次の日──。
俺は眠れずに朝を迎えた。
昨日一日、ディスカッションについて考えていたのと、あの時の恐怖がフラッシュバックして来て俺は眠れなくなった。
朝までぼーっとベッドに横になっていた時、ディスカッションが始まる30分前にアナウンスが鳴った。
『おはようございます、本日のディスカッションがまもなく始まります。時計に表示されている部屋番号を確認し、9時までに席につくようにしてください』
そんなアナウンスを聞き、だるい体を持ち上げて俺はベッドから降りた。
食事が置かれていた机の横には小さな冷蔵庫がついている。
ここのものは自由に飲んだり、食べたりしていいそうで、俺はペットボトルの水を一気に飲んだ。
トイレやお風呂、洗面所もしっかりついている。
暮らすには何不自由無い部屋だ。
最も、こんな気持ちにならなきゃだけど。
身の回りの準備をしているうちに、カチャとドアから音がした。
ロックが外れる音だ。
時刻は8時50分。
ディスカッションをする10分前にならないとカギが開かないのか。
ゾロゾロと人が部屋から出てくるが、みんな顔色が悪かった。
あんなのをみて、ぐっすり寝れるやつなんていないよな……。
俺は時計の部屋表示ボタンを押す。
【3】
今回は3番の部屋か……。
重い足取りで俺は表示された部屋に向かった。
部屋の中に入ると、そこにはもう何人か集まっていて、話をしていた。
自分の部屋に一度入ると、ディスカッションをやる前は出て話すことは禁止されているが、この場所なら許される。
情報集めも今のうちにしておいた方がいいだろう。
話している輪の中に入ろうとした時。
ーーピリッ。
輪の中の空気が想像しているものと違うことに気がついた。
普通に話をしていると思ったけど、みんなそうじゃない……?
目が鋭い。
いかにここで味方してくれる仲間を作るか、そういう目をしていた。
もしかしてもう、ディスカッションは始まっている?
情報集めなんて悠長なことを考えていた俺はもうすでに出遅れているのか?
俺は焦ったが、結局その輪に入ることが出来ず、そそくさと席についた。
マズイな……出遅れた。
すると、一人の女子が俺に話しかけてきた。
「良樹……?」
「えっ、」
その彼女に見覚えがある。
「もしかしてみどり?」
「そうだよ、久しぶりだね」
「ビックリした。まさかここで会うとは思わなかったよ」
彼女は相沢みどり。
中学が一緒で3年の頃、とても仲が良かった人物だ。
高校、大学と違うから全く連絡を取っていなかったけど、こんなところで会うことになるなんて思いもしなかった。
少し大人っぽくなったな。
「輪の中に入っていくのが苦手だから、どうしようって思ってたけど、安心した……」
「俺もだよ」
やっぱりその雰囲気はみんな感じているんだな。
俺たちはゲームの時間が来るまでの間、今の進路や、前回のゲームの話をした。
みどりのところは、7人中、3人が0点で命を落としたらしい。
3人……か。
俺達よりも、多い。
もっと多い部屋もあるかもしれない。
そんなゲームがまた始まろうとしているのか。
だけど、みどりがいてくれるだけでまだ安心感がある。
「本当だって!俺はみたんだよ!」
すると、グループの中で話している男の声が耳に入ってきた。
「昨日、1番の部屋からは誰も出てこなかったんだ。だぶん全滅したんだろうよ」
1番……!?
