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ザワザワと人の話し声がする。 それも大勢の人だ。
高い声や低い声、もめてるような荒々しい口調まで全部。
「んー、なんだよ……うるさいな……」
今日の朝はやたらうるさい。 外で誰かが話してるのか?
重たいまぶたをゆっくり開くと、そこに俺がいつも見る景色は存在しなかった。
「どこだよ……ここ」
見慣れない天井に温かみのない部屋。
まるで見覚えのない場所、光景が広がっている。
「俺の部屋じゃない……」
まだ夢でも見ているんだろうか。
「痛てて……」
頬を抓ってみたが、確かに痛みがある。
「どういうことだ……」
俺、朝井良樹(あさいよしき)
大学4年。 黒髪のストレートの髪で、女みたいに色が白い肌のせいで男らしくないとよく言われる。
おまけに身長160センチであることは、俺のコンプレックスだ。
運動が特に出来るわけでもなく、勉強もまぁそこそこで学校の中では冴えない部類だろう。
まぁそんなことはどうでもいい。
「つーかどうなってんだ」
俺は今、まるで牢屋のような飾り気がない部屋にいる。
俺の部屋に飾られている写真や、おふくろが買って来た子供みたいな柄の掛布団も無く、全体は白で統一された部屋にいた。
昨日は、自分のベッドで寝たはずだった。
なのに目を開けたら、どこだかサッパリ分からない場所にいるなんてどういうことなんだ? 誘拐?
いや、俺を誘拐したところで大した金も出せないだろう。
ここに連れてきたヤツの目的は何だ……?
モヤモヤとそんなことを考えていた時、外からたくさんの声が聞こえてきた。
部屋の外に出てみるか……。
ゆっくりと部屋の扉を開けると、そこにはいくつもの部屋が並んでいた。
「なんだよ、ここ……」
扉を開けたら、そこは廊下になっていて、1メートルおきに1つ部屋があった。
もしかして、同じように連れて来られたのは俺だけじゃないのか?
廊下は人で溢れていて、多くの人がいることに気がついた。
誘拐というよりは集められた、と言った方が正しいのかもしれない。
俺はキョロキョロ周りを見渡していると、廊下を少し歩いた先に広い体育館のような場所を見つけた。
「すげぇ……」
人の多さに思わず声をあげた。
中には100人か、いや200人くらい人がいるだろうか。
それぞれグループになって話している人や、一人で辺りをキョロキョロ見渡している人がいる。
「わっ、」
キョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていると、俺はドンっと誰かにぶつかった。
サッパリ理解が出来なくて、まだ夢の世界にいるんじゃないかって思う。
だけど、夢じゃないんだよな。
「すみません」
「こちらこそ、ごめん……キミもなんでここに来たか分からないって感じかな?」
そう話しかけて来たのは、同じくらいの年のメガネをかけた男だった。
黒髪のストレートパーマで見た感じ好青年っていう言葉が一番合う。
「あ、はい……」
「やっぱり。キョロキョロしてたから」
「ここ、どこなんですか?」
「僕にも全然分からないよ。起きたらここにいたんだ」
やっぱり。みんな知らないうちにここに集められたのか……。
「キミも大学4年生かな?」
「え、なんで知って……」
「起きてから色んな人と話してみたんだけど、共通点は大学4年生ってことくらいしか無かったんだ」
集められたのは大学4年生。
なんで俺らが集められたんだろう。もうすぐ本格的に就活が始まり、どこかの企業に就職して大学を卒業する。
そんな時にどうして……。
引っ張った頬はしっかりと痛くて、事実であることを証明している。
「僕は村田瑛人っていうんだ。よろしく。瑛人って呼んでくれ。キミは?」
「あ、ああ。俺は朝井良樹。俺も良樹でいいよ」
目の前の男は話しやすくて人当たりのいい奴だった。
不安な時に誰かがいてくれるのは心強い。
お互いに自己紹介をして、住んでる場所を話していると、瑛人は俺の家から割と近いところに住んでることが分かった。
ここの周辺で集められてるのか?
いや、それだったら、他にも地元の友達とかもいるはずだ。
ザっと見たところ知り合いらしい人はいないようだった。
とにかく人数が多いすぎて分からないけど……。
すると、瑛人は辺りを見渡しながら言った。
「大学の友達とかいるかな~と思ったんだけど、見つからなくてさ グループになって話している人も見かけたから、もっとよく探せばいるかもな」
「そうだな」
そんな時、突然大きなブザーが鳴った。
ブーーーーー!!!
