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episode ショウ ━━━━━━━━━━━━━━━
シアンとの出会いは俺が勇者と言われるようになる幾分か前にまで遡る。
初めてシアンと会話したのはこの世界に俺が来てから5年後だった。
気づけば理由はわからないが全く聞いたこともない妖精霊の泉の中に浮かんでいた処をシアンが俺を背負って魑魅の森という妖の類ばかりが棲みついている場所にあるウツロの元に運んだらしい。
俺は助けてもらったことを居候元の家主であるウツロから目を覚ました後すぐに聞いた。それから俺は5年間程シアンとは出会うことはなかった。その間はウツロの家でこの世界について教えてもらったり、森に棲んでいる鬼や天狗達から生き抜くための武術を習ったりその力を応用して外から来る魔物や獣を飼ったりそれなりに有意義に過ごしていた。
「なぁウツロ!魔物とウツロ達って何が違うんだ?似たように不思議な力を使う時があるじゃんか?でもどうして似てるの力を持つのに魔物って言って敵対してるんだ?」
この世界のことをまだあまりわかっていない頃にこの質問をしたこともあった。彼女は一驚して耳と顔を上げ対面に座っている俺を見た。
「バカタレ。そもそもの創りが違うのさ!お前はあんまりわからないかもしれないが大元の我々の作り手の宿す力が違ったってだけさね。」
彼女はそう言って囲炉裏の真ん中に掛けられた鍋を掻き混ぜて時折啜っている。
「作り手?」
「神話の話はしただろう?もう何千年も昔の話だが…」
「天神様が大地を作ってそこに様々な魂を送った。それがこの世界に今生きてる魂全ての祖先だって話だろ?」
「そそ。みんな天神様に作られた魂の遺伝子を持って生まれてるってわけさ。だが残念ながら天神様ではない神の手によって生み出された魂達もいるのさ、それが魔物。アイツらは俗に言う魔王…闇の神によって作り出されちまって嫌がらせみたいに俗世に送り込んでくるのさ」
「なんでわざわざ送り込むんだよ?」
「世界を等しく照らす光と全てを飲み込む闇…二柱の神はお互いに嫌いあってるのさ。もうそれは運命のようにね」
アチチチッ!と声をあげながら彼女は自慢の九つの尾を膨張させていた。どうやら足に汁を零したらしい。近くにあった手拭いで古臭そうな青い着物をゴシゴシと拭いている。そうしてまたすぐに小さな手皿に鍋から汁を掬って啜り始めた。
なんだか難しい話は疲れるなぁなんて思っていたが鍋から立ち上がるいい匂いにその思考はすぐに止められた。
「味見ばっかしてないで早く食べようぜ」
「馬鹿者、味見が1番美味いのじゃろうが」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「おお、シアンか。久しいな!」
魔物狩り兼猟を終えて見慣れたウツロの家に帰ると長い石段を越えた鳥居の先に見慣れない人の背が見えた。
スラリとした立ち姿にしゃんと伸びた背。細い深緑色の髪が一束にまとめられて長く垂れて風にさらさらと揺れている。腰には右側に銀の短剣、左側には笛のようなものがぶら下がっていた。
シアンと呼ばれたその人は俺に気がついたのか俺の方へ振り向いた。
「君は…」
「覚えておらんか?お主が数年前に森で助けた童じゃ」
彼女の後ろにいたウツロがそう問いかけると顎に手を当て数秒程思案した後にあぁ、あの時の…とハッとした顔をした。
「生きていたんだね、すごいね君。」
「この子の名前はシアンじゃ。シアンはワシと古くからの仲じゃ」
「俺はショウ!」
彼女に名を伝えると白い手が自分に向けて伸びてきた。
「シアン・アミーラです…よろしくお願いしますね」
これがシアンとの出会いだった。
episode ナラ ━━━━━━━━━━━━━━━
私の知っているシアンは人と交わることを好んで行うような姿をしたことなどなかった。
妖精霊の泉の近くで久しぶりにシアンに出会った。シアンはたまに私の生まれ故郷のカヴンに定期的に訪れていた。カヴンの人は伝統と教えを守るためにあまり外との交流を持とうとしないのだがシアンは例外であった。何故ならば彼女は誰もが認める吟遊詩人だったからだ。誰よりも多くの古の歌を繋ぎ伝え続ける彼女と笛の演奏技術を古を愛するカヴンの魔女たちは認めていたからだ。
「た、助けてー!」
妖精霊の泉へ向かうために魑魅の森に入ったはいいが迷ってしまい挙句の果てに悪戯好きな天狗達が作った可能性の高い落とし穴に気づかずにまんまと落ちてしまい動けなくなっていたところに人の声が聞こえた為にSOSを発していた。
「シアン!誰かが叫んでるぜ!助けろだって!」
「ふむ…こんなところに人がいるとは物珍しいものですね」
「とりあえず早く向かってやろうぜ!」
「魔物の罠でなければいいですが…」
足音が近づいてきている。そして現れたのは黒髪短髪の男の子と見覚えのある黄色い瞳の持ち主だった。
「シ、シアン!!た、助けてー!!」
「ナラ??どうしてこんなところに?」
「なんでもいいから早く助けてー!!!」
地表に大きな口を開けている穴の縁から覗き込んでいるシアンに早く早く!と催促をすると彼女は紐を垂らしてくれた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「助けてくれてありがとう」
穴から出た後に三人で移動して落とし穴から少し離れた場所でシアンが焚き火を焚き始めてキノコを焼いている。
穴に落ちてから時間がかなり経っていたようでもう夕暮れが深く段々と夜の顔を空が少しづつ覗かせていた。
「まじで俺とシアンが通りかかってなかったらやばかったな」
「ほんとにほんとに!!私もうあの穴で死んじゃうんじゃないかって思っちゃいました…気づいてくれてほんとにありがとう!」
「いいって!俺はショウ!シアンと一緒に旅に出てるんだ!」
「ええー!シアンと!?あれだけ色んな人に誘われてたのにずっと断ってたシアンが!?」
私は驚いた。シアンはカヴンの街に来てもあまり人と絡もうとしない人だった。たまに街の子供たちから外の世界のお話聞かせて!と言われて旅の話や昔の歴史を教えてくれたり、古い歌を笛を吹いて聞かせてくれたり教えてくれたりはしたが自ら進んで話すタイプではなかった。あくまで質問された事を返答するだけだった。
たまにどこかで怪我をした別の旅人達を助けて街に連れてきて手当をしていたこともあったがそれ以上の関係値を築こうとはしていないように見えた。彼女は左腰の笛を吹いて怪我を癒したり眠りにつかせたりすることができた。昔その力を不思議がって質問をしてみると彼女は「古の歌には神の力がある」と言っていた気がする。その不思議な力と旅の経験を買って一緒に来ないか?とシアンは他の旅人に誘われていたが彼女は首を横に振るだけであった。
「まあ俺も1度目は振られたけどなっ!」
「2度目でよくOKを貰ったね…シアンはなんで付いていこうと思ったの?」
あれだけ頑なに他人と旅に出なかった彼女。何か心変わりでもしたのだろうか?
