「明日から、詩歌ちゃんは何があっても絶対一人で出歩かない事。誰か訪ねて来ても詩歌ちゃんは応対しなくていい」
「……はい」
「何処へ行くにも、俺たちの誰かと行動を共にする事。買い物に出掛けても、絶対傍を離れない事。これは必ず守ってね」
「はい、わかりました」
詩歌を捜しているのは組織の人間なので、用心するに越した事はない。これまでは一人で留守番をする場面も多々あったけれど、住んでいるマンションをいつ突き止められるか分からない事もあり、今後郁斗が留守の間は必ず美澄か小竹が付いている事になった。
「それと、この話を詩歌ちゃんに聞かせるべきかは迷ったんだけど、知る義務があると思うから話すね。詩歌ちゃんの義父は売春斡旋に深く関わってる。四条とも、その繋がりで知り合ったんだ」
「義父が、そんな事を……?」
郁斗の話を聞いた詩歌は衝撃を受ける。利益の為に引き取られた身ではあるものの、ここまで育ててくれた義父が犯罪に手を染めていた事はショックだったようだ。
「マジですか、それ」
「それじゃあ、苑流や黛組もそれに関わってるって事ですか?」
「ああ。だから花房は詩歌ちゃんの捜索願いを出せなかった。色々探りを入れられる事を恐れたんだろうね」
「最低な奴らだな」
「とにかく、奴らは危険なんだ。女子供だからって容赦するような人間じゃない。それに……花房や四条は詩歌ちゃんを連れ戻したいだけなんだろうけど、黛組や苑流の考えは少し違うんだ」
「それって、どういう……」
「…………怖がらせたくなかったからあまり言いたくは無いんだけど、組織の連中は詩歌ちゃんを見つけたら、花房たちに引き渡すつもりは無い」
「え?」
「黛組の組長――黛 弥彦は、斡旋した女から好みの女を引き抜いては自身の屋敷に囲ってるんだ。まるでコレクションでもするかのように」
「……そんな……」
「詩歌ちゃんはそんな黛の好みの女に条件が当てはまるから、間違いなく黛の元へ送られる」
恭輔から花房たちが裏でしている悪事を知った郁斗は情報屋から更に詳しい情報を聞き出し、そもそも売春斡旋を始めたのも、全ては黛 弥彦が好みの女を集めたいが為に行われているという事実を知る。
そして、彼の好みが詩歌のように容姿が整っていて、穢れを知らない純新無垢なお嬢様だという事も。
それを踏まえると、そもそも黛が花房に近付いたのも詩歌が狙いだったのではと郁斗は考えていた。
花房を信用させて裏で色々と手伝わせ、どこかのタイミングで花房や婚約者から詩歌を奪うつもりでいたのだろうから、黛にとって今回の詩歌の家出は願ってもない事だったのではないかと。
「だけど、それじゃあ花房たちは?」
「黛組は詩歌さんを見つけても、花房や四条には黙っておくつもりなんですか?」
「いや……恐らく、花房や四条が売春斡旋の首謀者と密告されるか、組織に消されるかの二択だろうね。まあ俺としては、後者だと思うけど」
郁斗のその言葉に、一同は絶句した。
「私が黛組の方に捕まれば……義父や四条さんは……殺されてしまうかもしれない……という事なんですね……」
「ああ、恐らく……」
このような話は詩歌にとって全てが衝撃的過ぎて、なかなか頭の中が整理し切れていないようだ。
そして、自分は本当に無事でいられるのか、不安でたまらなくなっていく。
そんな詩歌に郁斗は、
「大丈夫、怖がらなくていいよ。俺が必ず、詩歌ちゃんを守るから。信じて?」
横に座っていた詩歌の身体を引き寄せると、優しく抱き締めながら『必ず守る』と言った。
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