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──光の中で、ココアの香りがした。
甘い。寂しい。──それでも、温かい。
(おじいちゃん、おばあちゃん……私、笑ってるよ)
……と、しみじみしたのは一瞬だった。
「……って、なんか……落ちてない?」
ヒュォォォオオオオ……!
「いや、落下してるぅううう!?」
(第二の人生、いきなり落下スタート!? チュートリアルどこ!?
やばい! スカート!? 全空にパンツ晒してる!?
……いや、ジーンズだ!!セーフ!!
って、まずは受け身だッ!!
漫画で読んだ五点着地思い出せェェェ!?)
「転生してすぐ死にたくねぇえええ!!」
「五点着地ってどうやんだよぉおおお!?」
私は叫びながら、異世界の空を落下した。
「五点って手足頭!? ……頭!? オデコか!? よし!!」
「左足!右足!右手!左手!……オデコの順で行くよ!」
私はオデコをさすった。
『天の声:それ死ぬぞ』
◇◇◇
同じ匂いが、異世界にも漂っていた。
常闇ダンジョンの最奥。
近づくだけで肺が焼ける場所なのに、
なぜかホットココアの匂いがする。
魔法陣の足元にマグカップ。
その前で、銀髪の少女が魔導書を広げていた。
──魔王家最後の末裔、エスト。
「もう、一人はいや……
世界を征服しないと……!」
小さな拳をぎゅっと握りしめる。
「でも……一人じゃ戦えない。誰か……家族が欲しい!」
震える手で、魔導書を開く。
「えと……術者の血を一滴、魔導書に垂らすこと……ひぇッ……」
指先にナイフを近づけ──
「…………痛いのはいやっ!!」
反射的に、バッとナイフを遠ざけた。
視線が横のマグカップへ滑る。
「……いけるよね? ココアって血っぽいし……
ミルク入ってるけど、なんか成分多い方が良いよね」
─────────────────────
(……なんかいい匂いする……?)
落下しながら、私の鼻が何かを捉えた。
(てかココアじゃん。なんでココア?)
「それより五点着地を成功させないと!」
私はオデコをさすった。
『天の声:面白いから見てよう。』
─────────────────────
小さな手でカップを胸に抱きしめる。
「血は、熱くて痛いでしょ?
ココアは甘くて──寂しさをちょっと溶かしてくれるんだよ」
すぅ……と、ひと呼吸。
「甘い方が、誰かと分けられるから」
こてんと首を傾け、ふっと笑った。
「……よし、砂糖増やしとこ!」
ざらっ、と砂糖を足した。
たらり──。
とろりとしたココアが、魔導書の上に落ちる。
「ほら! 全然バレない! セーフセーフ!!」
「あ、マシュマロ忘れた……ま、いっかぁ」
「……見ててね。私、ちゃんとできるから。」
──その直後。
足元の魔法陣が、バチバチと明滅し始めた。
「ぎゃあ!? やっぱバレた!?」
ココアの染みがみるみる広がり、不吉な紋様に変わっていく。
「や、やばっ! でももう止まらない! やるしかない!」
エストは必死で呪文を唱え始める。
「異界より来たりし魂……我に忠誓を誓わん!」
床に刻まれた魔法陣が、青白い光を強めた。
空間に、ぱきん、と亀裂が走った。
─────────────────────
(……え、落下速度、変わった?)
引っ張られる感覚がした。
(なんか……引力みたいなの、感じる……?
ココアの匂い、濃くなってる……!?)
「五点着地しなくて良いの!? 良いんだな!?」
私はオデコをさすった。
『天の声:ホントにオデコ使うか見たかったが。』
─────────────────────
「来て……お願い! 私のそばに……!」
エストは両手を天に向けて広げる。
──バシュウゥゥンッ!!
……だが、次に訪れたのは沈黙だった。
「……え?……何も、出てこない?」
首をかしげて身を乗り出した、その瞬間──
─────────────────────
(なんか光ってる!? あれ穴!?
吸い込まれてるぅうう!? ココアの匂いの方に!?)
「ちょっ──待って──向かってるんだけど!?」
「よ、よし!五点着地だな!?