私は目の前でじぃっとキノコに集中しているシアンに質問した。彼女は私の声に気がついて目線を私に合わせてすぐに火に目を戻した。彼女は少し口を開けてぼそっと呟いた。
「…いにしえの縁が繋いでくれたんですよ」
私は次の日からショウとシアンと一緒に旅に同行することにした。元々の旅の目的が各地を巡って知見を得ることだったので特段目的が変わるということはない。古き祖先の偉大な魔女ユーレン様も本の中でこう仰っていた。「人は色とおなじ。交わることで新たなる世界を彩ることが出来る」
偉大な御先祖様の有難い教えに従い私はシアン達と長い時間を共にすることにした。
episode ヤシュム ━━━━━━━━━━━━━━━
シアンは色んな意味で強い。
サキュ一番の都市 タカキビの門番をしていた頃のとある日の昼だった。広大な砂漠を超えてきたであろう3人組がへたへたの状態で門をくぐろうと僕の横を通り過ぎようとしていた。それは普通のことなのだけれど横目に見えてしまったモノを二度見してしまった。緑髪の女の背に見慣れないものが見えたからだ。
振り返り見てみると彼女の背中には色鮮やかな羽を持つ鳥が足をくくり上げられて黒いリュックの持ち手部分から吊り下げられていた。ん?あの鳥…あれは!!!
「なぁシアン!その鳥食おうよ!!」
「ダメですよ!この鳥はガナールと言う砂漠にいる鳥の魔獣です!!この綺麗な羽は高く売れるんですよ!」
「良いとこ羽だけかよ…なぁ!俺お腹すいた!!」
緑髪の女の両隣にいる黒髪短髪の餓鬼と金髪碧眼の三つ編みの少女がやいやいと言い合っているようだ。
「なぁ!シアンー!俺もう腹減って死にそうだ!それ食おうよ!」
「だーかーらー!!!」
まだ言い合いは終わらない。やいやいと言っている2人の声に紛れそうな小さな声で彼女は言った。
「この鳥、羽だけ売ってあとは捌くからそれぐらいは待って…」
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仕事終わりに見慣れた石造りのタカキビの町を歩く。明日は久しぶりの休みで実家の生業も手伝えるかなぁ…なんて思いながら無意識にいつもの酒場に向かっていた。
「ん?」
珍しく薄暮の空の下に人集りができていた。夜は酒飲みの男達ばかりになる飲み屋通りの一つ前の通りで女子供が珍しく集っていた。人集りの奥からは笛の音が聞こえる。音に誘われるように足を運ぶと昼間に出会った緑髪の女が笛を吹いていた。
他所の地方の楽器から鳴る美しい旋律が夜の近づく町をいつもとは違う雰囲気へと彩っていく。
女は一心に指を動かし新しいメロディを紡いでいく。周りの人々も美しい曲と洗練された指使いに夢中になっていた。
そう。頭上から響く魔獣の羽音に気づかないほどに…。
緑髪の女はぴたりといきなり指を止めて笛を袋に入れてズボンのベルトループにかけられたキーリングに袋の紐を引っ掛けた。そしていきなり背中の弓と矢を取り出したかと思うと気づいた時には矢は空高くを舞っていた。数秒後に空から黒い羽の大型の蝙蝠のような魔獣が複数匹矢に刺さった状態で落ちてきた。人々が騒めく中緑髪の女は矢筒から新しい矢を取り出し落ちてきた魔獣をツンツンとし始めた。
「…ポポバッドか、あまり肉は取れないな。いや待て確かこれは」
女は自分のカバンから紐を取り出して魔獣たちの足を括りあげていく。その間もずっと真顔である。そして彼女は先程まで自身の演奏を聞いていた客にこう聞くのだった。
「すみません、素材屋が近くにありませんか?この素材をギル(お金)に変えたいので」
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「どうもご丁寧にありがとうございました」
俺はあの後この緑髪の彼女、シアンを近くの素材屋に連れていった。彼女はどうやらあの魔獣が薬の素材になることを知っていたらしく旅の費用に変えたらしい。あの魔獣はポポバッドといって少しすばしっこくその上砂漠の空を羽ばたいてキラキラと光る物を好んで奪っていくため宝石商を行っている我が家では忌み嫌われている。
素材屋から出てきた彼女は「思ったよりは少し高めに弾んで貰えました」と少しだけ嬉しそうな声だった。僕は素材屋から出てきてすぐにどこかに行こうとしたシアンに少しだけ待ったをかけた。彼女から色々と話を聞きたくなったのだ。
「しかし、こいつがよく薬の素材になるなんて知ってるな!僕生まれてこの方ずっと砂漠にいるけど聞いたこと無かったぜ」
「すばしっこくてあまり捕まえるのが難しいですから。素材になるのは昔カヴンに訪れた時に魔女の方に教えていただきました」
「へぇー!でもよく速いアイツらを撃ち落とせたな!なんかコツでもあんのか?」
「いえ…特には…恐らく私の笛でも狙っていたのでしょうから飛行スピードが幾分か落ち着いてたので狙いやすくはありました」
「いや、でもすげぇよ!一瞬であんだけの魔獣を撃ち落とすのは中々出来ねぇし!」
「…ありがとうございます」
彼女は控えめにそう言った。そして少しの沈黙の後に僕の腹の虫がきゅるると鳴った。
「す、すまねぇ…仕事終わりでお腹減ってるんだ」
「なるほど、よかったらこれ食べますか?」
彼女はカバンから干し肉のようなものが入った瓶を取り出した。
「これは何かの肉か?」
「ボーの肉です。前ボーに出会った時に捕まえて作ったものです。保存食として沢山持ち歩いてるのでよければ」
「あんなデカイ牛の魔獣よく倒したな!」
ボーは体長は3メートル近くある大型の魔獣で凶暴であったはずだ。昔学校の図鑑で読んだことがある。
「まあ、慣れればなんとか…旅の仲間も助けてくれたので捌くのも楽でした」
そんな大型魔獣を慣れればの一言で倒して干し肉にしてしまう彼女はさも普通のことを言っているような顔で淡々と告げる。この女…色々と…
「私のことは気にせず食べてください。道案内のお礼というと安すぎるかもしれませんが私にはこれぐらいしか出来ませんので…」
彼女はそう言うと近くのベンチに座り瓶を開けて僕に向かって干し肉を差し出す。空腹に負けた僕は彼女の隣に座り暫し肉を食べた。
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俺は次の日シアンの宿屋に朝一番に向かい実家の宝石商の護衛の依頼を頼んだ。彼女の戦闘の腕を買ってお願いした。彼女は「戦闘練習にもなりますしいいかもしれませんね…」と言い彼女は受け入れてくれた。シアンと共に旅をしている少年と可憐な少女は彼女とは対照的でとても元気がよくわたわたとしていたがとてもいいヤツらだった。
