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麗太
──私は二回死んだ。
一回目は、恥で。
二回目は、朝のニュースで殺された。
*
ピロリロリーン♪
朝のニュースの音楽が、やけに遠くで鳴っていた。
気づけば、私は自分の布団の上に座っていた。
……でも、違和感がある。空気が冷たい。音が遠い。
まるで水の中みたいだ。
そして、アナウンサーが読んだニュースから地獄が始まった。
『昨夜、都内の住宅街で、
女性がプロレスラーの入場曲と思われる曲を熱唱した後、
ファイティングポーズのまま心停止していたことがわかりました。
SNSでは“令和の弁慶”として拡散されています』
テレビの向こうでスタジオがどよめく。
アナウンサーの声が、笑いを飲み込んで震えた。
(……え?)
ガバッとテレビにかじりついた。
画面の右上に、SNSの反応が踊っている。
『#恥ずか死』
『#令和の弁慶』
『#JapaneseBENKEI』
『#BENKEIisComing』
「待って!! これ私!?」
『ぐッ……つ、次は占い、コーナーです……』
アナウンサー二人が半笑いで番組を進行する。
“笑ってはいけない朝のニュース”になってしまった。
ポーン♪
『今日の占いカウントダウ〜ン♪
一位は、A型のあなた!!
ラッキーアイテムは〜!! 弁慶です!』
「悪意あるスタッフがいるッ!!」
──その瞬間。
『ブフッ……!!』
男性アナウンサーが陥落した。
必死に噛んでいた唇が、ついに負けた。
『ひぃっ……!』
隣の女性アナウンサーも変な声を漏らし、
原稿で顔を隠したまま、机に突っ伏した。
『CM!! CM入れて!!』
誰かの叫び声を、マイクが一瞬だけ拾った。
映像はブツッと切り替わり、番組はCMに逃げた。
──画面に観光PRが流れる。
『〜♪ 春の秩父で、あなたも弁慶に──』
「秩父に弁慶を背負わせるな!! 追撃やめろ!!」
テレビからはCMの軽快な音楽。
外からは明るい日差し。
「……」
「……わ、私……放送事故を……
起こしちゃった……全国放送で……」
世界はいつも通り回っている。
私の放送事故だけ置き去りにして。
「……いや、でもさ……」
「#JapaneseBENKEI……?」
「#BENKEIisComing……?」
(……強キャラ感ある……)
「……なんか、いけるかもしれん」
一瞬だけ、口角が上がった。
「……いや、逝ってるし!」
ずこー!!と床に倒れ込む。
そのまま床に話しかける。
「肉体は死亡。死に様はデジタルタトゥー……」
「社会性はクラウド保存っと……」
ぶつぶつ……
──なんで私が世界規模でやらかしてんのかって?
そう──私は“恥ずか死”した。
プロレスのファイティングポーズで立ったまま。
*
──私の名前は佐倉 桜。二十二歳。
家に帰っても、待っている人はいない。
私を拾って育ててくれた祖父母は、もういない。
毎日終電のブラック企業OLで、胃痛が一番の友達。
上司というヒール、納期というゴング。
……私にとって、社会はずっとリングだった。
唯一の救いが、“ザ・グレート・ムダ”様。
彼とは深夜プロレス中継で出会った。
『完璧超人は孤独だ!
だが、完璧超人も胃酸には勝てない!
胃薬と共に勝利を掴め!』
私は泣いた。救われた気がした。
ムダ様も胃が弱かった。
だからムダ様のグッズで部屋を埋めた。
静かな部屋が、少しだけリングみたいに見えた。
……そんなことより、問題は昨夜だ。
*
ムダ様の試合は、文字どおり“伝説”。
魂が震えた。マスカラは滝。
もはや顔が事件現場だった。それでも幸せだった。
試合後、私は幼馴染のカエデとツバキにメッセージを送った。
『祝勝会!今日こそ語ろう、ムダ様の胃酸との戦い!』
返事はあっさり、かつ意味不明だった。
『明日早いのごめん。なんか良い形の石見つけたから洗う』(カエデ)
『我が左目が闇の胎動を告げているゆえ、寝る』(ツバキ)
「……相変わらず自由だなアイツら。いいもん。一人でやるもん」
声に出した瞬間、胸の奥がちょっとだけ冷えた。
まずは、ひとり焼肉。
向かいの席は誕生日ケーキ。
私の席にはカルビだけ。
その後は、ひとりカラオケ。
マイクを握った瞬間、魂が暴れ出した。
「俺の敵は胃酸だけ〜♪
熱い魂、胸焼けと共に〜♪」
……胃薬の歌じゃない。プロレスラーのテーマソングだ。
ここまでは、完璧だった。
テンション最高潮の私は、夜中の帰り道でアンコールを始めた。
「俺の敵は胃酸だけ〜♪」
──その瞬間、変なスイッチが入った。
【ひとりプロレス】の開幕だ。
「ムダ様の必殺ッ!ドラゴン・スクリューッ!!」
くるり、クルクル──ガンッ!!