1番って瑛人が入って行った部屋じゃねーか。
全滅なんてウソだろ……。
アイツは冷静でしっかりしていたからきっと大丈夫だろうって思ってたのに。
俺は拳を力強く握った。
「どうしたの、良樹?」
「いや……なんでもないよ」
ダメだ。
悲しいが、今は悲しみに浸っている場合じゃない。
いつ自分が命を落とすか分からないゲーム。
生半可な気持ちでやっていたらすぐに自分が餌食になる。
俺は悔しい気持ちを切り替えた。
部屋に備えられていたメモをポケットから取り出してみどりから聞いた情報を書き留める。
どこに行くときも必ずメモを取れと、父親から教えられてきた。
今は書き留めることしか出来ないけれど、そのうち何か見えてくるかもしれない。
するとみどりは言った。
「私もメモ、一枚もらってもいい?持ってこようと思ったのに、忘れちゃって……」
「ああ、いいよ」
俺が紙を破こうとした時、アナウンスが鳴った。
「制限時間になりました、席について下さい」
「あっ、戻るね!」
みどりは慌てて、自分の席に戻っていった。
渡しそびれてしまった ……。
全員が席につくと、すべての席が埋まった。
今回もまた、7人か……。
ずっと繰り返されるこのゲーム。
確実に人数は減っていくけれど、議論の人数は変動なし。
いつまでこれが続けられるんだろうな。
すると、またモニターがついてアナウンスが鳴る。
「今現在、部屋に入っていない人を射殺します」
その時、映し出されたのは前回よりも多い、5人の人だった。
5人……!?
前回よりも人数は減らないのか?
どうなるか分かっているはずなのに、部屋に入らない人が増えているなんて、どういうことだ?
赤いレーザーが5人を捉える。
そこにはレーザーから逃げまどう人や、覚悟を決めたかのようにうつむく人がいた。
ーーパン、パン。
射撃音。
考える間もなく、その銃声は響き渡り、5人の命を奪った。
「部屋に入っていない5名を射殺完了しました」
そうだ、みんながみんな強いわけじゃない。
ゲームをやって恐怖を植え付けられ、もうあの部屋に行くことすら出来なくなってしまうんだ。
俺は唇をかみしめた。
そんなことを気にもせず、アナウンスは鳴り響く。
「ではゲームを開始します。議論の時間は40分」
「〝議論のテーマはある企業の新人教育の仕方について賛成か反対か”です。今からビデオをお見せしますので、それを見て自分の考えをまとめて下さい。
尚、グループ発表がありますので、意見が分かれたとしてもグループとしての意見はどちらであるのかを決めて発表を行ってください」
ビデオ?
そんなのもあるのか?
すると、スクリーンにスーツの人たちが映し出された。
『今から私たち企業の新人育成をお見せします』
そう言って映し出された画面に、俺は慌ててペンを握るとメモ取り始めた。
20分のビデオは、簡単に説明すると、ある企業で取り組んでいる教育システムの説明だった。
それは、先輩と呼ばれる社員が新入社員をつきっ切りで教えてくれるというシステムで、業務の指導はもちろんのこと、生活上の相談役としても役割を担っている。
これをエルダー制度と呼ぶらしい。
しかし、その制度にはメリットとデメリットの両方が存在して……。
といった内容だ。
一度テレビでもその制度を紹介している企業があったため、頭には入りやすかった。
今度は自分がどっちの立場で話していくのかも重要になってくるな……。
俺は出来る限りメモを取り、情報を集めた。
そして、ビデオが終わると、モニターが時間表示に切り替わった。
『それでは話し合いを始めて下さい、時間は40分です』
アナウンスが鳴り、ついに議論が始まる。
まず初めに名前を名乗ろうと提案したのは、俺の対局にいる身体ががっちりした体育会系の男だった。
いかにも柔道部の主将をやっていそうなタイプで目の力が鋭い。
そんな彼の名は斎藤勝(さいとうまさる)というらしい。
斉藤から時計周りに自己紹介を行っていく。
斉藤の隣に座っているのはみどりだ。相沢みどり。
色んな人と仲がよく、人付き合いが上手い彼女。
ちょっと抜けているところもあったが、飾らない性格で俺も彼女と一緒にいる時は素でいられることが出来た。
そして、みどりの次に自己紹介をしたのは、ちょっとクセのある人物だった。
「赤坂龍馬と申します。皆さん協力していい意見を出していきましょう」
赤坂龍馬(あかさかりょうま)
よくいるガリ勉くんのような見た目で、ハキハキと話す彼。
なんとなくだが、どこかこのディスカッションを楽しんでいるような軽薄さも感じる。
何か厄介なことにならなきゃいいが……。
その彼の後に自己紹介をした彼女は古田美里(ふるたみさと)と名乗った。
長い髪にすっと正された姿勢。
