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そもそも。
ルナに人権の概念を教え、死なせたのはオレだ。
なぜ教えたかと言えば、聖堂騎士団のヤーコーン枢機卿をルナ率いる反政府組織と共に討つ為だった。
オレから流出した第五奴隷魔法【浄化の時は来たれり《ミルド・ミナス》】で信徒の心を改変し、自爆特攻を強要するヤーコーンを放置するわけにはいかなかった。
ヤーコーンは聖堂教会の資金を使い、市場の奴隷を買いあさっては、片端から洗脳していた。
何も知らぬ信徒を儀式と称して奴隷化することは日常になっていたし、敵対組織の人間を拉致して拷問にかけ、強制的に奴隷化することすらあった。
そればかりか、ヤーコーンは自分の種を信徒たちにばらまき、奴隷を養殖し始めたのだ。
確かにこの方法なら、帝国の中にありながら国を作ることも可能だろう。
奴隷魔法で心を改変すれば、裏切られることもない。
敵対組織には信徒を自爆特攻させ。
信徒の数が減れば、路地裏から拉致してくればいいのだ。
第五奴隷魔法が流出するということはこういうことだ。
流出先がヤーコーンだけだからまだマシだったが、これが世に広まれば待っているのは奴隷の奪い合いだ。
帝国側が第五魔法を入手し、教皇を名乗らんとするヤーコーンに対抗しはじめたら目も当てられない。
何としてもこれ以上の流出を防ぎ、ヤーコーンを殺す必要があった。
ヤーコーンに敵対していたのはルナも同じだったが、奴隷の意思を尊重する主義だったルナにとって、ヤーコーンの洗脳戦術は相性が悪すぎた。
自爆魔法を解除し、温かいスープを与えても。ヤーコーンの信徒達は皆、舌を噛み切って死ぬのだ。まるで、自らの意思かのように。
第五奴隷魔法の存在を知らないルナからすれば、信奉する神の名を唱えて自殺することすら、尊重すべき本人の自由だった。
奴隷の意思を尊重することで、奴隷が死んでいく。
この矛盾にルナは耐えきれなくなっていた。
どうにかして、ルナに精神的主柱を与え。
他人の意思を踏みにじる傲慢さを得てもらう必要があったのだ。
人間には生まれながらに「人であるが故に持つ権利」があり。
人は人権を持つが故にその尊厳を犯しても、犯されてもならない。
奴隷であろうが自由市民であろうが等しく人は平等であり。
命は尊ばれなければならない。
そんな歯の浮くような、矛盾だらけの言葉を言って聞かせた。
ルナは目の色を変えて喜んだ。
そうだ、そうだよ。
こんなことはおかしい。
奴隷であるからというだけで、強姦されても被害届すら出せない。
殺されても文句を言えない。
死ぬまで搾取され続けるしかないなんて、間違ってる。
奴隷は解放され、人々はもっと自由に生きるべきだ。
ありがとう、アーカード。
あんた思ってたよりずっといいやつだったんだな。
そうしてルナとオレは共闘し、ヤーコーンを倒した。
その後、世の奴隷制度に真っ向から逆らったルナは迫害され、奴隷達を連れて帝都から脱走を試みた。
言ってしまえば、ルナは優しすぎたのだ。
ルナは皇帝を殺し、帝都を支配しようとはしなかった。
人権を訴え奴隷制度に疑問を抱かせるような活動していただけだ。
だが民を唆(そそのか)し、帝都の基盤制度を破壊しようとしていることに変わりは無い。
国家反逆罪だ。
帝国としても放置するわけにはいかなかった。
それだけならまだしも、逃亡したルナに返り討ちにされれば、帝国軍の面子も立たない。
より強力な兵を送り、オレのような外道の手を借りてでもルナを殺そうとした。
オレがルナ討伐の命を受けて、アスピレオス山に到着した時。
既にルナと奴隷達は死んでいた。
死体には争いあった跡があった。
ルナの最後は帝国軍との戦闘でも、オレとの決闘でもなく、奴隷同士の仲間割れだった。
荒涼とした岩肌に人影。
シルクのような長い銀髪が揺れ、赤い瞳がオレを見ていた。
「ああ、お前。あいつらの知り合いじゃったか」
少女は少しばつの悪そうな顔をしていた。