「なんだ?」
「わっ、うるせぇな」
大きく鳴り響く音にざわざわと周りが騒ぐ。
すると、ステージにあるモニターの電源がブチっと音をたててついた。
なにが始まるんだ……。
映像はまだない。
しかし、アナウンスが部屋中に響き渡った。
「大学4年生の皆さん。こんにちは」
変声機を使い、不気味な声がステージに広がる。
大学4年生。 やっぱりみんな同じ学年なんだな。
「これからゲームを開始します。至急ステージに集まってください」
その言葉に、廊下にいた人達がぞろぞろとこの場所に集まって来た。
どうやらここが”ステージ”と言われる場所になっているらしい。
そして、多くの人が中に入ったところでステージのドアは勢いよく閉められた。
なんか、嫌な予感がする。
「ようこそ、大学4年生のみなさん」
モニターには話しているヤツのシルエットだけが映し出されている。
顔は見えないが、骨格からして男だろうか。
誰なんだ? あいつは。
みんなの視線が一気にモニターに集まると、モニターに映るヤツは言う。
「これからキミたちには議論をしてもらいます」
議論? どういうことだ?
スクリーン映る仮面の男は続ける。
「ある題材を提示するから、それについて話し合いをしてくれればいい 要はグループディスカッションだ」
グループディスカッションは企業の選考にも使われている討議のこと。
「就職活動での採用基準にもなっているから聞いたことある人もいるだろう? それを今からキミたちにはやってもらう」
勝手にここに連れて来ておいて、何のためにそれをやらなくちゃいけないんだ。
「キミ達はクリエイティブ社会向上法が可決されたのは知っているかい?」
クリエイティブ社会向上法。 そういえばテレビで新しい法律が可決されたって言っていた気がする。
社会をよりよくするための……なんだったか。
いつも政治家が良く見せようとして使う言葉だ。
それが俺らに何の関係があるんだよ。
「この法律は、労働力のような力の強い人よりも創造的、独創的なアイデアを持っている人達を重要視し、よりよい社会的を作っていくための制度だ。 表向きはね……」
ーーゾクッ。
低い声で言ったそのフレーズに緊張が走る。
表向き、は……?
モニター越しにも伝わる威圧感。
嫌な予感はどうやら当たったらしい。 俺は、眉をひそめた。
「この法律はキミ達が集められた理由と関係する」
ごくりと息をのむ。
周りも真剣に姿の見えないシルエットを見つめた。
何が始まろうとしてるんだ。
「今現在、日本の雇用問題が深刻化していることは知っているかい?」
そりゃ、ニュースでよく聞く問題だから少しは分かる。
「こうやって雇用の問題が深刻化しているのは、テクノロジーの発達にあってね。 キミ達にも分かるように、簡単に言うとロボットがどんどん発達していって、今後もっと人間の力を借りる必要がなくなってくるんだ」
確かに、今は発展していて工場もすべてロボットが管理している。
昔は工場見学なんて流行ったらしいけど、今は行っても説明してくれるのは音声の機械であるし、人はいないしであまり楽しいものではない。
「人間がやるはずだった仕事をロボットがやれるとなると、当然私たちはやる仕事がなくなってしまう 仕事がなくなると、お金が稼げない。すると経済もうまく回っていかなくなってまう。 仕事をしてない人に食料をどう分ける?働かない人に利益だけを与えるか? そんなことをしたら日本は腐ってしまう」
みんな静かに話を聞いていた。
この男が決定的な事を言うまで、息を潜めて聞き逃すことのないように。
「しかし、人の存在価値は必ずある それは想像力、アイデアを出す力。それと議論で人を動かす力。これらはロボットによって代行出来るものではない」
なるほど。 言いたいことはなんとなく分かった。
つまりこれからは労力ではなく、考えを生み出す力、人間だけが出来るクリエイティブな力を求めていくってことだろ。
だからって議論をしてどうなる?
「つまり、この国は活きていくために これから大学4年生のキミ達を選別しようと思っているんだ」
選別?
「このグループディスカッションで、今から優良な生徒だけを残そうと思う」
この男が決定的なことを言ったのは分かった。
でも、どういうことだ?
