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賢介さんと美優さんの熱愛報道後、私はさらに賢介さんから距離を置くようになった。
出来るだけ視界には入らず、関わらないでいようと心掛けた。
賢介さんの方も仕事が忙しいらしく、私と話す機会も減っていった。
しかし、そんな中でも週刊誌やワイドショーでは2人の熱愛報道が続いている。
「専務って、やっぱり谷口美優と結婚するのかしら」
お客様も途切れ暇になった受付で、彩佳さんがつぶやいた。
「さあ」
そんなこと私が知るはずもないし、どちらかというと私の方が聞きたいくらいだ。
「琴子ちゃん、怒ってるの?」
マジマジと私の顔を覗き込む彩佳さん。
え?
自分では平気なつもりでいたのに、彩佳さんには怒ったように映ったらしい。
誤解を与えない意味でも、態度には気を付けないといけないのに。
「そう言えば、昨日も谷口美優が専務を尋ねてきたって秘書課の友人が言っていたわ」
「へー、そうなんですか」
やっぱり、二人の縁談はすすんでいるんだ。
そりゃあ価値観の合わない私とより、住む世界が同じ美優さんといる方がいいものね。
それなのにウダウダと悩んでいた私って、本当に馬鹿。
冷静に考えれば、私と賢介さんでは釣り合わって分かることなのに・・・
「ちょ、ちょっと琴子ちゃん。どうしたの?」
彩佳さんが慌てている。
何?
訳の分からない私は、その場で固まった。
「もう、何しているのよ」
ポケットティッシュを出した彩佳さんが、私の口元を押さえた。
あっ。
押さえてもらったティッシュに血が滲んでいる。
ヤダ、私。
無意識のうちに唇を噛んでしまったらしい。
***
「どうしたの、受付で流血事件?」
ちょうどそのタイミングで声をかけられた。
頭を上げると見覚えのある顔。
そこにいたのは先日街中でばったり出会った賢介さんお従弟、平石陸仁さんだった。
「君、このあいだ麗といた子だよね」
「ふぁい」
口が押さえられていて、ハイが言えない。
「大丈夫?」
心配すると言うより、面白がっている感じで楽しそうな声。
そして、陸仁さんは何のためらいもなく私に顔を近づけてきた。
ドキッ。
思わず身を引いて逃げてしまう。
「ダメだよ。ちょっと見せて」
手首を捕まれて、押さえていたティッシュを剥がされた。
「あ、あの・・・」
男性が至近距離にいる恥ずかしさで、言葉が出ない。
「普通、血が出るまで噛まないけどなあ。何かあった?」
傷口を見ながら、尊人さんが首を傾げる。
「別に、何も・・・」
ほぼ初対面の人に何かあったと聞かれても、答えようがない。
しばらく傷口を会押さえて止血していた陸仁さんは、
「もう血は止まっているから大丈夫だよ。熱いものを食べるときにはしみるから気をつけてね」
と、受付を離れて行った。
***
「やっぱり素敵よね〜」
遠ざかっていく尊人さんを見る彩佳さんの目がキラキラしてる。
確かに、賢介さんより少し軽い感じもするけれど、間違いなくイケメンでとってもモテそうな感じ。
やっぱり似ているなと後ろ姿を見つめていると、
「藤沢さんどうしたの?怪我?」
今度は主任が飛んできた。
「どうして主任が?」
まだ誰にも言ってないのに。
「陸仁さんはうちの旦那の上司なの。それが、受付で流血事件なんて言うから」
陸仁さん委聞いて慌てて駆けつけてくれたらしい。
「すみません。唇を噛んだだけです」
自分お香f動が恥ずかしくて、うなだれてしまった。
「そう、大事ではなくてよかったわ。気をつけてね」
「はい」
ったく、なんでわざわざ言うかなあ。
賢介さんなら、そんなことしないのに・・・
***
その後、唇の出血も止まり通常業務に戻った。
そんな時、
「おい、営業の加藤を呼べ!」
カウンターを叩きながら、男性が大声を上げた。
「お客さま、加藤とはお約束ですか?」
彩佳さんが尋ねる。
「いいから、早く呼べ」
しかし、男性の声は益々大きくなった。
こうなったら連絡をとってみるしかないだろう。
しかし、彩佳さんが内線で連絡をするが不在のようで、
「申し訳ありません。加藤は外出しておりまして」
すみませんと頭を下げた。
「そんなわけあるか!居留守を使って逃げる気だろう。いいから呼べ!」
バンバンとカウンターを叩きながら、こちらを威嚇する男性。
