テヒョンside
日が暮れてきて、そろそろ病院に帰らなきゃならない時間。
車椅子を押して遊園地を出ると、隣に建っている日帰り温浴施設の看板が見えた。
「わ〜。大っきいお風呂かぁ…。」
ジミナが車椅子からその看板を見上げて呟いた。
「ジミナ…お風呂、入りたいの…?今日は夕方病院に戻って、点滴する約束でしょ…?」
「分かってるよぉ。」
「ごめんね…残念だけど、温泉はまた今度だね。」
ジミナは夕方、ジン先生に新しい点滴の針を刺してもらうことになっていた。
ジミナの腕は血管が元々細くて、しかも常に点滴しているから針を刺しやすい場所も段々無くなってきて…最近は一回でうまく刺さらず何度もやり直しになることも多かった。
それでジミナの腕は紫色になってしまい、痛々しくて見ていられないぐらい…。
ジン先生はジミナの腕を熟知していて針を刺すのも上手だから、新しい針を刺す時は看護師さんではなく先生自身が必ず毎回やってくれる。
だから今日も、ジン先生が退勤する前に病院に帰るのが絶対条件だった。
でも、でも…。ジミナを大きいお風呂に入れてあげたいなぁと、僕は思ってしまった。
入院してからはシャワーのみで、それさえも体調が悪い時はずっと入れず、身体を拭いてあげたこともあったなぁ…。
ジミナは片手も麻痺していて不自由だから、シャワーだっていつも看護師さんに介助してもらってる。繊細なジミナにとってはそれも負担で、きっとゆっくり入れてないんだろうな…。
自宅では、必ず湯船にお湯をためて、ゆっくり浸かるのが好きだったジミナ。
夕方になってきて肌寒かったし、ジミナの顔や手は冷たくなっていた。温泉で、身体を温めてあげられたらいいんだけど…。
僕は迷ったけれど、病院にいるジン先生に電話をかけてみることにした。
「もしもし…ジン先生?」
「おーテヒョンどした!?ジミナの体調大丈夫?遊園地楽しんでるー?」
「あのね、今遊園地出たんだけど、近くに日帰り温泉があってね…ジミナが、お風呂に入りたいなぁって…」
「おーそっか〜。でも俺今日18時退勤だから、その前にジミナに点滴の針挿れないとなんだよ…」
「そうだよね、わかった。今からジミナ連れて帰るね〜。」
「テヒョン…ちょ、ちょっと待って……。…うん…いいや!ジミナお風呂に入れたげて。」
「え…でも…」
「ジミナ最近色々可哀想だったもんなぁ。なかなか退院の目処もつかないし…たまには大きいお風呂、入れてあげたいよね〜。」
「ジン先生〜。ありがとう!」
「俺、ジミナが帰ってくるまで病院にいるようにするし、点滴の針はちゃんと自分で刺してあげるからね。だから心配しないで、ゆっくりお風呂入ってきな〜。」
「え、でもジン先生帰るの遅くなっちゃう…。ほんとにほんとに、いいの…?」
「いいよいいよ。あのさ…こないだの件の、お詫びの気持ちってことで…」
「…え?なんだっけ?」
「ほら、あの…ジミナの中庭デートをからかっちゃった件だよ…(汗)。けど、あいつには言わないでよ?」
「分かった、言わない!」
「俺が待ってるからって焦らなくていいからね。ジミナ久しぶりのお風呂なんだから、ゆっくり入らせてあげてね。分かった?」
「分かったよ。まじでありがとね!!」
電話を切ると、僕はジミナに言った。
「ジミナ〜。ジン先生が、温泉入ってきてもいいよって。良かったね〜」
「えっ!!……いいの?」
ジミナの顔が、パーっと輝いた。
僕たちは温浴施設の受付でお金を払い、車椅子を預けて中に入った。
脱衣所に行き、ジミナが服を脱ぐのを手伝う。
「ジミナ、右手上げれる?服引っ張るよ。ベルトも外しちゃうね。」
ジミナを手伝いながら、自分もさっと服を脱ぎ、二人でお風呂に向かった。
ジミナは右手に持った小さなタオルで、腕の注射跡やお腹の手術跡をさりげなく隠そうとしているみたいだった。