何を言ってる?
まるで意味が分からない。
「もちろん、優良な生徒として選ばれた人は一生、不自由ない暮らしを保証する」
いやいや、暮らしって意味分かんねぇよ。 選別する?
選別してどうする?
出来るヤツと出来ないヤツの区別をするってか。
俺はまだその言葉の意味が分からなかった。
しかし、分からないままに、説明が続けられてしまった。
「では、これから詳しいルールを説明するのでよく聞いておくように。
まず、目の前の檀上に時計を用意してあるから一人、ひとつそれをもらうこと。 その時計は時計の役割も果たすが、その他にも様々な役割をする。 最初は【番号表示】というボタンがあるからそれを押すこと」
時計?
遠く先の檀上を見ると確かに時計が山ほど積んであった。
「番号表示を押すと、そこに今日行うゲームの部屋番号が書いてあるから、その番号通りの部屋に向かうこと キミ達のグループディスカションはその表示された番号の部屋で行われる」
部屋でグループディスカッションをする。
かなり本格的だ。
「ちなみに、議論の回数は1日1回。 ゲームがクリアーするまで議論は続けられ、この部屋から出られない」 会場がざわめいた。 「出られないってどういうことだよ!」
「ここで暮らせってことか?」
「そんなの、あり得ねぇだろ」
数々の批判が飛び交う中、男は気にすることなく説明を続ける。
「部屋に入ると、それぞれ一つの題材を与えられ、議論が始まる。 議題の中にはハッキリと答えを決め、その中で優劣を付けるものもあれば、 グループで一つのものを出し、その話し合いでの内容、発言、行動を見て平等に点数を付けていくものもある。 最終点数がマイナスのもの、そのグループで1番低いもの。発言しない、議題に参加しない、負けという結果が出たものには、自動的に死が決定する。」
……はっ?
乾いた声が会場に広がった。 死ってなんだよ。 議論がうまくできなかったヤツは死ぬってことか? そんなバカな話あるかよ。
「ふざけんな、からかうのもいい加減にしろ」
「そうだ、そうだ」
意味の分からない説明に俺よりも早く、周りは抗議の声をあげ始めた。
「部屋から出られないとか、死ぬとかふざけたこと言ってんじゃないわよ」
だんだんと抗議の声が大きくなっていった時、男は低く、そしてしっかりとした声で言った。
「難しいことを言いすぎてしまったかな?」
その声は機械の冷たさだけじゃない。
「分からない人がいるなら仕方ない、じゃあ簡単に言おう」
強く、鋭く刺すような声。
「つまりはさぁ…… イラナイんだよ。無能な人間は」
ここにいる多くの人が息をのんだ。
「機械が出来ることなら、機械にやらせる方がいいに決まってる。 人間と違って機械はミスをしないのだから。 分かるかい? 今の時代、機械が出来ることしかやれない人間は、限りあるものを減らす害でしかないんだよ」
誰も口を開くことが出来なかった。
使えない人間を害という。 イラナイものを切り捨てるという。
「これがクリエイティブ社会向上法、本当の意味だ」
一体いつの間にこんな国になってしまったんだろう。
俺らが知らないところで、じわり、じわりと侵されていたのだろうか。
「いずれにせよ、これは政府によって決められたことだ。冗談やふざけて言っているのではない。 このゲームを放棄するならば、それこそ無能とみなし射殺する」
射殺……。
そんなこと、許されるのか?
どこか映画の中での話を聞いているようだ。
さっきから現実味が無さ過ぎる。
すると男はまるで業務をこなすかのように言った。
「今から10分後までに時計を装着し、教室に入ること。出来ない者には必ず死がやってくることを覚悟しておくように」
ーーブチ。
モニターの電源は機械的な音を立てて切れた。
会場は再びざわめきに包まれる。
「ねぇさっきの男、言うこと聞かないと死ぬって言ってなかった?」
「あんなの嘘に決まってんだろ」
「そんなこと許されるわけねーよ」
ウソであってほしいと思う。
いや、ウソであるハズだと思う。
そんなことが今の日本で急に起きるわけがない。
周りの反応は俺と同じように信じていないヤツと男の言葉にビビって声が出ないヤツ、など様々だった。
ザワザワと声が響く。
うるさくて冷静な判断が出来ない。
俺はぎゅっと目をつぶり自分を落ち着かせる。
すると、俺の近くにいた男が大きな声で言った。
「つーかドアあるんだし出ればいいんじゃね?こんな面倒くせぇことに参加するなんて御免だしな」
「だなー出ようぜ」
金に近い明るさの髪の男と、これまた派手な格好をしている男は体育館のドアに向かって歩いていった。
「鍵しまってるんじゃないか?」
ボソっとつぶやいた俺に瑛人は言う。
「いや、空いてる、と思うけど……嫌な予感がする」
瑛人の言葉に眉をひそめながら彼らを見ていた時。 突然、大きな銃声が鳴り響いた。
ーーパン、パン、パン!