「ヤシュムさんはお兄さんを探されているんですね」
「嗚呼、ある晩から兄貴が帰ってこねぇんだよ」
「ヤシュムの兄さんはどうしていなくなったんだ?」
「それもわからねぇんだよ。俺は槍の使い手として門番からだけど国仕えにならないか?ってお偉いさんに言われてさぁ、そっからはほぼほぼ門番仕事勤めだったから実家業は兄貴に任せてたんだけど…3ヶ月前ぐらいの晩に外に出たっきりなんだよ…」
「心配だね…」
俺はシアン達に兄貴のことを話した。最近は真黒石という黒い石がよく売れていてそれを目的に狙う輩が多いため対策に追われていることも。
「ま、とりあえず今日は賊に襲われないことを願いながら頑張ろうや」
灼熱の太陽の下、僕たちは途中の休憩地点まで護衛に付いた。
その途中ほんとうにシアン達を今日の護衛として連れてきて良かったと思った。俺一人だけで護衛をしていたら恐らく宝石の運び人も俺自身も対処しきれなかったと思う。彼女の弓捌でなければ命が大変なことになっていただろうし少年の荒いが強い力から振りかざされた大剣も、可憐な少女からは想像もつかない強大な魔力から生み出された魔法攻撃もとても頼りになった。僕はシアンがとっちめた賊から兄貴がどうなったか聞いてしまった。賊は低俗な魔人であった。魔王から真黒石を集めるように言われたらしく宝石商を狙っていたらしい。
「真黒石ハ闇ノ力ヲ封ジタ特別ナ石…コレガアレバ我々ノ力モ増幅シ、魔王様モ昔ノヨウニ強クナレルノダ。アノ男ハソレニ気ヅキ真黒石ノ事ヲ聖職者ヲ呼ビ寄セ消ソウトシタ!ダカラショウガナカッタノダ!!フン!私ガ死ノウガモウ魔王様ヲ誰モ止メラレン。人間ナド簡単ニ…今ノ内ニ現世ヲ楽シム事ダナ!!」
シアンに短剣を首元に当てられた瀕死の魔人はそう吐き捨てた。魔人、それは魔獣よりも恐ろしく強く知能のある人型の魔族だ。古くから人を攫ったり、村を焼いたり国を滅ぼそうとしてきたそうだ。そして討伐しようとしても強い魔人は討伐隊でも手を焼いて最悪全滅もあるほどだ。奴等はイタズラ感覚で人を殺すし国を滅そうとしてくる。人との違いは角があったり耳の形が少し斜めにとんがっているぐらいだとされた。僕達を襲った魔人は角が生えて肌の色が青く酷く醜い肉の塊のような姿だった。
「なるほど。魔王の力が弱まっているのですね…そしてよかった、もう私など覚えていませんね」
シアンはそうぼそりと呟いて魔人にトドメを刺した。僕は立ち尽くすしか出来なかった。
真黒石。それはただの美しい黒い宝石ではなかったのだ。兄貴は石が魔族の力を増強させることにどこかで気づいて、真黒石が流通しているのを止めようとして尚且つ聖職者を呼ぼうとして消し去ろうとした。
恐らくたった一人で問題を解決しようとしていたのだろう。父からも母からもそんなことを聞かなかった。何も気づかせずに1人で死んでいったのだ。僕は余りの情報の多さで頭が回らなくなった。僕は何のために…門番になんかなるんじゃなかったとも考えた。呆然と立ち尽くす僕に対してショウは肩に手を置いて「敵討ち、しないか?このままお兄さんのこと受け入れられるわけないっしょ?俺達じゃ心許ないかもしれないけど力になりたい」と言ってくれた。
「なんで手伝ってくれるんだ?危ねぇぞ?」
「ヤシュムは護衛として雇った俺らに対してもさっき戦ってた時に危なかったら助けてくれたし!」
「そんだけで魔人討伐しようってなるのかよ…お前イカれてんな…」
「いや、ヤシュムのお兄さんが特に悪いことしてねぇのに殺されたのが許せねぇってのがデケェかな…俺もそういう目にあったことがあるからさ。強くなる、たったそれだけの為に人を殺すなんて有り得ねぇよ…」
ショウは魔人の近くに歩み寄りしゃがんだまま話し始めた。
自分は元々はこの世界の生まれでは無いこと。
恐らく元いた世界では肉体は死んでしまっていること。仲間だと思ってたやつに前世で殺されたこと。
「俺は刺された後に川に突き落とされたんだ、橋の上からな」
そして何の因果か妖精霊の泉に浮かんでいたとのこと。もしあの泉じゃなければショウは死んでいたかもしれないとシアンは言った。聖なる泉に浮かび傷が癒えるのが早かったのかもしれないとのこと。
「ヤシュムは許せるのか?兄さんがこうなったことを」
ショウは立ち上がり僕を真っ直ぐ見つめる。夕日に照らされた少年の眼は覚悟が決まっているようだ。どこか芯のある強い眼差しに僕はこう答えた。
「許せるわけねぇだろうが!」
その日から俺は門番ではなく旅人としてシアン達と合流することになった。
まさか真黒石が…深くその石に関わっていた兄貴はもう世界中どこにも居ないが兄貴の敵討ちをするぐらいならしても許される世界だろう。門番からただの槍使いになった僕は今日もシアン達と世界を歩き続けている。兄貴の仇をいつでも獲れるように槍の手入れをしておくか…
episode リープ・クーガー・フィーライン━━━━━━━━
他人に作ってもらった飯ほど美味いものはない。
同釜食えばなんとやら。
鬱蒼とした深い森と闇夜に広がるスパイスの香り。薪の燃える臭いがより一層美味しさを強く引き立たせている。
「くぁ〜!やっと飯が食えるぜ!」
「もうすぐ完成!!もうちょっと待ってね!」
「俺もう腹ぺこだよ…」
黒い鍋から立ち上がる湯気と共に鼻に入る美味しいにおいが空腹の身体にダイレクトアタックしてくる。鍋をナラとシアンが取り囲み切った食材を入れたりスパイスで味を調えたりしている。
「もう少しでオベロンとの境目ですけど、そこまでは野宿が続きそうですね。」
「しかしアンフェ地方ってのは人工物が全くないな。空き家もなけりゃ整えられた道もなけりゃ人も見当たらねぇ。普通は地方の入口ってなると管理のために誰かいるもんだけど人っ子一人僕らしか見たことがない」
砂漠を超えて緑が戻ってきた土を踏みしめて辿り着いたアンフェの入口。木々が生い茂る森をとにかくシアンの案内に進む。そこからというもの見たこともない景色ばかりで首をあちこちに動かしていたヤシュムは疲れて大の字に寝転んでいた。
「ええーっと?目指す場所ってのはこの地方の真ん中にあるって言ってたデケェ木だよな?」
ショウは地図を広げてアンフェ地方の真ん中を指さした。
「ええ…。アンフェ地方にはティタニアとオベロンという二つの地域で分かれています。ティタニアには女エルフ、オベロンは男のエルフが住んでいるんです」
シアンはお玉で鍋をゆっくりかき混ぜながらショウの質問に答える。
「何で分かれて住んでるんだ?」
「それぞれの総長様同士が喧嘩しているからですよ。元々は夫婦としてそれぞれの肉体と同じ性別のエルフをまとめていたけれど喧嘩をしてから完全別居状態でそのせいでオベロン、ティタニアと住み場所が分かれたそうです。だから元からわざわざ地名を分けていた訳では無いらしいそうです」