電柱に激突。
「痛ッ!?」
オデコをさすりながら、電柱を叩く。
パンパンパン!
「決まったぁ!ワンツースリー!」
「勝者ぁ!ザ・グレート・ムダぁああ!!」
決めポーズ。
くるりと振り向き、ガシィッと空をつかむ。
息を吸い込み、魂の絶叫。
「……胃薬と共にッ!!勝利を掴むッ!!」
──完璧にキマった。
私史上、最高に輝いた瞬間だった。
……ほんの数秒間は。
ふふっ、と余韻に浸っていたら──
「うわ!?」
「え!?なに!?」
……そこには“アイツら”──カップルがいた。
風だけが、冷たく吹き抜けた。
二人が、ゆっくりと構えた。
男は空手の構え。
女はボクシングの構え。
それを見た私も、ゆっくりと構え返してしまう。
(え……?)
──真夜中の住宅街。
深く呼吸をするイケメン空手男。
「押忍……」
トントンとリズムを取り始めるボクシング女子。
「シッシッ」
そして私は──プロレスの構え。
「っしゃーーー!!」
(……あれ?……私、何してんの!?)
三人、戦闘態勢。流派はバラバラ。
……風だけが吹いた。
(なに、これ……なにこれなにこれぇ!?)
次の瞬間、羞恥心が限界を突破した。
(死ぬほど恥ずかしい……あ、これ無理)
そう思った瞬間、恥ずかしさが胸を殴った。
心臓が変な音を立てる。
ドクン……ドクン……
「ゴングを……」
ドクン……
心音が途切れた。
「……にゃらせ……」
プツッ。
最期のセリフを噛んだと同時に、胸のスイッチが切れた。
「え?この人、白目剥いてる!?」
「立ったままで……? 弁慶じゃん……」
「ちょ! 救急車! 救急車ぁー!!」
「う、うん! えーと、117番!?」
「それ時報!!」
「もうパニックでわからないよぉ!」
「大丈夫、そんなドジなとこも好きだよ?」
「嬉しい」
(119番だろぉが!!)
(人が弁慶してるのにラブコメしてんな!!)
大声でツッコミたかった。
けれど、もう声が出ない。
カップルの叫び声が、小さくなっていく。
……私はプロレスのファイティングポーズで立ったままで終わった。
*
これが昨晩の出来事だ。
死因:恥ずか死。
……笑え。
いや、笑うしかない。
私だって、たぶん笑う。
でも。
死にたかったわけじゃない。
消えたかっただけだ。
あの場から。
あの視線から。
あの自分から。
*
そして──バタン、と何かが閉じる音がした。
テレビも、外の音も消えた。
世界が、まるごと電源を落とされたみたいに静かになった。
「……え?」
気づいたときには──
私は、知らない空間にいた。
「……ここどこ?……静かすぎ……」
寒い。暗い。
「……だれか……?」
自分の声だけが、やけに響いた。
嫌だ……もう、ひとりは嫌だ……。
「……ひとりは慣れた」って、何度も言ってきた。
でも、慣れたんじゃなくて──諦めただけだった。
周囲を見回す。
(こうなったら未練……言っちゃうぞ……!!)
そして、すぅ……っと大きく息を吸う。
……ぅぅぅ……まだ吸う……ッ!
……ぴたっ。
喉の奥に熱いものが込み上げる。
「──死にたくないよぉお!後悔しかないよぉおーッ!!」
じたばた暴れ回る。
「ぼ、ボウズヒゲマッチョのカレピッピ欲しかったよぉお!!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔のまま、私は叫んだ。
(……よし!あと! これも言っちゃうんだから!!)
顔が熱い。
「ち、ち、チューとか、してみたかったんだよぉお!!!」
耳まで真っ赤になって、私はその場でうずくまり──
「きゃー!! 恥ずかしいぃぃ!!」
ゴロゴロ!! ゴロゴロ!!
