テラーノベル
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僕の隣にはいつも君がいる。
もっと正確に言えば、僕の左側に。
演奏の時も何かの撮影の時も、元貴が真ん中で、その右側に僕、反対側には若井というふうに立ち位置が決まっている。たまに僕と若井が逆になったりもするけれど、基本はこう。でも元貴はもはやクセなのか、プライベートで僕とふたりでいる時でもいつも僕の左側にいる。歩く時も、ソファに座る時も、同じベッドで眠る時も。
まぁなんとなく、そういった立ち位置が固定している気持ちは分かるし、慣れているから落ち着くのかもしれない。でも僕が何気なく元貴の左側に座ろうとした時に、あっと声を上げて僕の腕を引き、わざわざ右側に座らせたので思わず笑ってしまった。
「元貴、そんなに左側がいいの?」
なにかこだわりでもあるわけ?と笑いをこらえきれずに肩を揺らしながら聞くと、意外にも元貴はちょっと拗ねたように頬をふくらませて僕の肩に頭を置いた。
「だって、左側の方が近いじゃん」
何が?と聞き返しながら、肩に乗せられた彼の頭にそっともたれるように頭を傾けると、彼はそのまま僕の方を上目遣いで見上げた。
「なんだと思う?」
「えー、なに、なんだろう。僕がつい左側向きがちとか?でもそれはやっぱ元貴が左側にいるからで……あっ、左利きなのと関係ある?」
「ぶー」
違うよ、といいながら、元貴はぱっと僕の肩から頭を離して、そのまま僕の胸の辺りに耳を当てた。
「心臓は、左側でしょ。涼ちゃんの鼓動は左側にいた方がよく聴こえるかなって」
僕は思わず頬がかぁっと熱くなるのが分かった。
「な、なにそれ。そんな理由だったの、てっきり普段からの慣れなのかと。ていうかそんなに変わんなくない、右も左も」
すると、いーの、とちょっと拗ねた声を出しながら彼はさらにぐっと僕の胸に頭を押し付けるようにした。
「こういうのは気分の問題なの。俺は少しでも涼ちゃんの心臓に近いところにいたいの」
なんだよそれ、かわいすぎるじゃんか。聞かれていると思うと余計に緊張するのか、僕の鼓動はその意思に反して早まってしまう。
「あは、涼ちゃんめちゃくちゃドキドキ言ってる」
「だ、だって、なんか緊張して」
それだけ?と彼は頭を動かして僕の方に顔を向けた。僕はあえてその問いには答えずに
「……元貴ばっかりずるい、僕だって元貴の心臓の音聴きたい」
「だぁめ、俺が今聴いてるでしょ」
「えぇ〜」
不満を示すように声を上げると
「あっ、じゃあそしたらこうしようか」
なにかに気づいたように元貴はぱっと身体を起こすと、そのまま僕の膝に座るようにして向き合い、腕を僕の頭の後ろに回して抱きついてきた。ぴたりと僕らの身体は密着する。
「これならお互いの心臓の音が聞こえるでしょ」
身体の中心からわずかに左、馬鹿みたいにどくどくと早鐘を打っているのは僕の心臓だ。わずかに右側、いつもは鼓動を感じないその位置に、同じようにテンポよく拍動しているのは彼の心臓で。
「ふふ、心臓がふたつあるみたい」
元貴もずいぶん早いんじゃない?なんてからかったら、涼ちゃんといるときはいつもこうだよ、なんて返されてしまって結局僕の方があたふたしてしまう。赤くなった顔を見られる前にと、そのあたたかくて愛おしい身体をさらにぎゅっと抱きしめた。
「あぁもう、俺が早死にしたら涼ちゃんのせいだかんね」
「えぇっ、なんでぇ?」
「知らないの?人の心臓は一生のうちに拍動できる回数が決まってんだよ。だからめちゃくちゃどきどきしまくってたらその分寿命が縮んじゃうの」
嘘っ!と僕は声をあげ、慌てて元貴の肩を掴んでその身体を離した。いきなり引き剥がされた形となった彼は目を丸くしてこちらをみている。
「困るっ!だって僕、元貴といっぱい一緒に過ごしたいもん!あれっ、でも一緒にいるとどきどきしちゃうわけだから……えっ?どうしたらいいのこれ?」
呆気にとられたようにこちらをみていた元貴だったが、あたふたとしている僕を見てたまらずというように吹き出した。
「あははっ、涼ちゃんってかわいい。……いいじゃない、俺たち、同じだけどきどきしてたら死ぬ時も一緒だよ」
そうか、それならいいかも、と頷きかけて僕はあることにはたと気づく。
「……僕のが年上じゃん」
つまり同じだけ僕らの鼓動が早まったとしても(正直なところ僕の方がどきどきさせられている気はするけれど、それは置いておいたとしても)、僕の方が3年早く産まれている分、元貴よりも多く残りの心拍数を消費してしまっているのだ。
「そうだね、じゃあその分俺をどきどきさせてくんないと」
そう言って彼は僕の首に腕を回して口付ける。甘く甘く。深く深く。息が上がるにつれて鼓動も早まっていく。
「元貴……やばいめちゃくちゃどきどきしちゃってる」
置いてったらごめんね……と眉尻をさげながら元貴の服をぎゅっと掴むと、彼は「気が早いよ」なんて呆れたように笑った。それから彼は僕の手を取って自分の左胸にあててみせ、どっちが早いかなと言って僕を見た。早い、早いなぁ。でもきっと僕の方が早いんだ。だから僕はどうしたって君を置いていってしまうんだろう。でも仮に、僕が居なくなったとしても君が寂しくないように、君を僕との思い出でいっぱいにしておこう。そうしたら君は僕をたくさん思い出せるから、その鼓動の速度も落ちることはなくて、君のひとりの時間はなるべく短くて、満ち足りたものにできるだろう。
僕は彼を強く強く抱き締めた。
互いの鼓動が伝わる。
僕らはおそろいの早さで並んで歩いていく。
コメント
12件
左がいい理由がかわいい、、どうしたらこんなにいろんなストーリーがおもいつくんだろうっていつも感激してる、、!
なんでそんなにうまいんですか……!天才じゃん!あたふたするりょつかわええのぉ…
いろはさん♪いつも素敵なお話しで、とっても楽しみにしながら読んでます!優しくて素敵💓 また来ます✨️