「ちなみに喧嘩の理由は??」
「…わからないんです。もう私が子供の頃にはとっくのとうに地方ごと分かれていましたから」
「ふーん、でもそういうのってもしかしたら超くっだらねぇ理由だったりするのかもな!」
「というと?」
「俺のかーちゃんも親父とくだらねぇ理由で言い合いしてたからな!仲はいいけどあーじゃねぇ!こーじゃねぇ!!って言ってる時もあるし。それが謝るタイミング見失って結局お互いに意固地になってそれっきりになっただけじゃないの?総長サマって人もさ」
「ふむ…」
シアンは近くに置いていたお椀に作っていた汁を入れて味見をした。少し考えたような顔をしてうんと頷いた。どうやら晩飯は完成のようだ。
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「なぁ〜んだ!あんたら人間かぁ、魔族かと思った」
箸を進めている時に急に頭上から人の声がした。びっくりして上を見上げるとそこには大きな猫のような人のようなそんなのがいた。
「あー…なんだびっくりさせたね?ごめんごめん、あたしクーガーって言うんだけどさアンタらどっから来たの?」
猫と人間のハーフのような見た目のそいつは低い女性声で話しかけてくる。
「俺達は砂漠の方面からこっちに動いてきて休憩中なんだ!」
「へぇ〜そいつはお疲れさん」
「アニマ族がアンフェ地方にいるとは珍しいこともあるんですね…」
「あにま?」
「なんだい兄ちゃん、あたしらアニマを見たことがないのかい?」
よっこらせ!と一声発して頭上の彼女は木の上からショウの隣に飛び降りてきた。
「あたしはリープ。アニマ族のクーガーなの。アニマって言うのはまああんた達人間は獣人?って言ってる奴さ。あたしはそのアニマの中のフィーライン一族の末端のクーガー家の娘なの」
「クーガー?フィーライン??」
「アニマ族には沢山の分岐があって、それのひとつがフィーライン一族ですね。猫型の方が多いですね。フィーラインの中にも沢山の分岐がありその1つのクーガー家ですね」
聞いたことも無い言葉ばかりで混乱しているショウにシアンが細かく説明を加える。ショウは何となく理解したようで「なるほど、獣人か」と呟き獣人の彼女の頭へと目を向ける。
「む!?耳は触らせないからな??」
耳と太い尻尾をぴょこっと上げて言われた。どうやら彼女には目論見がバレてしまったようだ。あはは、と乾いた笑いでショウは誤魔化す。
「にしてもアニマ族がこんなところにお独りなのは珍しいですね」
「あー…実を言うとねぇ〜」
猫の彼女は一息ついてシアン達の輪の中に入り語り始めた。
「なるほど…魔人に出会ってこんな所まで飛ばされてしまったと…」
「そーなのよね、珍しく人が森にいるなぁなんて思って迷わないようにうちの村まで送って行ってあげようかなぁって思って声かけようとしたらまさかの魔人でさ〜!なんか大きな鏡みたいなのを出現させてそこの中に吸い込まれちゃったのさ。んで気づいたらティタニアの樹海の中に落ちてたのよ」
落ちた時に怪我をしたそうでそれをエルフに治癒してもらったらしくもう体は元気になったためアニマの国にある故郷の村に帰ろうとしていたところらしい。
「なーるほど!でもそれって大丈夫なのか?リープは飛ばされただけで済んだけどよ魔人ってまあまあ危ないんだよな?俺らが出会ったことあるのは弱っちかったけど」
「まあまあどころかかなり危険な奴もいるぞ…門番してた頃に聞いたことがあるが強大な魔力を持ってたり力を増強してたりするやつも多いからサキュの兵士達が一掃されたりとかもあったらしいが…」
「じゃあリープさんはかなり幸運だったと言えるんですね、怖いです、魔人…幸いにも私達の前には弱い魔人しか現れたことがないですが魔人との戦いは危険なことが多いとお祖母様も言っていましたし…」
「魔獣もデケェから怖ぇけど魔人は怖ぇな」
「魔人は大昔からかなり強大な力を持って恐れられている。魔人は魔獣よりも狡猾で魔力量がかなり多いから…魔人は魔王の手から生み出されているとも言われていますから…」
皆それぞれ魔人への恐怖を想像して沈んでいく空気と止まる箸。重くなった空気を押しのける変えるように明るくリープは言った。
「ねぇ!!よかったらなんだけどあたしのことあんたらの旅の仲間にしてくれない?アニマにもし行くならそこまでの途中まででいいからさ!ね?頼むよ!もう身体も元気だし魔獣と出会っても戦えるからさ!それにここからアニマまで1人は危ないし…君らぐらいにしか今頼れないんだよ!頼む!」
リープは手を合わせて頼み込んできた。皆はそれぞれの顔を見合った。そうしてショウに目線が止まった。
「なんでみんな俺を見るんだよ…」
「…ショウが始めた冒険から集まったメンバーだから、ショウが決めるべきかなって?」
シアンが真っ直ぐにショウを見つめる。ショウは何だか少し恥ずかしそうに頭をかいて笑った。
「そうだな、そうだったな!!んじゃ!リープ途中までかもだけどよろしくな!!」
その夜からあたしは仲間になった。
その後すぐ初めて仲間になって食べた鍋はとっても美味かった。色んな料理をみんなで食べてきたけどこの冒険においてあたしが1番好きな料理はこの時食べた鍋だ。
今日もシアンが火を起こしている。ナラがショウに包丁の使い方を教えている。ショウはまだまだ下手っぴだけれど最初よりはかなり上手く使えるようになっている。ヤシュムはスパイスを睨みこんで味付けを考えている。私は具材を切っている。
今日の晩御飯はカレーだ。仲間になって少し経ってからシアンに料理を教えて欲しいと言った日からみんなで料理をすることが増えた。あたしはこの時間が何よりも大好き。
今日も美味しく作れるといいなぁ
episode リュウリュウ ━━━━━━━━━━━━━━━
懐かしい旋律を銀色の笛から紡ぎ出す彼女はどこかで見たことがある気がする。
「こっちへ来るなー!!ぶぅ〜」
小さな口から吐き出した水流は己を付け狙う漆黒のドラゴンに対しては全くといっていいほど攻撃としては効いていなかった。己の小さな蛟の体と成長しきったドラゴン。比べるまでもなく力の差を思い知る。
「ぐぬぬー!!」
林を抜けて奇岩群を飛び去り山の中へと入る。いくら逃げようとも敵は己の尾を目掛けてグングンとスピードを上げて飲み込もうとして口を開けている。尾の先から少し温もりを感じる。後目に後ろを見ると敵の喉奥が見えた。もう終わりか?死を覚悟した。
「グガァァァァァァ!!!!」
しかし敵はいきなり後ろ向きに倒れている。何が起こったのか?