ドアに触れた男達は同時に胸を押さえながら膝をつく。
「おい、まさか……」
誰かがそうつぶやいた時、胸からボタボタと血が流れ出した。
「キャァー!!」
足が崩れて、うつぶせに倒れ込むふたり。
流れる血の量はどんどん多くなっていく。
最初はピクっと動いていたものの二人の血が小さな池を作り出した時にはもう、少しも動かなくなっていた。
「嘘だろ……」
射殺なんて脅しだと思っていた。
死ぬなんてあり得ないと。
でもこれはドッキリでも夢でもなくて、本当にやらなくては死ぬものなのか。
俺は震える手をぐっと握って耐えながら、彼らをただ見つめていた。
「おそらく、あの時計を付けずにドアに触れるとレーザーが出て射殺される仕組みになっているんだろう」
時計……。
ステージにある時計を見ると、先ほど男が写っていた大きなモニターが目に入った。
モニターには、残り時間8分と記されている。
「なぁ、これって時間切れになっても射殺の対象になるんじゃ」
「そうだろうな」
瑛人がそう答えた時、側にいた男が大きな声を出して走り出した。
「うわああああ!あの時計を持ってここから出ないと殺される」
その言葉は体育館中に響いて周りをパニックにさせた。
「いやだ、早く時計を持たなきゃ」
「やめて、押さないで!」
人が一斉に時計が置かれているステージのへと押しかける。
前の人を押し、我先にと手を伸ばす。 死にたくない、その一心で。
「早くしないと……殺される」
「やだ、やめて」
周りがパニックになっているのを見て、俺も早く行かなくてはとステージに向かおうとする。
しかし、それを瑛人が止めた。
「ダメだ。今行ったらケガをする」
「でも時間が!」
モニターの時間はすでに7分をきっている。
「まだ6分はある。時計の個数はしっかり人数分用意されているはずだ。人の波が引いてから行く方がいいよ」
瑛人はひどく落ち着いていた。
どうしてこんなに落ち着いていられるんだろう。
誰も経験したこともない出来事に焦るばかりだ。
するとその時、押し合いを続けていた人達が一斉に雪崩のように倒れ込んだ。
「キャ!」
「う”……」
まじかよ……。
「な?俺だって怖いけどさ、こういう時は冷静でいられた方が勝ちなんだ」
そう、だよな。 俺は一度深呼吸して自分を落ち着かせた。
パニック状態じゃ、冷静な判断も出来ないだろう。
こういう時こそ、しっかり自分を持つんだ。
そして、残り3分切ったころ、俺と瑛人は時計を取りに向かった。
その頃にはだいぶ人の波は引いていてスムーズに取ることが出来た。
瑛人は時計を腕につけて電源を入れる。 俺も後れを取らないように慌てて電源を入れた。
電源がつくと、瑛人は言った。
「番号表示ってところを押すらしい」
【番号表示】
そう書かれた欄を押すと画面には大きく【5】と書かれていた。
部屋番号が5番ということか……。
「瑛人は……?」
「俺は1だ、離れることになるな……」
これから運営のいう通り議論をすることになる。
どうなるかは分からない。
「なぁ、本当に行くのか?」
俺が瑛人みて言うと、彼は強い口調で言った。
「当たり前だろ、さっきの見たろ。反抗したら殺されるんだ。 だったら言われた通りにするしかないよ」
そうだよな……。
時計に表示された残り時間はあと2分だった。
もうそろそろ出なくては。
次々と人が外に出ていくのに続いて俺たちも外に出た。
番号表示の横に地図というボタンがあり、そこには丁寧に部屋の場所が示されていた。
「2階みたいだな……」
体育館を出ると、すぐ右側に階段がある。
その階段を上り終えると、1番から順番にたくさんの部屋が並んでいるのが目に入った。
本当に入らなくちゃいけないのか。
何がどんなことをされるか分からないこの部屋に。
俺はもう一度深呼吸をした。
「じゃあ、また……」
“会えるといいな”
きっと瑛人はそう言おうとしてやめたんだろう。
また会えるなんて、そんな怖いことは口に出せないよな。
瑛人は俺に背中を向けると、1番の部屋に入って行った。