「すまんのう、何かリーダーっぽい女を死姦しようとしとったから、つい全員殺してしまったわい」
「そういう【願い】じゃったからな」
イリスの【其は願望の影】は本人すら気づかぬ願いを叶える。
ルナを殺し、死姦しようとした奴隷達の願いは、たまたま通りかかった誰かに殺されることだった。
当初は同じ志を持った仲間だったのだろう。
報われぬ日々を越えるうちに、憎しみを覚え、汚したいとまで思うようになった。
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橘靖竜
それでも彼らは。
「よかったな。最後に願いを叶えてもらえて」
イリスが珍しい物を見る目をした。
当時は奴隷を慈しむ奴など、ほとんどいなかったのだ。
「オレはアーカード。奴隷商人だ」
蝋燭揺れる寝台でイリスが告げる。
なぁ、アーカード。
お前の願いを叶えてやろう。
なに、ジークのことを慰めてくれた礼じゃ。
そう意地悪く微笑んで、イリスはルナの姿をとった。
銀髪は黒髪となり、しなやかに揺れる。
オレの願い? オレの願いとは何だ。
イリスがルナの姿となって寝てくれたところで、満たされるとは思えない。
困惑するオレをルナが抱きしめてこう言った。
「私はあんたを許さない」
丁寧口調のルナが、オレだけに見せた砕けた言葉。
ついぞ、誰にも話さなかったルナの言葉だった。
「あんたが私を唆(そそのか)さなければ、あんな死に方せずに済んだんだ」
「死ね、地獄に落ちろ」
とてもとても澄んだ憎悪。
そうだ。オレは許しなどいらなかった。
むしろ、許されたくなどなかった。
あらゆる業と罪を背負い、それでも進むと決めたのだから。
オレは何度でも悪を選択する。
そうし続けると、決めたのだ。
「でも、死ぬ前にゼゲルは止めて。あいつ何もわかってないから」
言葉が続く。
まるでルナが生き返ったかのような心地になる。
「ていうかさ。私を元気付けるにしたって、絶対他にやりかたあったでしょ。なんでこの世界にない概念を持ち出しちゃうかな。お前が好きだとかでよかったのに!」
背中を思い切りつねられている。
これは幻想だ。
ルナ本人ではない。
だが、オレの願望にすぎないからこそ、余計に心が乱されていく。
「でも、もう死んだし。いいんだけど。いや、やっぱよくない! 死ね!! 死んで詫びろ!! ふざけんな!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐルナをただ抱きしめる。
ルナは何かとても懐かしい、オレとルナだけしか知り得ないことを幾つか言って、イリスに戻った。
イリスが「これでよかったのか?」と問うと、オレはただ「ああ」と答えた。
イリスが起きあがり、伸びをする。
あどけない顔でオレを見るとにこりと笑った。
身体を重ねて確信したが、オレがイリスと恋仲になることはないだろう。
イリスの魂はジークに、オレの魂はルナに囚われている。
ジークは意思の疎通も取れぬまま、永遠に老いていくし。
ルナはもう死んでいる。
愛というより呪いに近い。
この問題の解答は皆、わかりきっている。
「過去に囚われるな、今の自分を大切にして幸せに生きよ」だ。
だが、皆が皆そのように生きられるわけではない。
事実、イリスは奔放に人生を歩もうとしているが、ジークを見捨てることができずにいる。
イリスがジークを見捨てられないように、オレはルナのことを忘れることができない。
それでも、オレ達は生きていく。
過去に囚われていても、未練がましくても、日々を生きる。
たまに立ち止まっても、最後には前に進んでいく。
「よし、皇帝に会いに行くか」
「ゼゲル殺しの準備をしないとな」
オレがそう言うと、イリスは目を輝かせた。
「なんじゃ、ルナとの約束を守ろうというわけか。妬っけるのう!」
「うるさい。それだけが理由ではない」
オレはイリスよりも先に死ぬだろう。
ならば、やれることはやっておくべきだ。
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