あまりよく話すタイプでは無さそうだが、堂々としていて隙がない。
そして、俺が名乗りその後名乗ったのは高橋ありさ(たかはし)という女の子。
彼女の声は小さくであまりよく聞こえてこなかった。
最後に自己紹介をしたのが吉永栄吉(よしながえいきち)
優しそうなおっとり目が特徴。
自己紹介が終わると、今回は発言のためにみんな一斉に手を挙げ始めた。
1回目の議論と比べて、とにかくみんなが自分の意見を伝えなくては、と思っているのが分かる。
話さなければ、死んでしまう。
それはもう1回目のゲームでみんな分かっているから当然だ。
「自分はエルダー制度に賛成です。なぜなら……」
一番に手を挙げて意見を述べたのは、クセのある男。赤坂だった。
ディスカッションに自信があるのか、強気な口調で話していく。
赤坂の意見が終われば、すぐにまた他の人が話し始める。
前回とはまるで雰囲気が違う……。
勢いがすごいな。
俺もぐずぐずしていられない。
司会役の斉藤が一通り、全員に意見をふると、賛成派が3人。
反対派が4人とキレイに割れてしまった。
どっちの意見にするかしっかり決められるだろうか。
不安が募るが、反対派は俺とみどりと俺の隣にいる古田美里。
古田さんは、クセがありそうにもないし、みどりと意見が同じで正直ほっとした。
上手くアピールが出来るかもしれない。
しかし、意見は反対派と賛成派でバチバチと火花を散らす。
「エルダー制度は1人に対して、1人の教育者を付けるため、何か分からないことがあっても気軽に聞くことが出来ます。
またプライベート面でも親身になって話を聞いてくれるということなので、身近な悩みを話しやすくストレスを溜めてしまうことを防ぐことが出来ると思います」
賛成派の意見だ。
初っ端から、この意見。
これは少しでも気を抜いたら、0点になる。
俺もおいて行かれないように、すぐに手を挙げて発言した。
「しかし、エルダー制度にはプライべートがないと考えます。
つきっきりというのは指導においては相手との相性が合えばいいように思えますが、合わなかった場合、プライベート面でも開放がなく、逆にストレスが溜まると考えます」
この議論分からないな。
班で一つ意見を決めなくてはいけないが、もしここで俺達の意見が通らなかった場合はどうなるのだろう?
それも得点に影響するんだろうか。
もしそうなるなら、負けられない。
意見を曲げたらダメだ。
そう思えば思うほど白熱した意見がぶつかり合って時間だけが過ぎていく。
これ、班で一つの意見を出すことが出来るのか?
そう思った時、突然、均衡は崩れた。
それはみどりが手を挙げて発言した時。
「あの、えっと……高橋さんが言った少し前に言ったプライベートで親身になってもらえるという意見に対してなんですが……」
みどりが意見を言いかけた時、それを遮るように赤坂が話し出す。
「相沢さん、その意見は高橋さんの言った意見ではなく、僕の意見です。相沢さんはきちんとメモを取っているんですか?先ほどから言っていることがところどころ間違っているように思います」
「す、すみません……」
マズいな……。
みどりが厄介なヤツに責められている。
確かに、みどりの意見はところどころ間違っていた。
それは俺がメモを渡すことが出来なかったからだ。
20分ものビデオの内容と、俺達が発言する内容の全てを覚えておくなんて不可能だろう。
それを責め立てるなんて、タチが悪い。
「あの……」
みどりが何も言えなくなってしまった。
すると、赤坂はさらに彼女を追い詰めた。
「メモすら取っていない人の意見は信用性がありません。あなたの意見は自信を持ってこうだと言えるんでしょうか?」
マズイことになった……。
やばいぞ、このままだと。
俺がメモ用紙を渡せなかったせいで、みどりが潰れてしまう。
何か言わなくては。
俺はすみやかに手を挙げて言う。
「今、そのことは関係ないと思います」
頼む。
これで収まってくれ。
願うように言った言葉は虚しくも、次の言葉で返された。
「関係あります。メモを取っているか取っていないかはその人の発言の信用性に関わる」
恐らくこの男。
みどりのことを蹴落とそうとしている。
どうしよう、何か……何か今の流れをひっくり返せるような言葉を……。
頭の中で考えていた時、斎藤が言った。
「時間が無い。議論に話を戻そう」
ーーしまった。
この状況のまま、議論に戻されたらみどりはもう発言出来なくなってしまう。
斉藤の意見によって周りはみどりの意見を信用性のないものとして処理するだろう。
マズいことになったな。
ぱっとみどりを見ると、顔面蒼白で、手が震えている。
もしかしてあれが斉藤のやり方なのか?
