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「炭酸、炭酸~あ、これ全部混ぜちゃおっかな~」
「そら君、元気だね」
ドリンクコーナーで、子供のようにありとあらゆるボタンを押して飲む気の失せるようなドリンクを作っている颯佐を見て、神津は呆れながらも苦笑していた。
颯佐は上機嫌なようで、鼻歌を歌いながらコップに氷を一つ、二つと落としていく。
ドリンクコーナーは、一階にあり、明智や高嶺の待つ部屋は三階にある。エレベーターもあるが、ドリンクを持ったまま移動をするのは気が引けるため、いきも帰りも階段を登ることとなっていた。
颯佐はコーラを注ぎ終えると、今度はメロンソーダを入れ始めた。
その横で、神津はオレンジジュースを手に取る。
すると、颯佐が口を開いた。
いつものニコニコとした笑顔ではなく、思い詰めたようなそれでいて真剣な顔で。
「ユキユキ達って、付合ってるんだよね」
「うん? うん、そうだよ。十年前にね僕から告白して、今年で一一年目になるね」
「なのに、キスとかしないの?」
そう颯佐は顔を合わせずに聞く。ポチ、ジャーとグラスに注がれる透明な液体を見つつ、神津は「そうだねぇ」と顎に手を当て考えるような素振りを見せる。
颯佐は、高嶺に目を隠され先ほどの神津と明智のやりとりを最後まで見ていないが、明智の顔を見たらキスをしていないと一目瞭然で、何故恋人同士なのに、しないのかと気になったのだ。神津が人目を気にするようなタイプでないことも、明智が恋人である神津に対して甘いようなことも知っているから、尚更不思議に思ったのだ。
注ぎ終えたグラスは、混沌とかしており、颯佐はそれを見てよし。と満足したように首を縦に振った。
「春ちゃんが嫌がってるからかなあ」
「えーそんなことないって、寧ろ、ハルハル待ってるんじゃない?」
と、颯佐の言葉に神津はキョトンと首を傾げた。
「だってハルハルさっき、傷ついたような表情してたから。してあげても良いんじゃないかなーって思って。恋人同士なんでしょ?」
「春ちゃんが傷ついた顔?」
「見えなかったの?ユキユキは」
颯佐は驚いたように神津を見た。神津は、見たのか見てないのか分からないような表情を浮べており、少し背筋が凍りついた。
ポーカーフェイスが得意な神津の表情を崩すことも、その感情を読み取ることも難しい。
「見てたよ、ちゃんと。でも、春ちゃんずっと受け身なんだもん。少しは、積極的になって欲しい。僕だけ好きだって勘違いしちゃいそうになるからね」
「そういうものなの?ってきり、けいたん……けんた……」
「倦怠期?」
そう、それ! と颯佐は神津に向かって指を指す。
「その倦怠期って奴なの? ユキユキとハルハルは」
「どうだろうね。でも、そら君には関係無いんじゃない?」
そう言って、神津は微笑むと颯佐から目線を外し、ため息をついた。
人の恋愛関係に首を突っ込まないで欲しい。善意でいっているのか、それとも本気で何も考えずいっているのか神津には分からなかった。それでも、あまり人からとやかく言われるのは好きではない。
颯佐は「何か微笑ましいな」と呟いて神津の方を見た。青い空の瞳は、神津ではなく誰かを重ねているように見えて、神津は目を細める。
「ユキユキは、ハルハルの事、好きなんでしょう?」
「そうだよ。ずっとずっと好き。それこそ、ピアノをやめてもいいって思えるぐらい好き」
颯佐は、神津の答えに一瞬きょとんとして、「ふっ」と吹き出すように笑みを溢した。
矢っ張り羨ましいと、颯佐は思った。
「早く仲直りできるといいね」
「僕はしたいんだけど、僕から謝ったらこれまで引っ張ってきた意味がないじゃん。だから、待ってるの」
「ユキユキってもしかして策士?」
そう聞けば、神津は悪戯っ子のような表情を浮べて「そうだよ」と微笑んだ。
「春ちゃんにはもう少し僕を好きだーって自覚持ってもらいたいし、言葉にして伝えて欲しい。不平等だって別に思わないけど、春ちゃんの言葉で聞きたいんだ。僕のこと好きって」
神津はそう言って、明智のことを思い浮かべた。
ずっと恋い焦がれてきた幼馴染みのこと。
ピアノを弾いている間も、海外にいる間も明智のことを思わない日はなかった。早く帰りたい。でも帰れない。そんな気持ちの中これまで耐えてきた。そして、それがぷつりと切れて、何も言い残さずピアノをやめて日本へ帰国した。
神津は周りが想像するよりもよっぽど衝動的な人間なのだ。
「それじゃあ、戻ろっかそら君。二人が待ってる」
「分かった!」
元気のいい返事をし、颯佐は神津の前を歩いた。そんな颯佐の後ろ姿を見ながら、弟みたいだなあと神津は思い声をかける。
「僕も、応援してるよ。君とみお君の事」
「………オレ達はそんなんじゃないよ」
足を止め、颯佐は振返らずそう呟いてまた一歩前に踏み出し歩き出した。