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甘い匂いは薄れたとはいえ、まだ部屋の中にふわふわ漂っていた。
喉はまだ熱を帯びていて、呼吸をするたびに、 ないこの体質が生みだす“あまさ”が胸の奥に染みこんでくる。
(……落ち着け。落ち着け……)
額に汗が滲む。
机の端を掴んで、必死に意識をそらそうとした瞬間
『いふさん..』
柔らかい声が後ろから聞こえた。
振り返る前に、すでに気配でわかった。
ないこが、また近づいてきている。
「だ、だめや…いまは…」
声がかすれる。
ないこは、ゆっくりと、まるで迷いを捨てたかのように距離をつめてきた。
『逃げなくていいよ』
その言葉が、致命的だった。
「ないこ、やめろ。俺は本気でないこを…」
“食べたくなる”。
そう続けようとしたのに。
ないこはそっと、まろの頬に触れた。
指先が震えていた。
でも、その瞳は真っ直ぐだった。
『…いふさんになら』
『……食べられても、いいよ』
その瞬間。
理性が、バキッと音を立てて亀裂を入れた気がした。
「…っ、何を…言ってるんや」
焦りが限界を超えた音だった。
ないこは目を伏せながら続けた。
『だって…こわかった。 今日みたいに、また誰かに襲われたら… 俺、たぶんいふさんに守ってほしいって、 心のどこかで甘えてる』
『いふさんだけは…俺を置いていかないでしょ?』
その“甘さ”が、さっきよりも濃くなった。
(やばい……近い。やばい…!)
喉がカラカラになり、呼吸が荒くなる。
でも、ないこはさらに踏み込んできて、、
『だから、いふさんになら…食べられたって』
「黙れ、ないこはもっと自分のことを大切ししろ…はぁっ..そして、俺はフォークや」
「そこらへんに…いる、はぁはぁ…害虫と…変わらん…」
『ちがっ…』
「ないこっ..!」
気づけば俺はほとんど本能でないこの肩を掴んでいた。
強くもなく、乱暴でもない。
ただ必死で止めるような握り方だった。
「そんなこと…簡単に言うな、」
ないこは驚いて顔を上げた。
獰猛な衝動と、必死の理性がぶつかり合って、 今にも崩れそうな表情だった。
「…俺は、ないこを傷つけたくないんや」
ほんとうはもっと言いたいことがある。
でも、今はそれすら危険だった。
ないこは、少し黙ったあと。
小さく、小さくつぶやいた。
『ごめん。でも…ほんとうにそう思ったの』
「…ないこ、離れろ。ほんまに、、危ないから」
まろは息を荒げたまま、震える声で必死に警告した。
喉が焼けるように熱い。
近い。近すぎる。
吸う呼吸全部が、ないこの甘さに染まっていく。
(だめだ…これ以上は俺でも抑えられない)
必死に自分に言い聞かせても、
ないこは一歩も退かない。
『..…危なくなんかないよ』
まろの胸に額をくっつけるように寄り添って、ぽそりとつぶやく。
『いふさん…俺、最初はいふさんが怖かったの。 でも今は…いふさんのそばが、一番安心する』
(……やめろ、ないこ…俺は…)
「離れ……っ」
『やだ』
そして、ないこはまろの服を両手でぎゅっと掴んで、胸に抱きついた。
だが彼はまだ、かろうじて踏ん張った。
「ないこ、ほんまにやめろ。 これ以上…ちか、づくな…」
『まろさんになら、食べられてもいいって言ったよね』
「そんなこと言うな…」
けれどもう遅かった。
ないこは真剣な瞳で、俺を見上げた。
震える声で、それでもはっきり告げた。
『俺、いふさんに、“全部”あげてもいいよ…』
その瞬間。
頭の中で、何かがぷつんと切れた。
甘い匂いが一気に濃くなった気がする。
その匂いが喉を通って胸を満たし、理性の火をひとつひとつ消してゆく。
(……あぁ……もう……だめだ……)
ないこがまろの首元にそっと触れた。
『ねぇ、いふさん…食べていいよ』
その声が、最後の引き金だった。
まろはゆっくりと、抵抗の力が抜けていき
次の瞬間、ないこの細い身体を抱き寄せた。
「っ…ごめん」
囁きは、苦しそうで、必死で、でもどうしようもなく熱かった。
「….もう、無理や…っ」
そして―
俺はないこの肩口に顔を埋めるようにし、
小さく、でも確かに“食べた”。
甘さが舌に触れた瞬間、世界が反転したように強烈な快感が走る。
ないこは一瞬びくっ、と体を震わせる。
『……っ、ん……い、ふ…』
「まろって呼んでや」
『…ん、..ぅんっ….っ』
痛みではなく、驚きと、どこかくすぐったそうな声。
ないこを“味わって”しまった。
抱きしめる腕が震え、息が荒くなる。
「あまい….美味しい…..っ 」
その声音は、泣きそうなくらい必死だった。
ないこは、抱かれたまま小さく息を呑む。
けれど逃げなかった。
ただぎゅっと、まろの背中に腕を回して
『……いいよ、まろ…』
震える声で、受け入れるように囁いた。
『全部、まろにあげる。」
気づけば俺は、ないこの服を脱がしていた。
『..…まろ、?』
ないこの声が震える。
その震えには、恐怖が混ざっていた。
でもそれ以上に、どこか嬉しさが滲んでいる。
『……っ、こわ……い…。』
『俺、こんなふうに食べられて…こわい、のに…でも……』
『まろならいいって思っちゃう、』
その一言が、まろの残った理性を完全に壊した。
「っ、ないこ…もう、 そんなこと言うな」
むしろどんどん深く “味わって” しまう。
甘さが痛い。
苦しい。
それなのに、もっと欲しくなる。
『っ…あ、ま…ろ……ッ』
怖い。
でも、逃げない。
それどころか、まろの頭をそっと抱くように手を添えた。
「ごめっ、ないこ….ごめん、、」
ないこは息を呑んで、ほんの少し微笑んだ。
怖くて震えてるのに、嬉しそうに。
『大丈夫、だよ』
その言葉に、まろはもう戻れなかった。
「……ごめん、ほんまに…」
そしてー
再びないこに口を寄せた。
甘い。
甘すぎる。