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柏木さんが去った後も、私の心には鉛のような違和感が残っていた。
『俺には心に決めた人がいる』
徹さんは一年前に、そう言って他の女性を拒絶した。
けれど、私と徹さんが「偽装」として出会ったのは、そのずっと後のこと。
(……一年前、徹さんは誰を想っていたの?)
その日の夜
残業を終えた私は、徹さんの車で送ってもらう道中、どうしても抑えきれずに切り出した。
「……徹さん。柏木さんが言っていたこと……」
「……」
ハンドルを握る徹さんの指が、わずかに白くなる。
「一年前、徹さんが『心に決めていた人』って……誰だったんですか?」
徹さんは車を路肩に止めた。
街灯の光が車内に差し込み、彼の表情を半分だけ照らし出す。
「……結衣。君は、自分の影響力を分かってなさすぎる」
「え……?」
「一年前のあのパーティー。……俺は、親の勧める縁談を断るための口実を探していた。でも、その時ふと思い出したんだ」
「……給湯室で鼻歌を歌いながら、一生懸命カップを洗っていた君のことを」
徹さんは自嘲気味に笑い、私の方を向いた。
「名前も知らなかった。部署も違った。でも、あの殺伐とした会社の中で、君だけが俺の目に焼き付いていたんだ。だから、口実なんかじゃない。あの日俺が言った『心に決めた人』は……まだ話したこともなかった、君のことだよ」
衝撃で、息が止まりそうになった。
「偽装彼女」の依頼は、偶然なんかじゃなかった。
エレベーターでの事故だって、彼にとっては私に近づくための「千載一遇のチャンス」だったのだ。
「……怖がらせたかな。俺、君が思っている以上に、最初から君に執着してたんだ」
徹さんの手が私の頬に触れる。
その指先は、独占欲で少しだけ震えているように見えた。
けれど、そんな告白の余韻を切り裂くように、私のスマホが震えた。
メッセージの送り主は、柏木湊
『徹の「一目惚れ」なんて綺麗な話を信じちゃダメだよ。あいつが君を手に入れるために、あの会社で何をしたか……。明日、ゆっくり教えてあげる。二人きりでね。』
画面を見つめる私の指が凍りつく。
徹さんの愛は、純愛なのか、それとも、もっと歪んだ「執着」なのか。
「結衣? 誰から?」
徹さんの瞳が、一瞬で冷徹な「高橋徹」に戻る。
スマホを奪い取らんばかりの勢いで私の手元を覗き込もうとする彼を見て
私は初めて、徹さんの愛に、甘美な震えを感じていた。
#ワンナイトラブ
おまる