俺も少し歩いて5番の部屋の前に行く。
これから、ここでゲームが始まる。
意を決してドアを開けた。
中にいる人たちと一斉に目が合って、気まずそうに逸らされる。
部屋の中には俺を含めて7人の人が集まっていた。
円になるようにイスと机が置かれている。
「机の上に名札があるからそこに座るみたいです」
黒髪でショートカットの女の子が親切に俺にそう教えてくれた。
「ああ、ありがとう」
俺は自分の名前が書かれた席に座った。
どうやら俺が最後だったらしい。
俺が席に着くと、全員分の席が埋まった。
ということは7人で議論するということか……。
この中を見渡す限り、知り合いはいない。
心細いな……。
本当に負けたら死ぬ議論が始まるんだろうか。
目の前で人が射殺されたのを見ておきながら、まだ実感がない。
そりゃそうだ。 いきなりこんな現実ではありえないようなことが起こってるんだ。 信じられるわけねぇよ……。
「制限時間になりました」
ーービクッ。
突然、女の声の機械音が流れ、それぞれの机についている小さなモニターの電源がついた。
モニターは、2分割されて、そこには人が映し出されていた
誰だ? 目を凝らして見てみるとあることに気がつく。
「これ……」
「今現在、部屋に入っていない人を射殺します」
モニターが映し出したのは、指定の時間までに部屋に入らなかった人だった。
嫌な予感が頭をよぎる。
一人は女子で体育館にうずくまっていて、もう一人は男。
彼は【9】と書かれた部屋の前のドアノブを握っているところだった。
時間に遅れて入れなかったのか?
「やめろ、やめてくれ……!」
「やだ、怖い……」
ブーブーと大きな警告音が鳴り、彼や彼女らに丸くて赤い光が映る。
これって、もしかして……。
そう思った瞬間。
パン、パンと音を立てて、銃声の音が響き渡った。
打たれた2人は身体を大きく反らした後、崩れるように床に倒れていった。
部屋には緊張感が走る。 思わずごくりと唾を飲み込んだ時、もう1度放送は鳴った。
「部屋に入っていない2名を射殺完了しました。」
2人が、殺された……。
しかも、わざわざ射殺したところを見せるのかよ。
ぎゅっと手を握り、震える身体をなんとか収めようとする。
しかし隣にいる、女子は身体の震えが止まらないようだった。 こんなのあり得ないだろ……。
すると、また機械のアナウンスは何事も無かったかのように鳴り響く。
「それではゲームを開始します。 議論の時間は30分です 〝議論のテーマはピンチにたたされた時、どうするのが一番よいか”です。 では始めてください」
ピッっという音が聞こえ、目の前のモニターに残り時間と議論のテーマが大きく映し出される。
30分の話し合い……。
時計は進んでいるにも、関わらず俺たちは誰も口を開かなかった。
どうする、どうすれば……。
どうやって議論をしたらいい。
就活講座でやっていたとはいえ、こんな状態では、行動を起こすことすら怖かった。
しばらく時間がたったとき、俺の左隣に座っている男は言った。
「とりあえず、こうしていても仕方ない。 まずは簡単に自己紹介をしてそれから議論を始めよう」
「あ、ああ。そうだな」
俺はその男に便乗するように頷いた。 しっかりしているヤツだな……。
真面目そうで学級委員をやっているようなタイプの男。
俺たちは彼に言われるがまま自己紹介を始めた。
「俺は山岡隆二です。白金大学の4年だ」
【山岡隆二】
彼は他のやつらよりは、落ち着いていてリーダーの風格がある。
そして、山岡の左隣にいる俺が自己紹介をすると、今度は俺の右隣に座っている彼女が手を挙げて名前を名乗った。
彼女の名前。
島田愛菜(しまだあいな)
小柄で女の子らしいが、さっき見た映像に震えが止まらないのか、今も手を必死に抑えている。
その隣にいるのが小太りの三村晴久(みむらはるひさ)という男で、弱々しく自己紹介をすると、額に垂れた汗を手でぬぐった。
そして、次に自己紹介をしたのが小林健太(こばやしけんた)