「はやく!!そのドラゴンが立ち上がる前にこっちに来て!」
すぐ横の木陰の方から人が出てきて己を手招きして呼んできた。その誘導に従い招き主の緑髪の少女の肩へ乗る。少女は小さな白い蛟が肩に乗ったことを確認してすぐ弓矢を構えた。
「うおおおー!でっけー!?」
「倒せるかな?こんな大きなドラゴン初めてです」
「こうなっちまったらもうやるしかないでしょー!?」
「とりあえず気ぃ紛らわせられるように俺は動き回るから後はみんな上手くやれよ?」
隠れていたのかどこからともなく人間とアニマがドラゴンの前に飛び出した。
槍を持った褐色肌の男が声をかける。小さな鎌を両手に構えた猫のアニマが不安そうな顔で立ち上がろうとするドラゴンを見つめる。金髪の少女は杖を両手で持っているが怖がって「ひ、ひぃー!!」と声を上げている。黒髪の少年は驚きと少し楽しそうな表情で大剣を背中から抜いて構える。
「楽しくなってきたー!」
「全然楽しくないですー!!!」
「集中しろよ?」
「何とかなるといいけどね〜」
体制を整えた黒いドラゴンに向かって各々動いていく。
「うおっと!!」
「すまない、今からこのドラゴン討伐するからしっかり私に掴まってて!動き回るかもだからっ!」
緑髪の少女は木の横から身体を出して矢をドラゴンの目に向かって数発射る。矢が目玉に直撃したドラゴンは痛みのあまり倒れ込む。そしてそれを他のメンバーが追い討ち!彼らの連携はよく取れていた。
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「貴様ら!己を助けてくれて感謝する」
己の命を助けてくれた五人に感謝の言葉を与えた。
黒いドラゴンは彼等によってコテンパンにやられて地面に頭をついて倒れている。すこし元気になったのか起き上がった黒髪短髪の小僧が人差し指を己に向けて「喋るのかよ!!??」と驚いた。
無論!己は天から降りてきた龍の一族の生まれで神に等しい存在なのである。なので先程の野蛮なドラゴンとは違い龍が喋ることなど当たり前なのだ。まあ未だ己の肉体は蛟で龍になる気配などないのだが…。
「お前はドラゴンの仲間?なんだったんだ?共食いでもしてたの?」
「失礼なヤツめ!!我らが共食いなどと言う禁忌を犯すものか!そして己はドラゴンじゃない!龍だ!!アレと同じにするでない!!」
「龍ってもっとでっかいイメージだったんだけどなぁ…違うのかなぁ?」
「己はまだ龍の幼体なのだ。蛟(みずち)だがいずれ強き龍へとなれるはずなのだ!」
「すっげーな!」
「そうだろう!お主見所があるの!」
黒髪の少年は目を輝かせながらそう言ってくれた。ふいに褒められて嬉しくなって素直に子供のように喜んでしまった。いかんいかん、こんなままだから蛟のままなのだろうか?
。褐色の男と猫のアニマは体力を消耗しきってしまいまだ完全に回復しておらずヘトヘトで地面に大の字に寝転がって肩で息をしている。金髪の少女は己のことを「小さいミニ龍みたいですね!白くてとってもかわいいですー!!」と言って己の顎下を撫で始めた。無礼な奴だが撫でる手が心地よくて許してしまう。
「すみません質問なのですがよろしいでしょうか?」
緑髪の少女が討伐したドラゴンを見ながら控えめに手を挙げて聞いてきた。
「何が気になるかね?」
「ここは龍が住まう土地のはずです。いつからドラゴンが?」
「前々から飛来はしていたが巣食うようになったのは少し前からだ」
「どうしてドラゴンが…魔から産み出たドラゴンが聖なる護りの者とも呼ばれる龍の地へ入るのはなかなか難しいことだと思うのですが…」
「それはのう…」
とても気まづい。この理由を言ってしまえば己が龍ではなく負け犬に変化してしまう気がしたからだ。少女は真顔で己を見つめ続きの言葉を待っている。
「なんだよー!勿体ぶらずに言ってくれよー!」
横から聞いていた短髪の少年が背中に飛び乗ってきて二本の長い髭を後ろから手を伸ばして引っ張りあげてきた。
「んぐぐ!!わかった!言うから髭を伸ばすのをやめるのだ!」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
己の父が亡くなった後から少しずつ闇の手が広がっていった。
父はここいら一帯を護る白龍であった。天神から頼まれて空から降りてこの広い大地を守っていた。そして美しい白い蛇の我が母と出会ったそうだ。そして己が産まれた。
そしてその日がやってきてしまった。
父が死んだ。
役目を果たして死んだ。
天神がこの地を生み命を授け育んで人間も活発に社会を動かし始めた頃に魔王が空から降りてきた。我が父は魔王達の動向は随時伺っていた。何を目的にこの地に降りてきたのかわからなかったから天神から何かあればこの地に生きる者を助けてあげて欲しいと頼まれていたのだ。北の地方に腰を置いて魔族を生み出しそれを脅威に感じた当時の人間国の王は同盟関係を築いてこの地を守ろうとしたがそれも失敗に終わったのだ。その結果大勢の人が死んだ、そして己の父も死んだ。魔王と戦い敗れて亡くなった。それから後は他の残された龍達で自分たちの住処であるギータ地方を守ってきた。
しかし父ほど強い聖なる力を持つ龍はいないし闇を打ち払うと言われる白龍もいないのだ。そんな状況が千年以上続いていた。
「せ、千年!?はぁ?」
「うむ、千年だ!」
「お前千歳なの!?」
「もう少し長生きだぞ!千二百かそこいらになると思う!」
「へぇー!もう年月が長すぎて俺には想像がつかないなぁ」
少年はたまげたように眉を上げて驚いた。
「ん?でも白龍はいないって言ってたけどお前白龍の子供なんだよな?じゃあお前白龍になれるんじゃねぇのか?」
「ウグッ!」
「確かにそうかもしれませんね…蛟は千年も経てば龍に変わるはずですが…はて?」
「ングッ!!」
少年と緑髪の少女はそれぞれ疑問に思い己を見つめてきた。うう、視線が痛いのだ…。
「聖なる力が足りないからだろ?」
森の茂みから現れたのは竜人族だった。人間に近しいが身体には特徴の青い鱗に鋭い爪と翼が生えている。あやつらの祖先は人間の女にうつつを抜かしたためあのような姿に生まれたのだ
「竜人族…まだ存続していたのですね」
「ん?まあ昔よりか数は少なくなっちまってるけど一応集落もある。お前ら旅人だろ?ここいらは最近ドラゴンが住み着くようになって危ないから村に案内してやるよ」
「いいのか??てか聖なる力って?」
「そこら辺は集落に着いてから教えてやるよ。とりあえずここらは危ねぇ。早くついてこい」
青い竜人は倒れていたアニマと褐色の男を軽々と両腕に持ち残りの三人に催促した。
「んじゃ白龍のなり損ないさんよ、お前は闇のドラゴンでも倒してさっさと聖なる力でも開花させろよ。」
そう言って己に背を向けて歩き出した。こういうところが己は竜人族と馴れ合いたいと思わない理由なのだ。
少女と少女達は「またなーー!」と手を振って去っていった。
「己だって龍になれておればなっておるわーーー!!」
誰もいなくなった静かな山に蛟の咆哮が鳴り響く。雷雲がぐんぐんとこちらに寄ってきている。嗚呼また雨雲を引き寄せてしまったか。今日も雨か…早く寝床に戻らねば…。
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「なあ!聖なる力ってなんだ?」
