テラーノベル
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──これは、私が“ひとり”をぶん殴る羽目になる話だ。
最悪の黒歴史だ。
未来の私は、異世界の空を殴っていた。
人類はもう居ない。
周囲には、力なく倒れた仲間たち。
「お前ら、生きてるだろうな……?」
私はバキバキと拳を鳴らす。
「はぁ。だから言ったんだけどな。
魔王がポンコツだと、全部こっちに回ってくるのよ」
「……世界征服するはずだったのに、なんで私が世界守ってんだよ」
すべては、数ヶ月前のあの日から始まった。
*
真夜中の住宅街。
空手の構えのイケメン、ボクシングの構えの女子、
そして私は──プロレスの構え。
(……私、何してんの!?)
三人、戦闘態勢。流派はバラバラ。風がヒュゥゥゥ……
──その瞬間。
ワンワンッ!ニャニャッ!
犬が吠え、猫が叫び、どこかの窓が開き──
「もしもし、警察ですか……住宅街で三人が決闘してまして……」
おじさんの通報が響いた。
「警察はやめて!?」
私は叫んだ。
……風だけが吹いた。
「なにこれなにこれなにこれぇえ!?」
次の瞬間、羞恥心が限界を突破した。
(死ぬほど恥ずかしい……あ、これ無理)
そう思った瞬間、恥ずかしさが胸を殴った。
心臓が変な音を立てる。ドクン……ドクン……
「ゴングを……」
ドクン……
心音が途切れた。
「……にゃらせ……」
プツッ。
最期のセリフを噛んだと同時に胸のスイッチが切れた。
*
死因:恥ずか死。
……はい、笑っていい。私ももう笑ってる。
──私は“恥ずか死”した。
プロレスのファイティングポーズで立ったまま。
私は佐倉 桜 (さくら さくら)。二十二歳。
ブラック企業のOL。
毎日終電。
上司というヒール、納期というゴング。
私にとって社会はリングだった。
唯一の救いが、深夜プロレス中継で出会った
ザ・グレート・ムダ様。
『完璧超人は孤独だ!
だが、完璧超人も胃酸には勝てない!
胃薬と共に勝利を掴め!』
私は泣いた。ムダ様も胃が弱かった。
身の回りは全部ムダ様グッズ。
会社で開けば“宗教?”と聞かれたけど、
「違う。これは生き様だ」
胸を張って言った。
誰にも響かなかったけど。
……で、問題は昨夜だ。
ムダ様の試合は、文字どおり“伝説”。
魂が震えた。マスカラは滝。床に黒い涙の湖ができた。
試合後、私は幼馴染のカエデとツバキにメッセージを送った。
『祝勝会!今日こそ語ろう、ムダ様の胃酸との戦い!』
返事はあっさりだった。
『明日早いのごめん』(カエデ)
『寝る』(ツバキ)
「いいもん。一人でやるもん」
声に出した瞬間、胸の奥がちょっとだけ冷えた。
まずは、ひとり焼肉。
向かいの席は誕生日ケーキ。私の席にはカルビだけ。
その後は、ひとりカラオケ。
マイクを握った瞬間、魂が暴れ出した。
「俺の敵は胃酸だけ〜♪
熱い魂、胸焼けと共に〜♪」
……胃薬の歌じゃない。プロレスラーのテーマソングだ。
ここまでは、完璧だった。
テンションが振り切れた私は、
夜中の帰り道でアンコールを始めた。
「俺の敵は胃酸だけ〜♪」
歌い終わった瞬間──スイッチが入った。
【ひとりプロレス】の開幕だ。
「ムダ様スペシャル!
必殺ッ!ドラゴン・スクリューッ!!」
くるり、クルクル──ガンッ!!
電柱に激突。
「痛ッ!?」
オデコをさすりながら、電柱を叩く。
パンパンパン!
