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貴方は考えたことがあるか?
この私たちの生きる世界以外で、もうひとつの世界があること。
もうひとつの世界は、 私たちとは違う。
”道化師”が存在する。
道化師とは、人々に希望を与えるための存在。
個々が持つ超能力を使い、時に救い出す。
貴方たちが気づいていないだけ、本当は、道化師は貴方の日常に紛れ込んでいる。
偽名を使い、声も、超能力も隠して一般人に成りきっている。
誰にもバレないよう、救う。
それが彼ら道化師の使命である。
そして、その道化師たちが集結した組織が、別世界には存在する。
彼らは選ばれし者。
人の涙を笑顔に変える、もうひとつの神話。
その名を――
《ルミナス・シアター》。
今日も、密かに会議室机では、彼らの話し合いは進む。
部屋には大きな鏡がひとつ。
それは“こちらの世界”の様子を映し、また世界から世界へと転移できる、言わば 彼らの窓。
細身で銀髪の、吊り目が特徴的な男は、机に肘をついて、ため息を零した。
「最近は、自害者も増えている。これは大きな問題だ。早急に手を打たねば。」
「どうしてこうも、自分から命を絶つのかな?」
金髪の女は、髪を指で弄びながら、楽観的に呟く。
「僕はあっちで教師をしてるけど……高校生たちの心は、まるで迷路だ。どう対処すればいいのか。」
「それはお前の超能力でどうにかしろ。……それより。」
銀髪青年は、鏡の方を指す。同時に部屋にいる数名の道化師も、そちらを向く。
そこに映るのは、年嵩十五、六程の少年。
教室と見られる場所で、顔を俯かせている。
六弦琴のような低音で、銀髪青年は語り始める。
「この人間、そろそろ危ない。早く行動に移さねば、精神が限界を迎える。
……命の音が、もう枯れかけている。」
「……可哀想だねぇ。」
「そんな能天気になっている暇などない。救うのが――我らの使命だ。」
目を静かに瞑り、青年は腕を組んで、尋ねるように、よく通る声で喋りだした。
「さて、本題だ。この少年を救い出す任務、承諾してくれるやつー?」
半ば感情のこもっていない、気だるそうな声。
だが誰も動かない。
……。
沈黙。
まるで声が届かないかのように、反応はない。
これは決して、仕事が“面倒”などといういい加減な理由ではない。
「……なぁ、誰か。」
「アタシは無理。今すでに仕事で山積み。」
「右に同じく。」
「僕もー。」
チッ。
銀髪の青年は舌を鳴らし、ぎらりと目を伏せた。
「……まじか。」
――その時。
コン、コン、コン。
会議室の扉が、軽く叩かれた。
ひょっこりと、紅い目が隙間から覗いた――次の瞬間。
バアアアァン!!
まるで噴火でも起きたかのような衝撃音。
扉が勢いよく開かれた。
会議室に飛び込むように現れた少女は、
その部屋の空気を、まるで吸い取るように一瞬で変えた。
「――私が行く!」
視線が、一斉に彼女へと向けられる。
黒髪眼鏡が、嫌悪の色を見せる。
「……お前。」
突如、部屋に割り込んできた少女の装いは、
白と黒のモノトーン。
裾の広がった短いスカートに、左右で色の違うタイツ。
けれど胸元に結ばれたリボンだけが、血のように鮮やかな紅だった。
まるで、世界の“色”をその一点に集めたように。
そして、手には――。
一冊の分厚い帳面に、羽のついた万年筆。
黄緑色の髪を少し整えた後、歩み始める。
周りの者は、彼女の名前を呼び、批判を始めた。
「あんた、アリス・フィアレス?
まだあんたはこの組織でも認められていないわ。救いに行くことができるのは、道化師として認められた者だけ。」
「そうだ。お前みたいな半人前に行かせるわけ、認めない。」
アリスと呼ばれた少女は、自信ありげに笑った。
「貴方たちが認めなくても、構わないわ。
今からリンネに許可を貰ってくる。
そしたら、もう半人前じゃない――でしょ?」
反論は、ない。
なにか言いたそうにして、直前で皆、抑え込む。
こればかりは、この場の中心である、銀髪青年のリンネに委ねるしかない。
リンネは、アリスを睨み、試すように問う。
「自分を犠牲にして、救う覚悟はあるか?」
アリスは、クスッと口元を抑えた後、こう答えた。
「犠牲になるんじゃない。救うのよ、ちゃんと全部ね。」
「……。」
さぁ、どうする。
このまま彼女を追い出すか? それとも行かせるか。
これは未来の分岐点だ。生半可な気持ちで結論を出すのは間違いだ。
それに、アリスの能力は――。
沈黙を、破ったのはリンネだった。
「……いいだろう。」
すんなりと、だが迷いのない声音。
アリスとリンネ以外の人々は、血相を変えて身を乗り出した。
「ちょっと!そんなのアリなの!?」
仲間たちの抗議が飛び交う中、
リンネはまるで聞こえないかのように、静かに頷いた。
「いいだろう、アリス・フィアレス。
――行ってこい。」
「……!」
アリスの表情に、確かな光が宿る。
その瞬間、彼女の手の中の万年筆が淡く輝き、羽根がひらりと震えた。
「はい! 私、アリスが――救ってみせる!」
くるりと一回転。
喜びを隠せない笑顔でスカートを揺らし、鼻歌を零す。
リンネは、わずかに口角を上げながらも警告を忘れない。
「だが、自分が“別世界”から来たことは話さないように。あと――」
「分かってる!」
アリスは笑顔のまま遮った。
だが、その声に“理解”の気配はない。
リンネは思わず眉間を押さえた。
「……絶対わかってないな。」
それでも、止めることはできなかった。
アリスは一目散に鏡の前へ駆け寄り、
不器用な手つきで、鏡面をそっと撫でる。
すると――
光の微粒子が舞い上がり、鏡面が波紋のように揺れた。
同時に、アリスの身体も輪郭を失い始める。
「あっ、おい! 待て、アリス!!」
「大丈夫! ちゃんと救ってみせるから――!」
彼女の笑い声と、光だけが残り、
次の瞬間、アリスは鏡の中に吸い込まれて消えた。
静寂。
残された者たちは、ただ呆然と硬直するしか無かった。
やがてリンネが、低く呟く。
「……あの子、本当に“救える”のか。」
リンネは、なにかを思い出したように本棚へ歩み寄り、
一冊の記録書を取り出した。
ページをぱらぱらとめくり、目当ての項を指でなぞる。
「……アリス・フィアレス。超能力は、現実改変。」
その言葉を噛み締めるように、リンネは再び鏡を見つめた。
鏡の向こうでは、まだ光の残滓がゆらめいている。
「これが吉と出るか、凶と出るか……」
小さく息を吐き、目を伏せる。
胸の奥に沈んでいく不安を押し隠すように、
リンネは静かに呟いた。
「――頼むよ、アリス。」
そして、部屋には静寂だけが残った。
まるで、世界そのものが息を潜めているかのように。
これから始まるのは、純粋無垢な少女が“現実を塗り替える”救済の物語である。
次回、お楽しみに。