「ん?嗚呼あいつの話の続きか。話してやらんこともないがその代わり頼みがある」
「頼み?」
茅葺き屋根の家が並ぶ平和な集落までこの青い竜人のコウに連れてきてもらった。宿は金がかかるからドラゴン退治のお礼だと言ってコウの家にお邪魔させてもらう事になった。彼の家も立派な大きさの二階建てで俺達五人が雑魚寝しても広々と寝転がれる広さの二階の部屋を借りた。俺達はコウに夜ご飯と風呂も世話になった。ナラとクーガー、そしてヤシュムはもう疲れたから寝ると言って俺が風呂に上がるまでに眠ってしまった。風呂上がりのぼうっとした時間。少し喉が乾いたと思った時にコウが水を持ってきてくれた。
「頼みって言うのは?」
「あいつを…リュウリュウを旅に同行させてやってくれないか?」
「ん?リュウリュウ?」
「お前らが今日助けた白い龍の子供だよ。あいつはな特別な龍になれるんだよ」
コウ曰くあの白い蛟は白龍の子供だから聖なる力を引き継いで秘めているはずだと。だがリュウリュウ自身は力を覚醒するどころか龍になることさえ出来ていないのだ。
「各地にある聖なる土地を巡ることであいつの力も引き出されて覚醒するんじゃねぇかなと思ってな」
「なるほど」
「頼む!黒いドラゴンを討伐できるってことはそれなりに腕が立つんだろ?あいつもあいつなりに頑張ってるんだよ!」
コウはリュウリュウが魔獣を倒したり、リュウリュウの父が生前残していた遺物が祀られている祠や池を巡ったり彼の父のように空に飛び上がり空上にある神の世界に行けば力を授かれるのではないかと思い飛び上がろうとしても蛟の身体ではそこまで登り上がれないのだ。よく飛ぼうとして体力が切れ失敗して山の中に落ちていく。失敗する度に悔しそうに泣いてそれを励ますように彼が呼び寄せた雨雲が彼と共に毎日雨を降らすのだ。
「それ雨が嫌なだけじゃないのかよ」
「まあそれもあるが…もうあいつの親父の白龍様がいなくなって千年経つんだ、白龍様の力ももう薄くなってきている。だから黒いドラゴンも増えてきているんだと思う。最悪の場合この地方から魔族の侵攻が始まってこの世界ごと征服されかねない…。だから最後の希望がアイツなんだよ。」
コウは俺達の分と一緒に持ってきた水を飲み干して胡座をかいている自身の身体に目線を落とした。
「もうそろそろ白龍様の遺物も年月が経って残された力を使い切ってしまう…今でさえドラゴンが近くに巣食うようになった。魔王の力が回復しているのか年々ドラゴンも強くなっている。このままだと俺達は一方的にやられちまうだけだ。白龍様が命かけて守ってくださった世界だ、こんなところでやられるわけにはいかねぇんだ。頼む、あいつもずっと自分なりに修行して頑張ってるんだ」
コウは俺たちに頭を下げてきた。切羽詰まった姿にこちらも少し息が苦しくなる。
「…なるほど。何となく理解しました。」
「シアン?」
シアンはふうっと息を出して目をつぶって考えているようだ。
「蛟は千年で龍になると聞いたことはありましたが、龍になるには聖なる力を得られなければならないと….。しかしリュウリュウさんに限っては龍になる条件をクリアした時にはお父上の聖なる遺物の力が想定より減少してしまい龍になることが出来ないのでは?とコウさんはお考えになったという訳ですね」
「そうだ…。俺達竜人族は長生きだ。龍ほどではないが百年以上は優に耐える。頼む、リュウリュウを龍にさせてやってくれ。俺達なら大丈夫だ。それまでなんとか食い止める…。」
「…うっし!わかった!!俺達で出来るかわかんねぇけど連れてくことぐらいは出来るからな!!とりあえず明日はリュウリュウを探さないとだな!」
ショウは明るい声でそう言った。コウは安心して「ありがとうな…」と消えそうな声で言っていた。
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「この曲は…」
「さすがは蛟ですね。聞いたことがありましたか。」
緑髪の少女は懐かしい旋律を吹き終えた口を笛から離して言った。
__神癒曲…天神様のお導き ですよ__
シアンは翌朝物音で叩き起された。近くの山から鳴るすごく激しい物理音で目が覚めた。外からは竜人族の声だろうか?口々に不安と恐怖を漏らし叫んでいる者もいる。
窓を開け状況を確認する。外はまだ陽の光が完全に上がっておらず薄明かりの空の下。そして多くの竜人族達が各々の家の窓や戸口から顔をのぞかせて外を不安そうに山を見上げているのが見える。山には大きな黒いドラゴンとそれに必死に逃げながらも時折噛み付いたり水流を発したりして対抗している白い蛟が見えた。
「リュウリュウ!!」
ドラゴンが吹いた炎が当たり山の下に落ちていく。コウが思わず声を上げた。痛々しい傷がリュウリュウの白い鱗の下から見えていた。
「クソッ!ドラゴン共め毎日毎日襲ってきて許せねぇ」
コウはそう言うと近くにある鎌を持って走り出した。
「コウさん!一人で行っては…」
シアンは叫んだがコウの耳には入らなかったのか彼は足を止めることは無かった。
ドラゴンが落ちていったリュウリュウから目を離し、こちらの方に目線を寄越した。このままでは集落が…。シアンは部屋から矢筒と弓を持って構えた。近くに来た時に目でも射れればいいが…。
そうこうしているうちにドラゴンが集落に向かって歩いてきた。だんだん近づいてくる敵。敵が近づくにつれ歩く振動が強く伝わってくる。もう少しで集落の入口に来てしまう。皆食われるか焼き殺されるか…だ。そう考えているとどこからか現れた二匹の龍がドラゴンを攻撃し始めた。噛まれたり逆に火を吹かれたりされて段々と弱っていくドラゴンが冥土の土産にでもと思ったのか集落に向かって開けた口の奥には赤い炎が見えた。
「みんな避けて!」
シアンは矢を構えるのを一旦解いて窓から勢いよく外に飛び出して走ってドラゴンの方へ走った。龍に襲われドラゴンは集落の門前に倒れ込む。倒れたドラゴンの目に向かってシアンは弓を射る。命中し、悶絶するドラゴンに赤い龍は炎を吐き出し紫の龍が首に噛み付く。ドラゴンは絶叫し倒れたまま何かを吐き出しそして二度と動かなくなった。
「はあ…はぁ…」
「旅人さん大丈夫でしたか!?お怪我は?」
ドラゴンが死んだと分かると竜人の子供たちがわらわらと寄ってきてシアンに声をかける。
「っはぁ…大丈夫ですよ…生きてます」
「よかったぁ!紅龍様と紫龍様が来て下さらなかったらここは終わってたかもしれないね…」
集落を助けてくれた紫龍と紅龍と呼ばれたそれぞれの龍はドラゴンが絶命したのを確認してそれぞれの住処へ帰って行ったそうだ。子供達は口々に怖かったぁとか死にたくないよぉと言っている。
「シアン大丈夫か?何があったんだ?」
起きてきたショウ達が周りをキョロキョロしながら話しかけてきた。
「私は何ともないですが…先程ドラゴンが村を…」
シアンは何があったのか全て話した。そしてはっとして山へ走り出した。
「ど、どこ行くんだよーー!」
「リュウリュウを探しに行きます。いくらコウさんが行ったとしても1人だけでは心配です」
「俺らもついてく!!」
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山の中を流れる川の上流付近にリュウリュウとコウさんはいた。リュウリュウは川の真横で傷から血が流がしながら倒れていて全く反応を示さない。