どうしよう、彩佳さんが困っている。
「お客様」
咄嗟に、私が前に進み出た。
「大変申し訳ありませんが、加藤は不在にしております。ご伝言でよければ承りますし、別の者でもよければ、営業の担当を呼びますが」
できるだけ冷静な対応を心掛ける。
こんな時は感情を出したら相手に隙を与えるだけだから、絶対にダメ。
感情的になっている相手には、淡々と対応するのが一番なのだ。
「じゃあ姉ちゃん。お前に言うから、必ず加藤に伝えろ。もし返事がなかったら、お前の責任だからな」
唾がかかりそうな距離で言われた。
責任ていわれても困るが、とりあえずは伺おう。
***
男性の話は、
「まだ契約書はかわしていないがうちの営業担当と自社製品の取引を約束したいた。それなのに、急に連絡が取れなくなった。もしかして、騙す気なんじゃないか」
と、心配しているらしい。
中小企業の事業主からすれば、HIRAISIとの取引はきっと魅力的な物だろう。
それが消えてなくなるかもと思えば、男性の不安になるのも当然のことと思えた。
話を聞き終えた私は、営業に電話をして課長に降りてきてもらうことにした。
課長が現れたことでお客様は納得し、穏やかな表情になり一緒に社内へと消えて行った。
しかし、この対応は受付としては褒められたものではない。
勝手に判断して、上司を呼んでしまったんだから。
それでも、私は放っておけなかった。
しばらくして、
「藤沢さん」
受付へ出てきた主任に呼ばれた。
「自己判断で、勝手に上司に連絡するのはよくないわ。加藤さんにも、何か考えがあったかもしれないでしょう?」
「すみません」
確信犯だけに、私は素直に頭を下げる。
しかし、
「いいじゃない。俺は間違ってないと思うよ」
いつの間にか現れた陸仁さんが後ろから口をはさんできた。。
「副社長。よその会社ですよ」
側に立つ、秘書らしき男性がやんわりと注意するが、
「何で?間違ったことは言ってないだろう?俺が口を出すのがダメなら、賢介に話そうか?」
「副社長っ」
男性が困った顔をした。
私は突然賢介さんの名前が出てきたことに動揺し、ここで納めなければ賢介さんの耳にも入りそうだと内心焦った。
「ご心配ありがとうございます。でも、大丈夫ですので」
何とか平常心を装って、陸仁さんにお礼を言う。
後になって、陸仁さんに同行していた秘書が、主任の旦那さんだと教えられた。
***
「ごめんね。陸仁さんって少し子供っぽいところがあるから」
休憩時間。
たまたま2人になった主任と私。
「確かに」
私も同意した。
本当に、賢介さんとは全然タイプが違う人だ。
「実は、もう一つお願いがあるんだけど・・・藤沢さん、今日暇?」
「え?」
「実はね、平石建設が手がけたビルにイタリア料理店がオープンするの。それで、今日行くみたいなんだけれど、よかったら付き合ってくれない?」
「私がですか?」
「そう。陸仁さんがどうしてもって言うのよ。私も旦那も行くから、お願い」
手を合わせてお願いポーズ。
困ったなあ。
「遅くならないように送るから。ね、お願い」
主任にこんなに頼まれては断れない。
私は渋々お供することにした。
***
連れて行かれたのはカジュアルなイタリアンレストラン。
少し緊張していた私はホッとした。
「急に誘ってごめんね」
席に着くとすぐに、陸仁さんが謝ってくれる。
「いえ」
主任も一緒だし、ただでイタリアンが食べられるなら私にとっても悪い話ではない。
「琴子ちゃんは今年の新卒だって?大学はどこ?出身は?」
次々に質問してくる。
そんなに私に興味があるんだろうかと思いながら、出身地や大学、血液型や星座まで、答えられることはすべて答えた。
「へー、工学部かあ。なんでHIRAISに入ったの?」
的を射た質問に
「それは・・・色々な事情で」
曖昧に答えるしかない。
しかし、
「彼女、三崎さんの親戚なんですよ」
主任が余計な一言を言ってしまった。
まずい・・・
「史也の親戚?へぇー」
意味ありげに私を見る陸仁さん。
今更嘘だったとは言えないし、こうなったら三崎さんの親戚だって言い張るしかない。
「じゃあ下手なことすると、賢介に筒抜けって訳だ」
下手なことって、
「一体何をする気ですか?」
主任の旦那さんが突っ込む。
「それは色々。ねえ、琴子ちゃん」
はああ?