彼は俺の対面に座っているが、自己紹介中、一度もこちらを見ることはなく、すぐに顔を俯かせた。
そして、彼の隣にいたのが、俺に一番最初に話しかけてくれた女子安城玲(あんじょうれい)
ぱっと見ではあるが活発そうに見える。
とは言えやはり女の子で、さっきのショッキングな映像が身体に来ているらしい。
元気の良かった彼女が顔を真っ青にしている。
そして、最後に自己紹介をしたのが星沼朱莉(ほしぬまあかり)
彼女はクールで本当に女子かと疑うくらい、あんな映像を見てもぴくりとも表情を変えなかった。
堂々としている姿は少し怖くも見える。
ディスカッションの人数は、女子が3人で、男子が4人であった。
全員の自己紹介が終わると時計は残り23分をさしている。
「じゃあ議論を始めるか……」
一番最初に話し始めたの はやはり【山岡隆二】だった。
彼はみんなの中心となって話し合いを進める。
「この議題について何か考えがあるやつはいるか?」
誰も手をあげない。
黙ったままだ。
そりゃそうだ、殺されるかもしれないという恐怖から進んで発言なんて出来ないだろう。
山岡という男以外は、自分から発言するタイプではなさそうだ。
顔を伏せていて、自分には振らないでくれというオーラを出している。
俺の対面にいる【小林健太】に限っては、じっと顔を伏せてたまま。
このままじゃ何も進まない……。
進まなかったらどうなる?
殺されるのか?
分からない。
分からないけど、このままではいいはずが無い。
何かアクションを起こさなくては……そう思った俺は、恐る恐る手を挙げた。
元々自分から積極的に意見を言うタイプでは無かったため、自分の言葉をみんなの前で言うことは緊張した。
だけど、黙っていたら一向に進まない。
何も議論が出来なかった場合、死が待っているかもしれない。
それだったらやるしかないと思う。
「今みたいに、こういう危機的な状況になったとき、大事なのはみんなで協力することだと俺は思う」
震える声で、でもしっかりと言った。
すると、俺の意見に初めイスの場所を教えてくれた安城さんが賛成してきた。
「私も同じ意見です……っ。今のこの状況もピンチだと思うんですが、一人じゃなくてみんなでだったら乗り越えられるんじゃないかなって」
うんと頷く俺に、隣の震えていた女子もとっさに便乗する。
「わ、私も……っ、そう思います」
彼女に至っては、かなり声が震えているが必死に紡ぎ出している
俺はほっと胸を撫で下ろして時計を見た。
後、20分残っている。
すると安城さんが言った。
「30分以内に答えを出せばいいんだし、この意見を答えとして出しましょう……」
「そうだな」
俺が頷いたその瞬間、山岡の左隣に座っている【星沼朱莉】が突然手を挙げた。
「意義あり」
……え?
「ナメてんの?議論しろって言われて、ちょっと話してこれが答え?」
なんだ、このピリついた空気は。
「あんたら運営の話聞いてなかったの?無能なヤツを消すって言ってんだから、こんな無能な議論してたらみんな消されるに決まってんでしょ?」
ぶっきらぼうに名前を名乗り、それまで一度も会話に加わらなかった彼女の突然の発言に俺達は黙ってしまった。
沈黙が続く。
せっかくまとまっていた意見をどうして崩そうとするんだ。
混乱していた俺に星沼朱莉は尋ねる。
「朝井君はどうして協力することが大切だと思ったんですか?」
強い口調での発言。
そして、突然俺に話を振られたことにびくっと身体を揺らす。
「え、えっと、ピンチの時は冷静な判断が出来なくなっているけど、多くの人と協力することで、落ち着くことも出来るし、より正しい意見に導いてくれるんじゃないかなって……」
しどろもどろになりながらも、一応答えることは出来た。
彼女の反応が気になる……。
恐る恐るアカリを見ると彼女は、俺の意見には反対せず、ずっとうつむいている小林に話をふった。
「小林君、あなたはどう思うのよ」
ほっとした半面、ハラハラとそれを見つめる。
自己紹介以外一度も口を開いていない彼が話すのか?