「コウさん!」
「あ、お前ら来てくれたのか…なんか傷薬か持ってないか?俺が持ってきた量では腹の足しにもならんくてな…」
彼は私たちを見るととても喜びどこかほっとしたような顔をした。コウさんの質問にショウが答えた。
「傷薬はねぇけどよ、シアンならできるんじゃねぇの?」
「あーそうですね!私が回復魔法使うと細胞全部が活性化しすぎてもしかしたら死んでしまうかもなのでここはシアンに任せます!」
「結構効くんだよね〜安心して!何回も治療してもらってるあたしが保証するし〜」
各々そう言い、みんながシアンを信頼の目で見つめる。シアンはみんなに頷いて左腰からお馴染みの銀色の縦笛を取り出しゆっくりと音を生み出し始めた。
「懐かしい曲だな…」
白い蛟の口が動いた。そして目を開けてシアンを見つめる。
「母上がよく歌っていた気がする…」
体の傷が段々とふさがっていき元の姿を取り戻していくリュウリュウ。笛を吹き終えた彼女は蛟に言った。
「これは古い古い歌です。神を信じるものはいずれ救われる…というような内容の曲です。昔の幼い子供達に天神様の事を教えるために子守唄としても使われていましたね」
寂しそうにそう言って銀の笛を腰に直す彼女。細い瞼に縁取られた黄色い瞳はその輝きで何かをひた隠しているようにも思えた。
「お主この歌を何処で教えてもらった?」
「…笛のお師匠に教えていただきました」
「そやつは元気なのか?」
「もう亡くなって何年も経ちます。あの方は名のある笛使いでした。」
「うむ、そうか」
癒えた身体を左右に激しく振るった。己の体の奥底から何かが走り出そうとするような感覚を覚えたが己にはそれがなんなのかよく分からなかった。
その後から己はショウに誘われコウに言われて旅に出ることにした。未だ蛟のままではあるが少しずつ力は強くなっているような気もする。今日もドラゴンを討伐した時にとても強い水流を生み出して相手を抑えることが出来た。最初は慣れないことも多かったが彼等との旅は己の千年以上生きてきた中でいちばん楽しい時間だと言える。
今日は初めて人間の王都へと足を運んだ。そして王直々に王命を受けた。今世界中で黄緑色の髪の女の人間だけが魔人に攫われる事件が勃発しており人間の国の姫も攫われてしまったらしい。騎士達も動員して探してはいるが全くもって見つからないらしい。原因の魔人を探して倒して姫と民を生きているのならば救い出して欲しいと言われた。何故しがないただの旅人の己達に頼むのか聞いてみたところどうやら己が蛟であるかららしいのだ。
「古の勇者も龍と共に世界を歩き魔を退けた」という伝承があるらしくショウはもしかすれば勇者の再来なのではないかと期待していると言われた。
「あの闇のドラゴンに打ち勝つ強さなのだろう?並の兵士達でも勝つことが難しあの魔王の産物に…。その腕を期待しているぞ。」
episode ???━━━━━━━━━━━━━━━
「た、助けてー!」
「えぇー!」
俺は王様からの命令を遂行するためにナラに魔人に化ける薬を作ってもらい魔族の国へ潜入することに成功した。変身薬は切れて人に戻ってしまうため夜に隠れながら魔王の城に侵入した。お姫様や捕まえられた人は魔王城の地下牢に入れられているらしいと魔人が暮らす街でそう聞いたからだ。そして衛兵や牢屋番にも見つからないように変装しながら潜入し地下牢で有り得ないほどぎゅうぎゅう詰めにされていた黄緑色の髪の少女たちを見つけた。少し肌寒い地下牢で少女達は身を寄せあっていた。
「えげつねー…。」
「とにかく助けてあげましょう。ナラ魔法を…」
「はい!!ディミティス!」
ナラが魔法の杖を掲げて呪文を発するとドアが勢いよくどこかへと吹き飛んでいった。
「相変わらず魔法が強いわね」
「あはは…まあ全部の牢屋の鍵が開かなかっただけマシだよ」
「みんな!早く逃げるんだ!俺達は王様から皆を助けるように言われてきたんだ!大丈夫!!逃げ道までの敵は倒したから!クーガーとヤシュム、一応皆を守りながら連れ出してあげてくれ!」
「ありがとうございます…!」
少女達は喜んで泣きながら続々と牢屋から出ていく。こっちだよ!とクーガーとヤシュムは先頭に立って案内をはじめた。
「あの!お姫様はどこにいるか分かりますか?」
「お姫様まで捕まっているのですか!?私たちの中にはいないです。もしかしたら別の独房かもしれません!」
「わかった!ありがとう!」
牢屋にいた少女達が全員逃げたことを確認してショウはシアンとナラとリュウリュウに向き直って言った。
「よし!姫様を探すぞ!!」
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城中歩き回り広い絢爛豪華なダンスホールに出た。ホールの真ん中には二階へと続く大きな階段がある。そして今その階段の踊り場に椅子にくくりつけられた黄緑色の髪で蜂蜜色の瞳の可愛い少女が後ろに立っている長身の男魔人から首に刀を当てられていた。
「おい!その子離せよ!」
「偉そうな口ぶりだな、何様のつもりだ?」
少女の後ろに立つ男は身長は胸下まである長い髪をいじりながらショウに言った。変わっていないこの男は…昔のまま若いままである…。あの長いネイビーの髪も顔も極夜色の冷たい瞳も、少しも変わっていない…。
「女の子拐って何をしようとしてたんだ?」
「別に貴様に言う必要はないだろう」
そう言われてムッとしたショウは背中から大剣を抜き出した。
「返して貰えないならしょうがない!!やるしかないな!」
そう言われた男はこちらを一瞥しながらニヤリと笑って姫の首元から刀を離して我々の方へ切っ先を向けた。
「おもしろい。久々に楽しめるかもしれないなぁ…せいぜいこの魔王の暇つぶしぐらいにはなってくれよ?」
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「クッ…」
「どうしたそれで終わりか?」
戦いが始まって数分で魔王はショウの態勢を崩していた。
負ける確率が低いだろう。ショウもそれをわかっているようだった。けれど膝をついても何度も立ち上がり剣を構える。魔王の激しいクレイモアのの攻めと膨大な魔力から繰り出される魔法攻撃。消しかけても何度も何度も繰り出される魔法攻撃に困っている様子だった。リュウリュウは魔王を後ろから襲っていたところを即座に生み出された黒いドラゴンによってショウの援護をすることが出来なくなっていた。私は彼の苦しみながらもなんとか模索している姿を見て自分も動かなければと考えた。
「ナラ!貴方と姫様だけ先に逃げなさい!早く!!」
私は姫様を解放していたがその役目をナラに引渡し階段を上がりナラが姫様を連れ出したのを確認し、二階から魔王を弓で追撃する。魔王に数発矢が当たり、彼は逃げようとする姫に気づいたが、姫に目を向けた後つまらなさそうに息を吐いて次に私に目を向けてきた。目と目がばっちりと合った。息が止まったような心地になった。自分の全てが、これまで出会った人、美しい王国の大地や懐かしい家族の顔、思い出したくないものまで一気に目の中で流れてきた。そして意識を現実に戻すまでの一瞬の間に私の目の前に魔王が飛んで来ていた。魔王は二階から下を覗ける手すりに立ち私を見下ろしている。
「忌々しい…しょうもない攻撃を続けるな。鬱陶しい」
