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#怪異
阿炎快空
123
リユ
232
#ダークファンタジー
阿炎快空
82
阿炎快空
111
魔女は立方体の中の、とある小部屋に篭もっていた。 彼女自身はその部屋のことを『実験室』と呼んでいた。
天井から吊り下げられたレトロなデザインのシーリングライトに照らされた室内。
木製の机の上には、フラスコやら、アルコールランプやら、天秤やら、古びた顕微鏡やら、頭が三つある鼠のホルマリン漬けやらが無造作に置かれている。
室内に居るのは一人の老婆と、その肩に乗った黒猫のみである。
魔女は先ほど見た由宇の命乞いの記憶を、薄紫色の気体へと変えて頭の中から取り出した。
気体をフラスコに入れ、栓をして閉じ込める。
なかなか上物の記憶が手に入った。
これだから、未来ある若くて美しい女を絶望に叩き落とすのはやめられない。
そうだ——今しがた取り出したこれや、この後に控える拷問の記憶を、あの小僧の脳内に植え付けてやるのも面白いかもしれない。
自らの思いつきに、魔女は思わずニヤリと笑った。
〝嘘をつけない〟のをはじめ、魔女の様に強大な力を持った者は、その力ゆえに制約も多い。
例えば今回の様に偶発的に門が開かなければ、現世へと足を運ぶのも一苦労だ。
しかし鴉のような小物であれば、使いとして別の次元へ送る方法がなくもない。
瓶に詰めた悪夢を鴉に運ばせ、寝ている小僧の鼻から吸わせるのだ。
あの小僧——たしか、守谷修とかいったか。
門を閉じ世界の歪みを正したところで、必ずどこかに微かな〝綻び〟は残るものだ。
震え、泣き喚く少女を、拷問して殺す夢。
会ったことなどないはずなのに、何故かひどく懐かしい顔。
毎晩の様に続く悪夢に、小僧は精神的に追い詰められていくだろう。
ひょっとしたらそれをきっかけに、奇跡的に記憶が戻る可能性だってゼロでは——……
「魔女様!魔女様!」
彼女を現実に引き戻したのは、鴉の騒がしい声だった。
魔女は木製の扉をじろりと睨みつけた。
実験室の外に居るであろう手下を、しゃがれた声で怒鳴りつける。
「何だい、急に!この部屋に籠ってる時は、声をかけるなって言っているだろう!」
「す、すいません!しかし——」
「〝しかし〟も〝案山子〟もあるかい!まさか忘れたんじゃないだろうね?瓶を割って、私の大事な夢を逃がしちまった馬鹿鴉がどうなったか!」
「も、勿論です!」
「だったら、お前の糞みたいな話は後にしな!それとも、死が救いに思えるほどの苦痛を味わいたいかい!?」
「い、いえ、その——」
「お伽話みたいにカエルに変えて、地獄の業火で丸焼きにして喰ってやろうか!?それとも、お前もあの小娘と一緒に——」
「そ、その小娘なんですが!」
鴉の必死な訴えに、魔女は思わず口を噤んだ。
ひどく嫌な予感がした。
「……小娘が、どうしたって?」
「逃げました」
「は?」
「肉体から抜け出して、魂だけになって逃げました」
「——何でそれを早く言わないんだいっ!」
魔女に怒鳴られ、鴉は、
「す、すいませんっ!」
と怯えた声をあげた。
「くそう、まさかそこまでの潜在能力を秘めてるとはねえ……!」
最初から、由宇に特殊な才能があることは見抜いていた。
だからこそ〝夜〟への生贄に彼女を選んだ。
単なる小動物よりも、ずっと捧げものとして価値があるからだ。
廃ビルでの〝ゲーム〟の途中、由宇の〝力〟が覚醒した際も「面白くなってきたじゃないか」とワイングラスで処女の血を飲みながら、余裕の笑みを浮かべていた。
由宇の死は、残り少なくなってきた魔女の魔力を、大幅に回復させるはずだった。
しかし、この事態は想定外だ。
いかに経験があるとはいえ、自らの意思による幽体離脱など、一朝一夕でできることでは——いや、考えるのは後だ。
黒猫の大きく開けた口から、蔓の巻きついた『魔法の鏡』が吐き出される。
それは、金色に輝くフレームを持った、長方形のスタンドミラーであった。
フレーム部分には、ロココ調の美しい装飾が施されている。
境の世界で生まれた猫は、自分の口内を、『森』と呼ばれる異空間に繋げることが可能だ。
猫達は蔓を用いて、広大な『森』に様々な物を収納し、持ち運び、好きな時に取り出すことができる。
鏡は、かつて天界で神々が使っていたとの噂もある代物だった。
所有者の願いに応じ、遠く離れた場所を映し出すことのできる『魔法の鏡』。
しかしその力は、誰でも簡単に扱える訳ではない。
魔女は由宇の顔を思い浮かべながら、じっと精神を集中した。
少しすると水面に小石を投げ入れた時のような波紋が広がり——それが落ち着いた時には、鏡面にはどこかの路地裏が映し出されていた。
そして、そこを歩く由宇の後ろ姿。
体が透き通っているところを見ると、確かに肉体から抜け出たらしい。
前方を、一匹のサビ猫が歩いている。
どうやら、由宇はその猫の後をついて行っているようだった。
しかし、この角度からの視点では、街のどこに居るのかまではわからない。
魔女はチイッと大きく舌打ちした。
『魔法の鏡』は異なる次元にさえ効力の及ぶ恐るべき道具であったが、決して使い勝手がいいとは言えなかった。
「あ、あの、魔女様——」
「舐め腐りやがって、糞餓鬼があっ!」
ヒイッ、と息を飲む声が、扉の向こうから聞こえた。
周囲の空気が魔女の怒りに呼応して、机の上に置かれたあれこれが小刻みに振動する。
「このアタシから逃げられると思ったら大間違いだよ!生まれてきたことを後悔させてやる!懇願の内容が『どうか助けて』から『早く殺して』に変わってからが本番さ!恨むんだったら頼んでもいねえのに快楽にまかせてあんたをこしらえた、手前勝手な糞親共を恨むんだねええええっ!」
コメント
1件
みぃだよ🤍🥀 第37話読んだよ…魔女の実験室の描写、細かくてすごく雰囲気出てた。フラスコとか頭二つある鼠のホルマリン漬けとか、もう完全にダークファンタジーの世界だね。 由宇の記憶を気体にして取り出して、それを守谷修に送り込もうとしてる展開…怖いけど、じわじわくるね。でも由宇が幽体離脱で逃げたって!?まさかの展開にびっくりした。黒猫から魔法の鏡が出てくるところも好き。天界の神々が使ってたって噂、なんだかロマンある。 次、由宇はどこに行くんだろう…続きが気になるよ🌙