「決まったぁ!ワンツースリー!」
「勝者ぁ!ザ・グレート・ムダぁああ!!」
決めポーズ。
くるりと振り向き、ガシィッと空をつかむ。
息を吸い込み、魂の絶叫。
「……胃薬と共に……勝利を掴むッ!!」
完璧にキマった。
私史上、最高に輝いた瞬間だった。
……ほんの数秒間は。
ふふっ、と余韻に浸っていたら──
そこに“アイツら”──空手イケメンとボクシング女子の格闘技カップル。
風だけが、冷たく吹き抜けた。
(……見られてた。全部、見られてた)
血の気がすうっと引き、足が硬直する。
*
──そして、死んだはずなのに意識がある。
何故か見慣れた自分の部屋。
布団の上に座って、朝のニュースを見ている。
……でも、違和感がある。
空気が冷たくて、音が遠い。
まるで、水の中にいるみたいだ。
ピロリロリーン♪
軽快なジングルと共に、聞き慣れた音楽が鳴り響いた。
テレビの画面には、朝のニュース番組。
そして、アナウンサーが読んだニュースから地獄が始まった。
『昨夜、都内で女性がプロレスのテーマを熱唱し、
ファイティングポーズのまま立った状態で心停止。
ネットでは “令和の弁慶” や “Japanese BENKEI” と、
話題になっています』
アナウンサーの声が、笑いを飲み込んで震えた。
(……え?)
ガバッとテレビにかじりついた。
画面の右上に、SNSの反応が踊っている。
『#令和の弁慶』
『#JapaneseBENKEI』
『#恥ずか死』
「待って!! これ私!?」
テレビの向こうでスタジオがどよめき、
アナウンサー二人が固まる。
“笑ってはいけない朝のニュース”が、始まってしまった。
『ぐッ……つ、次のニュースです!
上野動物園で、パンダの赤ちゃんが……っ』
『……ふ、ふふ……パ……ンダ……っぷ』
アナウンサー二人が半笑いで番組を進行する。
そして──
ポーン♪
『今日の占いカウントダウ〜ン♪
一位は!?A型のあなた!!
ラッキーアイテムは〜弁慶です!』
(……奇跡かよ!!)
──その瞬間。
アナウンサー二人が同時に吹き出し、机に突っ伏した。
画面がお花畑映像に切り替わる。
【しばらくお待ちください】
プツン。
そのまま、番組が終わった。
「……私……放送事故を……
起こしちゃった……朝の……全国放送で……」
がくり、と膝が落ちる。
テレビからはドラマの軽快な音楽。
外からは明るい日差し。
世界はいつも通り回っている。
……私の放送事故だけ置き去りにして。
「……いや、でもさ……」
「令和の弁慶……Japanese BENKEI……」
(ごくり)
「……カッコよくない?」
腕を組んでドヤ顔。
沈黙が流れる。
「……いや、やっぱ恥ずッ!?」
ずこー!!と床に崩れる。
すると──
バタン、と何かが閉じる音。
テレビも空気も、全ての音が消える。
*
いつの間にか──私は知らない空間にいた。
「……ここどこ?」
心臓の代わりに、静寂だけが鳴っていた。
寒い。暗い。
嫌だ……。
もう、ひとりは嫌だ……。
「……ひとりは慣れた」って、何度も言ってきた。
でも、慣れたんじゃなくて──諦めただけだ。
周囲を見回す。
「……だれか?……いないのかな」
自分の声だけが、やけに響いた。
すぅ……っと大きく息を吸う。
……ぅぅぅ……まだ吸う……ッ! ぴたっ。
喉の奥に熱いものが込み上げる。
「──し、死にたくないよぉお!後悔しかないよぉおーッ!!」
じたばた暴れ回る。
肩で息。
(言っちゃうぞ……!!)
「ボウズヒゲマッチョのカレピッピ欲しかったよぉお!!」
(……よし!あ、あと! これも言っちゃうんだから!!)
顔が熱い。
本当の未練を、口にするのが怖い。
「ち、ち、チュー……」
耳たぶまで真っ赤になる。
「チュー、してみたかったんだよぉお!!!」
両手で顔を塞ぐ。
「きゃー!!きゃーー!!
恥ずかしいぃぃぃ!!」
ドタバタ、ドタバタ!!
「あと!!SNSで港区女子ぶりたかった──」
『うるせー!!』
──え?
