの件があって、情に流されてはならんと自分に従ったまでよ。次にも同じ失態があっちゃあならねんだ」
黙って聞いていたヒルデガルドは、ぺろりと綿菓子を平らげて、ふうっとひと息つく。
「なんにしても、私たちは君の作った規律とやらに干渉する気はない。それが決まりだと言うのなら、たとえ気にくわなくても何も言わんさ」
「理解があって助かる。てめえは、あの骸骨野郎とはちげえな」
アバドンのことだと分かって、ぴくっと耳ざとく反応する。
「私たちが眠っているときに会ったのか?」
「ああ、そうさ。はっきりいって、ちいと驚いたぜ、ありゃあ」
うーんと唸って、感心したように彼女は言った。
「奴は神の領域に近づいた者……大陸ではデミゴッドと呼んでいる」
「あん? そりゃあ、てめえらが見た限りって意味でかい?」
言っている意味が分からず、ヒルデガルドもイルネスも首を傾げた。
「何を言うとるんじゃ、ぬしは。あやつが雑魚にでも見えたか」
「いやいや、そうじゃねえ。逆だよ、あいつは強すぎる」
可笑しそうにヤマヒメはそう言って、思い出す。
「強すぎる奴ってなあ、他の連中には気付けねえんだ。気配を隠すのが上手いから、弱く見せることも思いのまま。そりゃあ、つまりてめえらがわちきを見ても同じ。なんせ、わちきは──現人神《あらひとがみ》。神の領域に至った魔物だからなァ」
傍に転がった瓶を手に、中に酒が入ってないかを確かめながら。
「あの骸骨野郎もそうだ。あいつと戦えるのはわちきぐれぇなもんさ」
「えっと、その、なんと言った? あら……?」
「現人神。半神なんかとは出来が違う。そこへ至る理屈は誰も知らねえが」
大きな手が、隣に座るヒルデガルドの頭を優しく撫でた。
「てめえの魔核からも、同じ素質を感じる。何があってそんなにぼろっちくなったのかは知らねえがよ。その強さ、取り戻さなくちゃな」
イルネスがひょこひょこ歩いて、ヒルデガルドの頭に置いた手をぱちっ、と叩いて、むくれた顔をする。
「儂はどうなんじゃ? ヒルデガルドばかり褒めおって!」
「諦めろ。てめえはそもそも死んでるじゃねえか」
ヤマヒメは悲しそうに微笑んだ。
「な、なにを言っとる。儂はこうして此処に──」
「ああ、もちろんいるとも。だがよ、てめえは死んでる」
震えた声のイルネスに、ヤマヒメは告げた。
「本当は自分がいちばん分かってんだろ。てめえからは、骸骨野郎の魔力がぷんぷんしてやがる。動く死体が生前と同じ能力を持ってるだけだ」