ミスした人につっかかり、彼女が意見できないくらいまで下に蹴落としていく。
それに成功すれば、彼女を蹴落とした弾みで斉藤が議論中、必然的に目立つ。
もしこれを狙ってやっているというなら相当厄介だ。
何か、何か対策を考えなくては……。
しかし、いったん傾いたものをこちらに持ってくることなんて出来なかった。
気づけば流れは賛成派に持っていかれ、俺たちの意見は飲み込まれてしまった。
「じゃあ賛成派ということで進めて行こう」
このままじゃ、何もあがけない。
何か言うか?
いや、ここで意見しても議論を妨害したことになる。
じゃあどうすれば……。
その時、議論終了を知らせるブザーが鳴った。
「終了です。話し合いをやめて下さい。続いて、発表者を一人選び、3分間の発表を行って下さい」
後は発表だけ、ここで挽回のチャンスが作れるか?いやダメだ。
グループの意見は賛成派の意見。
そもそも反対派だった俺達は発表の機会すら与えられないだろう。
そう思っていた時、赤坂は驚くべきことを言った。
「もともと反対派だった人に発表してもらうのはどうだろう?グループの意見がまとまったということで、そうだな。相沢さんとかどうかな?」
は……っ?
何、言ってんだよコイツ。
メモが無いみどりがみんなの意見をすべてまとめて発表なんて出来るわけねぇだろ。
散々お前が追い詰めて、議論なんて出来なくさせたくせに。
ヤツを見ると口元が笑っていた。
もしかして、これもワザとか?
みどりは案の定手を震わせ、うつむき何も言えなくなってしまった。
赤坂が放つ、先導者のようなオーラに賛成派のヤツらも何も言えないようだ。
発表が上手くいかなかったら、自分の身まで危ないかもしれないとは考えないのか?
クッソ……。
俺は速やかに手を挙げた。
「俺にやらせて下さい」
赤坂はつまらなそうな顔をする。
今の俺に出来ることはこれしかない。
「では発表を3分間でお願いします」
俺はメモを見ながら、必死で発表を行った。
「ありがとうございました、ただいまの発表時間は2分20秒です。結果を集計します」
少し早めに終わってしまったが、なんとかやり遂げることが出来た。
最後のあがきで、反対派の意見も少し述べみどりが言った意見を例に出した。
結果待ちの間、手が震える。
頼む……なんとかみどりを助けてくれ。
そう願うように目をつぶった瞬間、モニターに点数が表示された。
パっと名前リストが挙がり、一番上に俺の名前が書かれている。
【朝井良樹 2点】
2点……。
なんとか助かったか。
早く詳細ボタンを。
俺が詳細ボタンを押すとすぐに他の人の点数も映し出された。
【赤坂龍馬 4点】
【斉藤勝 4点】
【高橋ありさ 1点】
【吉田美里の 1点】
ーーーーーーーーーーーー
【吉永栄吉 0点】
【相沢みどり 0点】
――ドクン。
ウソ……だろ。
目に涙を浮かべているみどり。
「みどり!」
俺がそう叫んだ時。
「0点の人を処刑します」
アナウンスは鳴った。
「みどりごめん、俺……」
すると、彼女は切ない笑顔を浮かべる。
「ごめんね……良樹。守ってくれてありがとう。変わらないね、あの時からずっと良樹のこと……」
みどりがそう言いかけた時、ビリビリという大きな音共に、みどりは身体をビクビクと痙攣させる。
すると、口から泡を吹き、イスから崩れ落ちた。
「みどり!!」
吉永という男も同じようにイスから崩れ落ちている。
「う、うそ……だろ」
イスから立ち上がり、彼女の元にかけつける。
そして身体を起こすと、ピク、ピクと小さく動いてから彼女は動かなくなった。
「みどり、みどり!」
何度も呼びかける。
しかし、彼女の呼吸はもうすでに止まっていた。
あの時計から高圧電流が……。
「なぁ、みどり……起きてくれよ……」
「無理さ、それは人を殺すレベルの高圧電流だ。まさか罰ゲームの方法は変わるとは思わなかったな。これもメモメモ。誰かさんのようにメモが無くて殺されてしまったら意味がないからね」