しかし、話を振られた小林は伏せた顔を上げないまま、小さな声で言う。
「お、俺は……こんなゲームに参加したくないんだ!!死ぬってなんだよ、おかしいだろ?どうしてお前ら普通に議論なんてしてるんだよ」
さっきので精神的にやられているのか、彼はパニックになっているようだった。
そりゃあ、俺だってどうして議論なんてしなきゃいけないんだって思う。
でも、さっきの死を見てしまった限り参加しなくては俺も同じ目にあってしまうんだ。
「ダメね、せっかく発言出来る大事な機会なのに」
朱莉が小さくつぶやいた言葉を聞き、周りははっ、と我に返る。
発言しない、場合に0点。
0点が付けられると死。
それに焦ったのか次々と意見が出始めた。
「ピンチを乗り越えるには折れない心も必要になってくると思います」
冷静な判断。
人との協力、折れない心。
それらを保つためにも人がいること、協力することが大切である。
リズムが悪かった話し合いは少しずつ、よくなってきてゲーム終了3分前には、かなりたくさんの意見が出そろった。
【三村晴久】は自分の意見は出さず、人の意見に相槌は打っていた。
気づけば残り時間は2分。
ディスカッションの進行役は途中から朱莉になっていた。
そして、意見がだいぶまとまってきて時、議論終了のブザーが鳴った。
「終了です。話し合いをやめて下さい」
アナウンスが鳴る。
……終わった。
これで判定されるのか?
そう思っていたら、アナウンスは続いた。
「続いて、発表者を一人選び、3分間の発表を行って下さい」
な……っ、そんなのあるのかよ。
もし、残り時間を大量に余らせて終わらせていたら、確実に3分の発表なんて無理だった。
救われた……。
でも、この発表も、もし失敗したら死ぬんじゃないか?
そう思うと誰も発表なんてしたがらないだろう。
そう思っていたら……。
「俺がやるよ」
山岡が自ら手をあげた。
「それでは発表をお願いします」
「はい」
立ち上がった隆二はみんなの意見をうまくまとめて話し始めた。
発表に慣れているのか、話し合いから意見を膨らませて3分持つように話している。
「……という理由から、私たちはピンチな状況にたった時、人と協力することを選びました。発表は以上です」
終わった。
すごく上手い発表だったと思う。
「ありがとうございました、ただいまの発表時間は2分52秒です。結果を集計します」
当然だけど、発表時間も測っていたか……。
しかし、ここまで3分に近い発表をするなんて、すごい。
それに、リスクを負ってまで、隆二は手を挙げた。
俺にはとても真似出来ることじゃねぇよ……。
すると、アナウンスが鳴る。
「今回は5点満点の評価です。点数は、目の前のモニターに発表されます」
じっとモニターを見つめる。
すると大きく自分の名前が書かれ、その横に点数が表示されていた。
【朝井良樹 3点】
その下に小さく、詳細という画面が書かれている。
そのボタンを押すと一気にディスカッション全員の名前リストと、点数が表示された。
【星沼朱莉 5点】
【山岡隆二 4点】
【安生玲 2点】
【島田愛菜 2点】
ーーーーーーーーーー
【三村晴久 0点】
【小林健太 0点】
朱莉が5点……!?
山岡よりも朱莉の方が高いのか。
途中から司会役をした朱莉。
時間が余っていても議論をやめようとしたことにストップをかけた。
必要な意見を言ったやつには、点数が高いってことか?