魔王はそう言うと驚いて動けなくなっていた私に手のひらを向けて攻撃してきた。
「シアン!!!」
ショウが下から不安そうに私を見ていることに気がついた時には私は攻撃され魔法によって生み出された風に吹き飛ばされ後ろ向きに頭を打っていた。
「いっ…」
頭を抑えて立ち上がる。口元を隠していた赤いマフラーがずりっと足元に落ちる。素性を隠すために潜入前にわざわざ買ったマントも無くなっていることに気がつく。
「あ…」
完全にやらかした気がした。しかしここは戦場。まだ争いは終わっておらず敵は目前なのだ。私は握りしめていたおかげで吹き飛ばされなかった弓を彼の前で構えた。
彼は刀を鞘に戻し顎に曲げ手を当ててこっちを凝視してきた。「うーむ?」と言い何かを考え込んでいる。そして数秒後にハッとした後に破顔した。
「もしかしてお前はルアンなのか?」
「…」
私は近寄ってくる魔王に対して矢を射る。が彼は魔法でそれを跳ね除ける。そしてじりじりと近づいてくる。何度も弓をつがい何度もそれを放す。私が矢を放つ数だけ彼は矢を跳ね除ける。
「大きくなったのだな、ルアン。それに美人だ…」
「何を言ってるの?」
彼は笑い始めた。ホール全体に響くほどの大声で天井を見上げて笑い始めた。ショウは何が何だかという顔でこちらを見上げている。
魔王は少し笑いから落ち着いた声で聞いてきた。
「記憶でも消し飛んだか?」
「誰かと勘違いしてるんじゃないの?」
「勘違い?」
魔王は私に急接近してきて弓を手から奪い取る。
「返しなさい!」
「千二百年もよく生きていたな…」
次に私の手を握り引っ張る。そして引き寄せた私を抱き寄せて顔に手を置き魔王の方に向くようにされた。
「その目、その髪…やはり愛おしい我が妻だな」
「結婚した記憶などないのですが」
「したじゃないか、千二百年前…覚えていないのか?」
「だから誰かと勘違いしてるでしょう?」
「ではその腰についている笛はなんだ?」
シアンは黙った。その様子を見て魔王はくつくつと笑う。
「天神からその安っぽいガラクタを貰っただけでなく永遠の魂さえも貰っていたか!」
「永遠の魂!?!?」
あまり聞いた事のない言葉に驚くショウ。魔王はショウに向かって楽しそうに言った。
__こいつはな、千年前に我と婚姻した女だ。__
「結婚してない、全くの事実無根よ」
「嘘をつけ。当時の人間の王…まあお前の父が俺に恐れてまだ幼いお前を番にと進めてきた。我はそれを了承した。それだけの事だ」
「結婚式の時に花嫁を裏切って天神様からの結婚の祝福である光を統率する力が欲しかっただけの癖によくもまぁ…」
シアンは彼を酷く睨みつける。魔王はそれさえも笑い飛ばしてシアンの髪を撫で始めた。
「まあそう怒るな、光を統べる力はお前に与えられてしまった。が同時に天神の代わりに広くこの世に光を与え続けるためにお前は永遠の魂を頂いたわけだ。人ならざる力を使うためにお前は人を辞めさせられたようだな。魔王の嫁にお似合いだ」
「シアンが人間じゃない?それから父親が王!!??」
続々と新たになる事実にショウがあまりの驚きに何度も声を上げその声に魔王はイラつき睥睨して言った。
「妻との大事な時間を邪魔するな、してルアンよ」
__いつから共にこの城に住まうのだ?__
閑話 ━━━━━━━━━━━━━━
シアン、いやルアン
古い古い誰にも忘れ去られてしまった歴史書に載る少女の名前はルアン・エバ・エクレール
魔王に嫁いだ姫、そして行方知れずの姫として記録されている。
彼女の記録は数少ないが残された千年以上前の日記にはこう記されている
〜侍従 エステラの日記〜
先日魔王が裏切り、天神から力を奪い王を殺そうとした。そこを白龍に追い詰められ弱体した魔王は北へと逃げ帰った。弱ったとは言えいつ力が元に戻るか分からない。未だ魔王は人の地を奪おうと魔族を生み出す。我ら人類の悩みはまだまだ先まで尽きないようだ。
未だに姫様はあの結婚式の日から見つからない。王国が勢力をあげて探しているが見つからない。生きていらっしゃればいいが…。ルアン姫のことを思うと苦しくなる。あれほど魔王と会った時は嬉しそうにしていたし結婚を楽しみにもしていた。奇しくも魔王の小汚い演技に騙されてしまったせいで我々は二人がとても仲の良い、運命さえも感じるほどにお互いを分かり合おうとし笑いあっていたように思っていた。姫様…苦しいだろうけれどいつか見つけ出しますから…。
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「私結婚なんて二度としませんから」
目の前にいるルアンは私を睨みつけながら言った。そんな表情をされたことなど昔はなかったのに。
「ルアンよ、そう言うな。お前は私の番になる為に永遠の魂とその銀のガラクタを持っているのだ」
ルアンは我にそう言われると笛に目を寄越した後にふうっと息をだるそうに漏らした。
「関係ありません、あなたとは二度と昔のような関係になりたくないんですよ。そもそももう確信しました。あなたを殺すなんてことは無理でしょう。貴方は闇の神…神殺しなど我々人類には出来ません」
「お前ならできるであろう?お前はもう人ではない。輪廻から外れた存在だ」
「闇が消えれば光は感じないでしょう。それこそ世界の理を潰してしまいかねないことですから。あなたには千年以上前の弱体化の時のように大人しくしていてほしいのですよ。あと魔族が人を襲うのを止めて欲しいだけです」
彼女は何か諦めたような顔をしてそう呟いた後に腰から腕を退けろと我に言ってきたがそれは聞いてやれない。
「ならば我と結婚しろ。闇と光が中庸に保たれる時世界は平穏になる」
「結婚は嫌!」
「ではこちらの願いだけを叶えろと?人間は随分欲深く礼儀がないのだな」
「そもそも貴方が裏切らなければ結婚してました。今更結婚して何がしたいわけですか?光を統べる力?も私が頂いてしまった訳ですしそちらにメリットが無いように思えるのですが」
ルアンはイラつき怒って質問をし返してくる。こちら側のメリットか…
「メリットないなら結婚する必要ないですよね?そうですよね、はい結婚は無しですね」
囃し立てるように早口で喋るルアンに我は少し落ち着けと彼女の口を抑えてから話し始めた。
「メリットならある…」
「は?」
我は手中の愛しい妻を抱きしめて耳元に呟いた。
「昔のお前が忘れられなかった」
「…」
「我に騙されているとも思わずに懐いて何度も手を繋いでくれてた事、笑顔で我の周りを走り回る姿やたまにヘマをして泥まみれになったりしたりしていたな」
「…」
ルアンは黙ったまま目線を下げて昔のことを思い出しているのか苦しそうで寂しそうな表情をして言葉を聞いている。
「ルアン…我は今更だがその時から貴様に心を開かれていたのかもしれない。共に生きてはくれないか?」
ルアンは顔を下げ黙ったままだったが、勢いよくバッと顔を上げた。その数秒後に我の頬は赤く染っていた。
「ふざけるのは千二百年で辞めておいて欲しかった!」
コメント
1件
とりあえず勢いで書いたので話が完結してないと思います そこはまた気が乗りしだい完成版を上げていきたいと思っています 今回はとにかくイベントに参加するために頑張ったので、ほかの個別の話もしっかり完結させていきたいです。(ヤシュムの兄の話のケリとかね)