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トイレの鏡の前で、俺は動けなくなっていた。
左手。
指の隙間に乾いた赤い跡。
血。
心臓の音がうるさい。
そんなはずがない。
俺は何もしていない。
でも。
思い出そうとしても、昼休みの途中から記憶がない。
ぽっかりと空白がある。
俺は急いで水道をひねった。
水を強く出す。
左手を擦る。
血はすぐに流れていった。
排水口に赤い色が消えていく。
その様子を、ぼんやり見ていた。
その時、トイレの扉が開いた。
クラスメイトA「あ、いた」
俺は振り向いた。
クラスメイトが二人入ってくる。
クラスメイトA「刑事がお前呼んでたぞ」
俺「……今?」
クラスメイトB「たぶん」
俺は小さく頷いた。
手を拭いて、トイレを出る。
廊下を歩く。
胸の奥が重い。
もし。
もし本当に。
俺がやったんだとしたら。
教室の扉を開ける。
刑事が立っていた。
刑事「蒼井くん」
俺「はい」
刑事は少し周りを見てから言った。
刑事「ちょっといいかな」
俺は頷いた。
廊下の端まで歩く。
刑事はノートを開いた。
刑事「一つ確認したいことがある」
ペンを持つ手が止まる。
刑事「君、左利き?」
一瞬、息が止まった。
俺「……違います」
俺はすぐ答えた。
俺「右利きです」
刑事は俺の手を見た。
そして小さく頷いた。
刑事「そうか」
ノートに何か書く。
刑事「ありがとう」
それだけだった。
刑事は去っていった。
俺はその場に立ち尽くした。
右利き。
確かにそうだ。
字を書くのも、箸を持つのも右手。
小さい頃からずっとそうだ。
でも。
さっき。
血が付いていたのは。
左手だった。
その時、教室の中から声が聞こえた。
クラスメイトC「そういえばさ」
クラスメイトD「何?」
クラスメイトC「二人目のやつ」
クラスメイトD「うん」
クラスメイトC「刺された傷、左側だったらしい」
俺の体が固まる。
クラスメイトD「左側?」
クラスメイトC「うん。警察が言ってた」
心臓が強く跳ねる。
左側。
つまり。
犯人は。
左手で刺した。
その瞬間。
頭の奥で、あの声がまた響いた。
「バレちゃうね」
背筋が凍る。
「でも大丈夫」
「誰も気づかない」
「だって」
俺は思わず壁に手をついた。
声が続く。
ゆっくり。
楽しそうに。
「君は右利きだから」