そんなこと気にしなくていいのにって僕は思うけど、そこにはあえて触れない。
「うわぁーー。お風呂、大っきいーー!」
大浴場を見ると、ジミナは感嘆の声を上げた。旅行にも行ったことがないジミナは、家と病院以外でお風呂に入るのが初めてだった。
「ジミナ、先に身体洗うんだよー。身体冷えてるから、すぐに熱いお風呂入ったら心臓がびっくりしちゃう。ゆっくりシャワーで身体温めてから入ろうね〜」
「うん、分かった!」
僕は、ジミナの髪や身体を洗ってあげた。
「ジミナ、髪、痒いとこない?」
「大丈夫だよ。テヒョン、美容師さんみたいだね!」
髪を洗い終わると、ジミナの背中を流した。白くて小さな、かわいい背中…。
自分も手早く身体を洗い、ジミナを連れて湯船に入る。
「はぁぁぁ…あったかーい。なんて気持ちいいんだろう。」
ジミナは目をつぶり、首まで湯船に浸かってすごーく気持ちよさそうだった。
冷え切った身体が、芯まで温まっていく。
「ふぁぁぁ…ジミナ、気持ちいーねぇ。いいお風呂だね。」
「うん。最っ高……。僕こんないい思いして、いいのかなぁ。」
「いいに決まってるじゃん。ジミナがいっつも頑張ってるから、ジン先生も快くいいよって言ってくれたんだよ!良かったねぇ。」
「うん。ジン先生にも、お礼言わなきゃ〜。」
充分身体が温まったところで、外に出て露天風呂に入った。
「僕、外のお風呂って初めて。空気が澄んでて、気持ちいいね。」
「ジミナ!ほら、星が見える。」
「本当だ〜綺麗だなぁ。」
二人でのんびりとお風呂に浸かって眺める星空は、最高だった。
ポカポカと身も心も温まった僕たちは、電車に乗って病院に戻った。
病院に着くと、ジン先生が出迎えてくれた。
「ジミナおかえり〜!初めての遊園地楽しかった?」
ジミナは嬉しそうに、バイキングに乗ったことや温泉に入ったことをジン先生に報告してた。
「ジン先生、点滴…。その為に僕のこと待っててくれてたんでしょう?」
「あぁそうだった…。帰って来たところでごめんな。点滴の針、挿れさせてね。」
ジミナは注射や針が大の苦手だから、もう泣きそうで、目がうるうるしていた…。
「ジミナ〜大丈夫?俺が手を握っててあげるから…頑張ろっか。」
僕はジミナが可哀想で心配で…ベッドの脇まで寄ってジミナの背中をさすりながら、針を刺さない方の右手をギュッと握りしめた。
「う…ん。今日は、いっぱいいっぱいいい事があったから、泣かないで頑張る…。」
ジミナは自分に言い聞かせるように、小さな声で呟いた。そう言いながらも、身体が小刻みに震えているのが分かる。
ジン先生が、ジミナの細い左腕をとった。麻痺していてあまり動かない、点滴や注射の跡でいっぱいの、紫色になった腕…。
「よし。1回で上手くいくように先生も頑張るから、ジミナは力抜いて楽〜にしていてね。」
ジミナは目をつぶって、フゥフゥと小さく息をしていた。こんなにしょっちゅう注射や点滴をしているのに毎回毎回が辛そうで、慣れることがないのがせつない。
僕が代わってあげられたらいいのに…。どうしようもないのに、僕はいつも同じことを思ってしまう。せめて1回で、うまくいきますように。
「う〜んここなら刺せそうかな…。ごめんねチクッとするよ〜。…よし、成功!うまく入ったよ。」
ジミナはホッとしたみたいで、目を開けてニコッと笑った。
僕は良かったねとジミナの頭をくしゃくしゃ撫でた。
点滴の薬をつないでもらうと、僕はジミナの首元まで布団をかけ、トントンした。
「今日はいい一日だったね。疲れたでしょう?ゆっくり眠りなね。」
「うん。最高の一日だったよ。おやすみ〜」
お出かけして沢山遊んで、疲れたのだろう。すぐに寝息をたて始めたジミナを見て、僕は安心して病室を後にした。
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