私は頭を抱えたまま、猛スピードで地面を転げ回った。
その時──
《???:うるせー!!》
突然──誰かに怒鳴られた。
──え?
「……だ、だれ!?」
声の主の姿は見えない。
……頭に直接響いている?
“天の声”──ってこと?
「ちょ!? 今の聞いてたの!?」
《天の声:サクラ。お前死んだぞ。死因は「恥ずか死」だ》
「…………知ってる」
しん──。
……世界が、黙った。
《……まぁいい、魔王が今、召喚してる》
「魔……? は?」
《お前の転職先は“魔王軍”だ。魔王のところに行け》
「魔王軍? ネタで言ってんの!?
年俸は? 労災おります? 家賃補助は!?」
《はぁ……じゃあ本来の転生ルートにするか?』
え? 選べるの?
死後に選択肢あるタイプ?
だったら一番マシなやつ寄越せ。
こちとら死因が恥だぞ。
「損したまま死ぬのは絶対に絶対に絶対に嫌だから!
回収できるもん全部回収してから死ぬ!!
死んでるとか知らん! 今から取り返す!!」
《なんか凄まじい執念を感じたが……まぁいい》
《本来のルートは、赤子で山中スタート。
【異世界サバイバル!ズンドコ☆サクラさん〜ドス恋♡相撲編〜】だ》
「…………金太郎かな?」
「ま、魔王軍でお願いします!!喜んで魔王軍に就職させていただきます!! 忠誠誓います! 死んだのでハンコ無いけど良いですか!!」
《うむ。魔王のとこで頑張ってこい》
【──異世界転生、開始します】
ナレーションのような声が頭に響く。
「ちょ!!……え? マジで行くの!?
──待って!!まだカレピッピチューの件が未解決!!」
《ホントうるせーなお前は》
「未練は叫べ。遠慮したカルビは、夢に出る。──ってムダ様も言ってたの!」
《……誰だよムダ様》
「推しだよ!!」
《ズンドコ行くか?》
「……魔王様! 今行きます! 魔王様万歳!!」
「あ、嘘! 待って! あと!!
私の部屋のベッドの下にある段ボール!!
絶対に開けずにそのまま燃やして!!!」
「あとパソコンとスマホもそのまま処分し──」
《未練だらけだな、お前》
その瞬間、世界が──ズレた。
視界がぐにゃりと歪む。
足元が消えていく。感覚が、遠のいていく。
「あ……」
消える。本当に、消えるんだ。
そう実感した瞬間──
口から出ていた“どうでもいい言葉”が、全部止まった。
……違う。
最後に言いたいのは、そんなことじゃない。
「……待って」
私は歪んでいく空に向かって、必死に手を伸ばした。
「分かったから待って! 最後の未練だけ、言わせて!!」
絞り出すような、私の本当の声。
「……おじいちゃん!おばあちゃん!
私を拾って、家族にしてくれて!!
本当にありがとう!私、幸せだったよ!!」
「会いたい……」
「……」
「二人に、会いたいぃいいいいい!!」
「……ほんとに…………会いたいよ……」
静寂が降りた。
歪んだ空間に、私の嗚咽だけが残った。
《…………伝えといてやるよ》
ぶっきらぼうなその声が、現世での最期の言葉になった。
──笑いながら、涙がこぼれた。
やがて世界が光に包まれる。
光の中で、ココアの香りがした。
(ココア……? おばあちゃんの匂い……)
甘い。寂しい。
──それでも、温かい。
じんと胸が熱くなる。
もう戻れない。
でも、あの温かさだけは持っていける。
(……おばあちゃん、ごめん)
(でも今は、焼き肉の口だわ)
(あの時のカルビ……追加しとけばよかった……)
(タレで)
こうして、恥ずか死した私の異世界生活が始まる。
──今度は、ひとりじゃない人生を。
*
ぴろん♪
「ん?」
【固有スキルを確認しました】
「……は?」
【羞恥心を筋肉に変換します】
「……乙女心を何に変換してんだァァァ!!」
(つづく)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『未練は叫べ。遠慮したカルビは、夢に出る。』
解説:
吐き出さなかった後悔は、夜中にタレの匂いを連れて戻ってくる。
俺は18の時、最後のカルビを遠慮した。
いまだに夢で焼けている。
だから叫べ。食え。寝ろ。
コメント
2件
ジャパニーズ弁慶に東北のマー君味を感じる今日この頃。 日本の弁慶は弁慶だろ