ポツリと赤坂がつぶやく。
こんな状況を見たって、悪びれず楽しそうに笑っている。
「キミは運が良かったな」
「ふざけんな。お前のせいだろうが……!」
赤坂の胸倉を掴む。
「お前のせいでみどりは……!」
するとヤツは冷静に言った。
「何を言ってるんだ。正式な議論で決められたことだろう?それに、僕ではなくキミが殺してしまったのかもしれないよ?」
は……何を言ってるんだ、コイツは。
「僕は発表の時、彼女に0点を逃れる機会をあげたんだ。あそこで素晴らしい発表が出来ていたら彼女は0点なんか付かなかったかもしれない。それなのに、キミはその発表の機会を奪った」
「あれはお前が仕向けて……」
「どうかな?出来ないと決めつけてしまったのはキミ自身だろう?」
俺が、あの時みどりの発表を代わったからみどりは死んじまったのか?
そんな……そんなことってあるのか……。
「まぁどちらにせよ、彼女は将来生き残るに値しない人間と判断されたんだよ。
好きな女だったのかなんだか知らないけど、このゲーム。あまり感情的にならない方がいいと思うよ」
くすっと笑いながら赤坂はこの場を去っていく。
アナウンスが鳴り響く。
「10分以内に、自分の部屋に戻って下さい。明日のゲームは朝11時から開始します」
俺は強く拳を握り締めた。
俺のせい、なのか……。
発表の機会を奪ったから?
いや、そもそも俺があの時に、早くメモを渡せていれば、こうならなかったのかもしれないのに、クッソ……っ。
何してんだよ。
地面をめいいっぱい殴りつける。
周りはそんな俺を憐みの表情を浮かべながらも見ていた。
気づけば、みんな部屋から出て行って、吉田美里が最後に部屋を出ようとした時、俺に声をかけた。
「自分を責めないで……あの子、最後笑ってたから」
小さくつぶやいて、部屋から出て行く。
笑っていた……か。
俺はその場から動くことが出来ず、いつまでも床にうずくまっていた。
力強く手を握ったため、皮膚が切れ俺の手から血が流れる。
10分以内に部屋に入らなかったら俺も処刑されてここで終わることが出来るんだろうか。
明日も、これからもゲームは続いていく。
目の前で人が死んだり、自分が死ぬ恐怖 に怯えたり。
こんなことなら、いっそ死んでしまった方が楽なのではないかと思った。
「何してるんですか、早く部屋に戻らないと殺されてしまいます」
その時、空いていたドアから一人の女子が部屋の中に入って来た。
慌てて、俺のところにかけつけて、手を取る彼女。
「俺はもういいんだ」
力ない声そう言うと、彼女は大きな声で言った。
「ダメです!諦めたらダメです!!」
力のない俺に肩を貸し、部屋から出ようとする。
この場の状況を見て彼女は察したんだろう。
小さな声でつぶやいた。
「私も1回目のディスカッションで大事な幼馴染を亡くしたから気持ち、分かります……もうこんなことやりたくない。だけど……このまま意味もなく殺されるなんてもっと耐えられないんです。私は勝ち残って訴えたい。クリエイティブ社会施行法は間違っているんだって。私の今の望みはそれだけです」
泣きそうなのを堪えるような力強い目。
そうだよな。
俺だけが辛いわけじゃない。
みんな意味の分からないままここに連れて来られて、人の死を間近で見て、辛い思いをしてるんだ。
「ごめん……情けないよな。女の子に助けてもらうなんて」
「そんなことないですよ」
俺も決めた。
もう何もかも無くなったと思っていたけど、ここから出てこの法律はおかしいんだということを訴える。
それだけが俺の望みだ。
「ありがとう……」
俺は自分の力で立ち上がった。
それから部屋に向かうまでの間、俺達はお互いに名前を教え合うと、制限時間になる前に自分達の部屋に向かった。
彼女のお陰でなんとか戻ってくることが出来た部屋。
俺は小さなイスに崩れるように座りこんだ。
彼女は三上千春(みかみちひろ)と名乗った。
自分も辛い思いをしたのに、しっかりしてる。