「……だれ?」
次の瞬間、私は叫んだ。
「今の聞いてたの!? 忘れろ!!削除しろォォォ!!」
『サクラ。お前死んだぞ。死因は「恥ずか死」だ』
「……知ってる」
「ねぇ?」
『なんだ?』
「私……ほんと、恥ずかしかったんだよ」
『恥ずかしい? それはお前がまだ死んでない証拠だ。
誰かと繋がってる限り、人は死なん。……だからお前はまだ終わってない。』
「今、死んだって言っただろ!?」
『お前の脳じゃ理解できんか。まぁいい』
「ディスられた!?」
『埼玉県民のお前が港区女子? SNSのフォロワー業者だけだろ』
「柔らかいとこ殴るなァァァ!!」
しん──。
……世界が、黙った。
『……魔王が今、召喚してる』
「魔……?は?」
『お前の転職先は“魔王軍”だ。
魔王のところに行け』
「魔王軍に転職? いやに決まってる!!」
『はぁ……じゃあ本来の転生ルートにするか?』
「え? 他にルートあるの?」
まさかの転職メニュー方式。
それなら条件の良い方を選ぶよね。
『本来の転生ルートは
【今度は異世界サバイバル!ズンドコ☆サクラさん〜ドス恋♡相撲編〜】
で、赤子スタートだ』
「ん?」
(……ドス恋?相撲?赤子?……金太郎かな?)
「ま!ままっ! 魔王ーーーッ!!
早く!! 私を召喚しろぉおおお!!」
『うん。魔王のとこで頑張ってこい』
(──異世界転生、開始。)
「マジで行くの!?
待て!──待って!!
まだカレピッピチューの件がぁあ!?」
『ホントうるさいな』
「未練は叫べ。ずっとフラバするんだよ。あの焼肉が。だから叫べ。それが供養だ。──ってムダ様も言ってたのよ!」
『……誰だよムダ様』
「推しだよ!!」
『ズンドコするか?』
「……魔王様!今行きます!魔王様万歳!」
その瞬間、世界が──ズレた。
視界がぐにゃりと歪む。
足元が消えていく。
感覚が、遠のいていく。
「あ……」
消える。
本当に、消えるんだ。
そう実感した瞬間──
口から出ていた“どうでもいい言葉”が、全部止まった。
……違う。
最後に言いたいのは、そんなことじゃない。
「……待って」
私は歪んでいく空に向かって、必死に手を伸ばした。
「分かったから待って!
最後の未練だけ、言わせて!!」
ふざけた声じゃない。
絞り出すような、私の本当の声。
「……おじいちゃん!おばあちゃん!
私なんかを拾って、家族にしてくれて!!
本当にありがとう!私、幸せだったよ!!」
「会いたい……二人に!!
二人に、また会いたいぃいいいいい!!」
「……ほんとに…………会いたいよ……」
静寂が降りた。
歪んだ空間に、私の嗚咽だけが残った。
『…………伝えといてやるよ』
ぶっきらぼうなその声が、現世での最期の言葉になった。
──笑いながら、涙がこぼれた。
(……二人とも、ありがとう)
やがて世界が光に包まれる。
光の中で、ココアの香りがした。
(ココア……? おばあちゃんの匂い……)
甘い。寂しい。
──それでも、おばあちゃんの匂い。温かい。
(おばあちゃん……ありがとね……)
じんと胸が熱くなる。
(……ごめん。正直、今はネギ塩の口だわ)
(あの時のカルビ……追加しとけばよかった……)
こうして、恥ずか死した私の異世界生活が始まる。
今度は、ひとりじゃない人生を。
(……って、なんか……落ちてない?)
「落下してるぅううう!?」
ヒュォォォオオオオ……!
(やばい! スカート!? 全空にパンツ晒してる!?
……いや、ジーンズだ!!セーフ!!
って、まずは受け身だッ!!
漫画で読んだ五点着地思い出せェェェ!?)
「転生してすぐ死にたくねぇえええ!!」
私は叫びながら、異世界の空を落下した。
(つづく)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『未練は叫べ。ずっとフラバするんだよ。
あの焼肉が──。だから叫べ。それが供養だ。』
解説:
吐き出さなかった後悔は、一生フラバする。
ちなみに俺は18の時に遠慮したカルビが今でも夢に出る。
恥?知らん。フラバの方が地獄だ。だから叫べ。寝ろ。
コメント
2件
ジャパニーズ弁慶に東北のマー君味を感じる今日この頃。 日本の弁慶は弁慶だろ