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ひより
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#ロマンスファンタジー
Jasmine
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ヒュンッ――!!
鋭い風切り音がした。
「――っ!」
カイルの身体がぐらりと揺れ、そのまま地面へ崩れ落ちる。
「皇太子殿下が倒れたぞ!!」
「意識がない!」
「医師を呼べ!!」
騎士の一人が声を張り上げた。
「鐘を鳴らせ! 狩猟大会は中止だ!!」
ほどなくして――。
ゴォォォォン――!!
狩猟大会の中止を告げる鐘が、森一帯へ響き渡った。
***
――約一時間前。
秋の皇室狩猟大会。皇宮の北に広がる森には色鮮やかな天幕が並び、大勢の貴族たちで賑わっていた。ヴァンクロフト公爵の姿はない。けれど、貴族たちの間では――。
『公爵は皇宮で事情聴取を受けているだけらしい』
『やはり皇太子妃の父親だ。皇室も強く出られないのだろう』
そんな噂が広がっていた。
『そういえば、ギルバート団長は皇太子殿下には同行されないとか』
『今年は皇帝陛下の命で、大会全体の警備を任されているそうだ』
この大会では、森の獲物を傷つけずに生け捕りにし、皇帝へ献上することで、貴族たちが武勇と忠誠を示す。なかでも鹿は警戒心が強く、狙うのは代々軍務を担う家門など、腕に覚えのある者くらいだった。
「今年も、白鹿を狙うんですの?」
「ああ」
皇族用の天幕で、狩猟服に身を包んだカイル殿下が、森へ視線を向ける。
「簡単に捕まるものを追ってもつまらないだろう」
(毎年、超難易度の高い獲物を捕まえてる人は言うことが違うわね……)
「たしか、初代皇帝をこの地へ導いたのが白鹿でしたわね?」
「ああ」
オルディスの建国神話では、初代皇帝は一頭の白鹿に導かれ、のちに帝都となる土地へ辿り着いたとされている。そのため、白鹿を生け捕りにして皇帝へ献上することは、この大会で最高の栄誉とされていた。
「何だ」
「え?」
「さっきから、俺の胸元を見ているだろう」
指摘されて、視線を落とす。左胸のポケットから覗く、白い布。その端には、見覚えのある刺繍が入っていた。
《Kyle von Ordis》
「まだ持っていらしたんですの!?」
「当然だろう」
カイル殿下は平然と答えた。以前、私が離婚書類と一緒に残していったハンカチだ。
「狩猟大会へ向かう夫の無事を祈って、妻が贈るものなのだろう?」
白いハンカチへ指先で触れる。
「なら、今日使うのが正しい」
「……でしたら」
私は少しだけ背伸びをして、胸ポケットから覗くハンカチを整えた。
「絶対に無事に戻ってきてくださいませ」
カイル殿下が、ふっと笑う。
「命令か?」
「妻からの命令ですわ」
「ああ」
大きな手が、ぽん、と私の頭に触れた。
「約束する」
***
やがて、狩猟大会が始まった。カイルは副団長を含む数名の騎士だけを連れ、森の奥へ進んでいく。大勢で鹿を追えば、足音だけですぐに逃げられてしまう。そのため、同行の護衛は最低限に限られていた。しばらく森を進んだ、その時。木々の隙間を――白い影が横切った。
「……いたな」
こちらの気配に気づいた瞬間、白鹿の姿は森の奥へ消えていく。
「追うぞ」
「はっ!」
騎士たちが左右へ散った。カイルは地面に残った足跡と、折れた枝へ素早く目を走らせる。
「二人は右へ回れ。あの先は下り斜面だ」
「はっ!」
白鹿が木々の間を駆け抜ける。騎士たちが回り込み、逃げ道を狭めた。追われた白鹿が、反対へ向きを変える。
カイルが片手を掲げた。白鹿の進行方向、その数メートル先へ銀白の魔力を放つ。
バンッ!!
地面が白く弾け、驚いた白鹿が反対方向へ身を翻した。その先には――カイルがいる。
「今だ」
バサッ!!
網が大きく広がり、白鹿を包み込む。すぐさま騎士たちが駆け寄り、捕獲用の手綱をかけた。
「無傷のまま、陛下のもとへ運べ」
その直後だった。
ガサッ!!
「――!」
茂みから、剣を手にした男が飛び出した。
ガキィィンッ!!
カイルが剣を抜き、振り下ろされた刃を受け止める。そのまま身体を捻り、相手の剣を弾き飛ばした。
同時に――木陰から、岩陰から。次々と武装した男たちが姿を現す。
「皇太子殿下をお守りしろ!」
騎士たちも一斉に剣を抜いた。森のあちこちで、激しい金属音が響き渡る。
その時――少し離れた木陰。黒いフードを深く被った人物が、弓を引き絞っていた。
ヒュンッ――!!
「――っ!」
カイルの身体がぐらりと揺れ、そのまま草むらへ崩れ落ちた。
「皇太子殿下が倒れたぞ!!」
***
狩猟大会は、その場で中止となった。皇太子カイルが森で襲撃を受けた。意識を失い――その後、亡くなったらしい。そんな噂が、驚くほどの速さで皇宮中へ広がっていった。そして、ほどなくして。皇帝の待つ謁見の間へ、複数の貴族たちが兵を引き連れて押し入った。
「皇帝陛下!」
先頭に立つ侯爵が声を張り上げる。
「皇太子殿下は、すでに亡くなられました!」
玉座に座る皇帝は、黙って彼らを見据えていた。
「もはや皇太子による皇位継承は不可能!」
「ならば今こそ――ヴァンクロフト公爵閣下こそ、新たな皇帝にふさわしい!」
周囲の貴族たちも一斉に声を上げる。
「公爵閣下の拘束を即刻解け!」
「皇宮の外は、すでに我々の兵が押さえている!」
「陛下。無駄な争いを避けたいのであれば――直ちに譲位していただきたい!」
「……それが、お前たちの望みか?」
「ええ!」
侯爵が勝ち誇った笑みを浮かべた。
「第一の鐘は、すでに鳴りましたぞ。まもなく――第二の鐘も鳴る」
「……二百年前の反乱をなぞるつもりか」
二百年前。 狩猟大会で皇族が襲撃され、中止を告げる鐘が鳴った直後――反乱軍が蜂起した。 さらに帝都の大鐘楼を鳴らし、それを合図に四つの門を封鎖したという。 以来、『第二の鐘』は反乱の合図として語り継がれている。
「皇宮周辺には、すでに我々の兵が配置されている!」
「陛下。抵抗など、もはや無意味ですぞ!」
皇帝は何も答えない。その時だった。
ギィィィ……。
謁見の間の大扉が開く。
「ずいぶん勝手な真似をしてくれたものだな」
「――っ!?」
侯爵たちが一斉に振り返った。そこに立っていたのは――。
コメント
1件
みぅです🤍🥀 読み終わったよ…。 「妻からの命令ですわ」っていうシーン、めっちゃ好き…。カイル殿下がまだハンカチ持ってたのも、リリアが背伸びして整えたのも、全部が切なくて尊かった。今思うと、あのやり取りが最後の平穏だったんだね。 その後の襲撃、展開が早くて心臓がバクバクした…。鐘が鳴って、もう第二の鐘も鳴るって言われた時の絶望感。でも最後の扉が開くシーンで「待って誰!?」ってなった!続きが気になりすぎるよ…🥀