俺も……もっとしっかりしなくてはダメだ。
朝、自分が出て来た部屋の中は、食事が用意されていた。
そして、机にセットされたモニターには数字が表示されている。
昨日までは無かった数字。
【352】
何か意味があるんだろうか。
そう思ったその瞬間、外から大きな銃声が鳴り響いた。
すぐに悟った。
10分経ち、部屋にいなかった人がまた処刑されたんだと。
俺もあのまま部屋にいたら……。
そう思うとぞっとする。
そして、モニターに目を移すと画面の数字が減っていた
【350】
2つ減った。
ということは、もしかして……これは今いる人の人数を表す数字なのか。
350人が今、ここの会場にいる。
そうなると、明日にはどのくらいの人数が減るんだろう。
ダメだ、こんなことばかり考えていたら。
今日、友達を助けることが出来なかった。
それは俺の力が足りなかったからだ。
何か、作戦を見出さなくては、今日みたいにまた助けたい人を亡くしてしまう。
それだけは絶対に避けたい。
自分も人も守れるように強くならなくては。
俺はひたすら、ノートにペンを走らせた。
悲しみに浸らないよう、出来るだけ頭を使いながら。
しばらくペンを走らせていると、見えて来たことがたくさんあった。
まず、もともと反対派だった俺達の意見は反対派に押しつぶされたが、俺の隣にいた美里も生き残っていたし、逆に賛成派の吉永に0点がつけられたという事実があること。
これから分かるのは、恐らく、この討論で見られているのは結果ではなく過程だということだ。
それに赤坂は気づいていたんだろう。
だから発表者が失敗しても、大丈夫だという確信があった。
赤坂のやり方は確実に、人を押しのけて、自分が這い上がるやり方だ。
ひどいやり方だが、赤坂の作戦は結果、大勝利を収めてしまった。
もしかしたら他にもいるかもしれない。
そういうやり方で議論を勝ち上がって来たヤツらが。
そしてもうひとつ見えて来たこと。
それは司会役をやっていると、点数が高いということだ。
今日司会役をやった斉藤も1回目で司会をやっていた男も高得点であった。
きっと司会をやると自分のペースで議論を運ぶことが出来るから有利なんだと思う。
そして、最後に1回目で出会った朱莉のこと。
これはかなり重要な発見だと思う。
発言内容の重要性も見られているということだ。
発言が多い方が点数が高いかと思っていたが、最初の議論で朱莉は30分のうちの15分は1回も口を開くことがなかった。
しかし、たった一言の発言で、司会役を奪い、残りの15分は重要人物となった。
その結果一番高い点数を取ったのは、朱莉。
影響力のある言葉は点数が高い……。
俺はこの日、一日中ノ―トにまとめ、対策を考えた。
高得点の共通点を見つけ出したり、今回の赤坂のようなヤツが出て来た時の対処法なども考えた。
これで勝ち上がれるかは分からない。
でも、それでも俺はなんとかしてここから出るんだ。
部屋のドアを見つめる。
食事はきちんと3食出され、ディスカッションが終われば、外に出ること以外は本当に自由な生活。
しかし、時間が経つと、モニターの人数が減っている。
誰かが部屋から出て射殺されたんだ。
こんなのは本当の自由じゃない。
俺が寝る頃には【342】人にまで人が減っていた。
怖くなって部屋から出るものや、逃げようとして出るもの。
人それぞれだが待ち受けているものは変わらない。
ポツリ、ポツリと減っていく数を見てゆっくり休めるはずも無かった。
ベッドに寝転ぶとすぐに今日の情景が脳裏に映し出されてしまう。
みどり……瑛人……。
この悲しみは絶対に忘れない。
もう誰も死んで欲しくない。
それだったら、議論の操作を俺ができるくらいにならなくちゃダメなんだ。
俺は固く目をつむり、誓った。
もう弱気にはならないとーー。
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