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#ワンナイトラブ
おまる
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「……お待たせ、結衣ちゃん。いや、田中さんって呼ぶべきかな?」
翌日の昼休み。柏木さんに呼び出されたカフェに向かうと、彼は不敵な笑みを浮かべて座っていた。
「どちらでもいいです…柏木さん。それよりなんなんですか、あのLINEは。徹さんが、私のために『何をした』っていうんですか?」
単刀直入に尋ねる私に、柏木さんは手元のタブレットで偽造された人事記録を見せてきた。
「君が今の部署に選ばれたのは、徹が裏で手を回して他の候補者を蹴落としたからだよ。あいつは君を手に入れるために、他人の人生を狂わせるような男なんだ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が冷たく……なることはなかった。
代わりに湧き上がったのは、徹さんに対する信頼と、目の前の男に対する静かな怒りだった。
「……柏木さん。徹さんは、そんな卑怯なことをする人じゃありません」
「おめでたいね。あいつの外面に騙されてるだけさ」
「徹さんは人を貶めるようなことができる人じゃありません…!困っている人がいたら誰でも助けてしまうようなお節介な人なのに、そんなことが……!」
「うっせぇな、黙って聞いときゃいいんだよ」
「え…っ」
「俺はお前もあいつのことも気に食わないわけ。幸せそうにしやがって……お前さ、あんな男じゃなくて俺を選べよ」
柏木さんが嘲笑うように身を乗り出した、そのとき
カラン、と小気味よい音を立ててカフェのドアが開いた。
「───そこまでだ、柏木。俺の婚約者に、出鱈目を吹き込むのはやめてもらおうか」
凛とした、けれど温かみのある声。
振り返ると、そこには迷いのない瞳をした徹さんが立っていた。
彼は迷わず私の隣に座ると、大きな手で私の肩を抱き寄せ、自分の方へと引き寄せた。
「徹さん……!」
「ごめん、結衣。怖い思いをさせたね」
徹さんは私に優しく微笑むと、次に柏木さんを射抜くような鋭い視線で見据えた。
「柏木。お前が上海で成績を落とし、その焦りから俺を蹴落とそうとしているのは知っている」
「だが、そのために結衣を利用するのは許さない。……人事記録を改ざんしてまで嘘を吐くとは、随分と落ちぶれたものだな」
「……ちっ、お見通しってわけかよ」
柏木さんは忌々しそうにタブレットを引っ込めた。
彼の動揺が、柏木の言葉がすべてデマカセだったことを物語っていた。
徹さんは私を抱きしめる腕に力を込め、宣言するように言い放った。
「結衣がこの部署に来たのは、彼女自身の努力と実力が評価された結果だ。俺は、その頑張る姿を見て恋に落ちた」
「……お前のような、愛を道具にする男に、俺たちの絆を壊せると思うな」
徹さんの腕の中は、驚くほど温かくて安心できた。
恐怖なんて微塵もない。
あるのは、この人についていけば大丈夫だという、確固たる安心感だけ。
「……もう行きましょう、徹さん。仕事に戻らなきゃ」
私が徹さんの手を握り返すと
彼は少し驚いたように目を見開き、それから今日一番の優しい顔で頷いた。
「ああ。行こうか、結衣」
店を出て、青空の下を二人で歩く。
「徹さん。私、一瞬も疑ったりしませんでしたからね……!徹さんが優しい人なのは私がいちばん分かってますから」
「……っ、ありがとう。結衣が信じちゃったらどうしようってすごく不安だったから……っ、結衣にそう言ってもらえるのが、何よりの救いだよ」
私たちの手は、これまで以上に強く結ばれていた。
柏木さんの仕掛けた罠は、皮肉にも私たちの「純愛」をさらに燃え上がらせる結果となったのだ。