本当に、陸仁さんは子供みたい。
***
「失礼します」
スーツを着た3人連れの男性が声をかけてきた。
主任の旦那さんと、陸仁さんが立ち上がる。
その時、
スーッと、陸仁の息を吐く音が聞こえたような気がした。
「平石副社長。今日はわざわざありがとうございます」
一番年長らしい男性。
「いえ、無事開店おめでとうございます」
「ありがとうございます。お陰で、何とか開店にこぎ着けました。工期が遅れたときにはどうなるかと思いましたが」
ははは。
と笑ってはいるが、なんだか棘がある。
「急なリクエストがあると、遅れも出ますから」
陸仁さんも笑いながら応酬する。
「それも含めての、見積もりだと思いますけどね」
一番若い男性は露骨に嫌な顔をした。
「あれだけ大きく変更すれば、もう方向転換ですよ。コンセプト自体の変更は施主さんの問題でしょう?」
要するに無理な要求をしたそちらの責任でしょうといっているわけだ。
「まあ、これだけ素敵にしていただいたのでいいですけどね」
負け惜しみのよう言う、男性。
あー、ヤダ。
このギスギスした感じ。
「琴子ちゃん」
普段は名字でしか呼ばない主任に名前で呼ばれた。
「お手洗い、行こうか?」
「はい」
私は主任と席を立った。
***
「ごめんね。仕事の席に連れてきちゃったわね」
トイレで化粧を直しながら、主任が申し訳なさそう私を見る。
「いいんです。気にしてません。でも、陸仁さんって仕事は別人ですね」
率直な感想を言ってみた。
普段は軽くて、いい加減な人なのかなって思ったのに、仕事の顔は厳しくて強さが感じられた。
「オンとオフがハッキリしているのよ。実際、几帳面で潔癖症で、でもいい人よ。なかなか本心をさらさないけれどね」
「そうなんですね」
何か、分かる気がする。
あの軽口は、表の顔って訳だ。
「さあ、そろそろ戻ろうか?」
「はい」
10分ほどトイレで時間を過ごした私たちは、陸仁さん達のテーブルへと戻った。
***
「悪かったね」
席に戻ると、主任の旦那さんが謝ってくれた。
「お詫びにデザート追加しておいたから、好きなだけ食べて」
陸仁さんもいつも通りに戻っている。
その後、一体何人分のデザートかと聞きたくなる量を4人で平らげた。
おかげで、もうおなか一杯。
「琴子ちゃん、遅くなれないんだよね?」
どうやら主任から聞いている様子の陸仁さん。
「すみません。うちが厳しくて、10時には帰りたいんです」
見ると、時刻は9時半。
あー、今日は遅れそうだな。
「送っていくよ」
陸仁さんが席を立った。
「いえ、電車で帰ります。まだ時間はありますから」
「無理矢理誘ったのは俺なんだから、送ります」
断言されてしまい、言い返せなかった。
***
送ってもらう車の中で、なぜか陸仁さんと二人きりになってしまった。
主任が言っていたと通り、いかにも潔癖症っぽい綺麗な車。
助手席に座らせて貰いながら、ここは普段誰が座っているんだろうかと考えてしまった。
「琴子ちゃん、彼氏いるの?」
突然の質問。
「いません」
「俺なんかどう?」
はああ?
「冗談はやめてください」
「本気だけど」
今の陸仁さんがオンなのかオフなのか、私に分からない。
でも、
「すみません」
謝ってしまった。
陸仁さんも、それ以上は何も言わない。
さすがに平石家の前まで送ってもらうわけにいかない私は、家の前まで送るという陸仁さん必死に断り最寄りの駅で降ろしてもらった。
「また誘っていい?」
「・・・」
答えられない。
「困ったなあ。そんなに俺が嫌い?」
演技なのか本気なのか、とても寂しそうに見つめている。
「私、今付き合っている人はいませんが、好きな人はいるんです。だから、陸仁さんには会えません」
正直に言った。
「いいよ。友達として食事をしよう。それならいいでしょう?」
「いや、それは・・・」
そこまで言われると、断れない。
さすがに次に会う約束はしなかったけれどせめて連絡先をと言われ、なかば強引に連絡先を交換することになった。
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