いや、待てよ。
それよりも小林ともう一人の頷くだけだった三村という男の横に【0点】という文字。
0点取ったら……。
「0点の人を処刑します」
ーーまさか。
そう思った瞬間、2人は突然腕を伸ばしながら、奇声をあげていた。
「うわあああああ、なんだよこれ!やめろ!」
「やめてくれ……あああ!!」
必死で掴んでいるその腕には、先ほど強制的につけさせられた時計がある。
ギリギリと音がする。
まさかこれで締めつけてるのか。
2人の表情はみるみるうちに真っ青になっていった。
その手はもうすでに色を失っている。
「ぐああああ……っ」
小林は口から泡を吹きながら、白目をむいた。
ブチッと聞いたことのないような音が響いた直後、机の上にドサっと右腕が落ちた。
「きゃああああ」
彼は机に伏したまま、ピクリとも動かない。
ウソだろ、やめろよ。
顔の血の気がさっと引いて、手が尋常じゃないくらい冷えていく。
すぐに三村に視線を向けると、そこには小林とまるで同じ状況があった。
なんだよ、これ。なんなんだよ。
「や……や……ぁ」
愛菜が声にならない声を発した時、俺の方に倒れ込んで来た。
とっさに彼女を支える。
しかし、俺の身体も力が入らない。
俺は出来るだけその光景を見ないように顔を逸らした。
周りも目をつぶり、あえてみないようにしている。
俺たちは分かってしまった。
ゲームに負けるとどうなるのか。
それからしばらく、隣にいる島田さんを落ち着かせていると、部屋のドアのロックが外された。
一番先にドアを開けて、出て行ったのは朱莉だった。
あいつ……よく平然として……。
まるで初めてゲームに参加したとは思えない落ち着きぶりだった。
山岡と俺と、安城さんと島田さんは一緒に部屋を出た。
まだ女子2人は手の震えが止まっていない。
「大丈夫か?」
そう声をかけたものの、当然ながら二人の返答は無かった。
大丈夫なわけ、ないよな。
目の前であんなもの見せられたんだから。
しっかり意識を持っていないと、倒れてしまいそうだ。
外に出ると、ゲームを終えた人々が続々と部屋から人が出て来た。
歩けなくなっている人や、廊下に倒れ込んでいる人もいる。
その時、またアナウンスが鳴った。
「各自部屋にお食事とベットがご用意されています。時計に映し出された部屋番号に向かって下さい。明日のゲームは朝9時から開始します。今回同様、必ず表示された番号の会議室に向かうようにお願いします」
ぶちっと切られたアナウンス。
ここに寝泊まりして、ゲームを受け続けなきゃいけない……。
俺たちは時計のボタンを押して、部屋の番号を確認した。
歩けなくなってしまった女子達を隆二と協力して部屋の前まで送る。
俺達は、ひとこと「無事でな」と声をかけるとそれぞれの部屋に向かった。
もう会えなくなるのかもしれないんだよな。
いや、ダメだ。
そんなに弱気になったら。
絶対に生き残る。
自分の部屋は【103】と書かれた部屋で、朝いた部屋とは違う部屋だった。
ドアを開けて中に入る。
すると、その瞬間。
部屋の鍵が外からかかった。
「な……っ」
朝が来るまで出られない仕組みか?
部屋はしっかりとしたキレイな部屋だが、閉じ込められているなんて、なんだか囚人みたいだと思った。
食事がテーブルの上に用意されている。
すると、食事の隣に紙が置かれているのを発見した。
紙は一枚で【注意書き】と書かれている。
【注意書き】
今から書く事項を必ず守るようにして下さい。
守らなかった場合、ペナルティがあります。
・部屋に入ったらディスカッションを行う10分前まで出ることが出来ません
・ディスカッションをする際、イカサマが発覚するとどんな点数であれ、0点となる。
・食事は3食、係りのものが運ぶ。
・何か連絡をする際は入口にある電話を使う
・その際も答えられない質問には一切答えません。あまりにしつこい場合、ペナルティーの対象となる。
書かれていることはそれだけだった。
恐らく、部屋から出るのを禁止されている理由は、話し合いをしてズルをしないためだろう。
口裏を合わせて話合いをいい風に持ってかれると公平じゃなくなってしまう。
そうなると、人と話せる時間はディスカッションの時か、ディスカッションが終わって部屋までに向かう数分間くらいか。
俺はぐったり、ベットに倒れ込むと食事も取らずに、これからのことを考えた。
クリエイティブ社会向上法。
名前に反して恐ろしい法律だ。
のろのろと立ち上がり、食欲がない中、俺は置かれた食事に手を伸ばした。
どのくらい続くか分からないこのゲーム。
分かっているのは、今日みたいな死のゲームが繰り返されるということだけ。
このゲームに参加しなくてはいけない。
食欲がないからと言って食べないことは命取りだろう。
俺は無理やり食事を口に入れ、生きるため、頭を働かすために必死に手を動かした。
明日から始まる。あの死のゲームが。
死のゲームは今日、始まったばかりだーー。