い、今なんだな!? よ、よし!耐えてくれよ!! 私のオデコ!!」
私はオデコをさすった。
『天の声:面白いなコイツ。』
─────────────────────
ピシ。ピシピシピシ……。
頭上の天井に、細かなひびが走った。
ドサァァァァン!!!
轟音とともに天井が崩れ落ち、
その中から何かが落下してきた。
……ポヨン。
半透明の塊が床に着地して跳ねた。
ゼリーみたいにぷるん、と震え、
黒髪ロングの人型の影がぐにゃりと揺れる。
掴もうとしてすり抜け、尻もちをついた。
「いたいっ!!
魂!? なんで天井から!?コントかよぉ!?」
魂は床でボヨーンと跳ねている。
その時だった。
床で跳ねていた魂が、急に方向を変えた。
マグカップの方へ、猛スピードで突っ込んでいく。
「えっ!? そっちは──」
ガシャン!!
ドバァッ!!
中身のココアが、魔法陣一面にぶちまけられた。
そして魂は、満足げにココアの海へダイブした。
「うわぁああああ!?
飲んだ!?
今ココア飲みに行ったよね!?」
神聖な儀式が、ただのティータイムに堕ちた。
*
魂は、静かに揺れていた。
ふわりと甘い香りが広がる。
「……止まった……?
ココアで……くっついた……?」
エストは目を瞬かせる。
光の渦の中心で、
黒髪の女性の魂がゆらゆらと浮かんでいた。
「わぁ……綺麗……」
でも見ていると、胸が少し痛くなった。
白い光と黒い影が、ぐるぐる混ざっている。
「……寂しそう」
胸がきゅっと締め付けられた。
そのとき、魂がぐらりと揺れた。
ココアまみれで形が歪み始めている。
「ダメッ! 消えちゃう!」
エストは慌てて両手を差し出し、
自分の魔力を魂へと流し込んだ。
「わ、私の魔力をあげる! だから消えないで!」
魔力を込めるたび、
魂の輪郭が少しずつくっきりしていく。
それでも足りない。足元がふらつく。
「も! もっと……もっと強くッ!」
──メキメキ……と音がして、立派なツノが生えた。
「あ、やば。魔力込めすぎた……」
冷や汗をかいた。でも止まらない。
「……ま、いっか! 強い方がいいよね! オシャレだし!」
とうとう膝をついた。
それでも両手だけは、まっすぐ魔法陣へ向けたまま離さない。
──バシュゥゥン!!
ドサッ。
長い黒髪の女性が、石床に倒れ込んだ。
浅い呼吸が、かすかに胸を上下させる。
「……やった……」
声が震えた。
エストはふらつきながら近づき、そっとその手を取る。
冷たい。
けれど、指先の奥だけが、ほんの少しだけ生きている。
「……家族……」
言った瞬間、喉がきゅっと痛くなった。
召喚陣の上には、ココア色の染み。
甘い匂いが、冷たい部屋の空気をやさしく塗り替えていく。
「……ココアで召喚とか……バカだよね」
エストは少し笑った。
「昔ね……みんな、私のこと、笑ったんだよ。
『エストはバカだ』って。
……でもバカって言われたら、ありがとうって返すの。
だってそれ……私を見つけてくれた証拠だから」
サクラの手を、ぎゅっと握る。
「私、ちゃんと見つけたよ。あなたを」
エストのまぶたが、重く落ちていく。
魔力を使い切った体が、もう言うことを聞かない。
眠りに落ちる直前、ひとことだけ呟いた。
「……家族に……なってね」
ふたりはココアの匂いの中で、静かに倒れた。
*
しばらくして、サクラの寝言が響いた。
「……替え玉……バリカタで……」
『天の声:ココア召喚は前代未聞だな』
(つづく)
◇◇◇
──【エスト理論:バカの相対性】──
「バカって言われたら、ありがとうって返すの。
だってそれ、私を見つけてくれた証拠だから」
解説:
世界は、気づかれた瞬間に輪郭を持つ。
「バカ」と呼ばれるのは、ちゃんと見てもらえたということ。
無視よりずっとましだ。
恥ずかしさは、生きている証明書。