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僕はお兄ちゃんだから。
そう言い聞かせて、ずっと生きてきた。
使用人の何人かが、双子は忌み子だとヒソヒソと話しているのを聞いたことがある。まだ、そこまで大きくなかった僕ですらその言葉の意味があまり良いものではないことを理解していた。
双子は、ダメだ。双子は災厄をもたらす。
それが、貴族ならなおのことだと。少し前までは頻繁にいわれていたらしい。それは、双子は本来一人が持って生れる魔力を二つにわけて生れてくるから。跡取りになるかも知れない子供が、そんな弱い人間だったら……家は潰れてしまうだろうから。
それだけではなく、病気にかかりやすかったり、障がいが出たり。兎に角よくないものとされていた。生れたらすぐ処分しなければならないと昔はいわれていたらしい。だが、その考え方は古くなってきて、今ですら少し囁かれる程度になった。その証拠に、僕らのお父様は双子である僕達を愛してくれた。
僕達を家族だと、二人は大切な息子だといってくれた。
それが嬉しくて、幸せだったんだって……そう思った。
「ルクス待ってよー!」
「ほら、早くしないと置いてくぞ。ルフレ」
僕達は、幸せな家庭に生れた。幸せな時代に生れた。
双子であることを何のコンプレックスにも感じていなくて、寧ろ自分の半身がいるという幸せや二人の秘密に酔っていた時期があった。
弟のルフレは、僕よりもやんちゃでよく怪我をした。その分明るくて、元気で……僕には無いものを持っていた。そして、大きく違ったのは魔力を殆ど持たないこと。そして、僕より傷の治りが早いということ。
僕は、ルフレよりも病弱で、けれどもルフレよりも多くの魔力量を持って生れた。
曰く、僕がルフレの魔力を吸い取ったらしい。本来なら二分割される魔力が3:2か、それ以上の割合で僕に宿ったらしい。けれど、大きすぎる魔力は身体の負担にも繋がり、魔力を持つ僕は自分の身体の抵抗や免疫が弱かった。自然回復が遅いと言っても過言ではない。それに比べ、ルフレは病気にもなりにくく怪我もすぐに治った。少ない魔力はルフレの怪我や病気を治す事に専念しているのか、快復力は人一倍あった。
そんなルフレを羨ましく思った事は一度や二度ではない。
ルフレは、病弱な僕と比べて外を駆け回ったりたくさん転んだりしても平気だった。僕は走れば息が切れるし、転べば血が出てその傷は長く残った。
そのたび、ルフレは僕のことを心配して……心配してくれる優しさに触れながら、お前が回復力を持っていったんだろうと何度恨んだことか。だが、僕はそれを表に出さなかった。
「ルクス大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「うん。心配するよ。だって、僕達双子だよ? 兄弟だよ?」
と、いつも僕を引っ張り上げてくれるルフレ。
そんなルフレが眩しくて、僕の快晴の瞳は本来ならルフレが持って生れてくるべきだったんじゃないかってぐらい、彼が輝いて見えた。
その輝きが鬱陶しくて、眩しかった。
僕は、そんな矛盾した感情を悟られまいと、ルフレの前では笑顔でいた。お兄ちゃんとして、時期伯爵家を継ぐ人間として弱いところは見せられなかった。
子供っぽいルフレとは違って、僕はプライドがあったから。人前で泣くことも、怒鳴り散らかすことも彼よりは抑えた。それでも、感情的になることは何度だってあったし、ものに当たってしまうことだってあった。
そんな風に過ごし、決定的に僕とルフレの魔力量の差が出始めた頃だった。ルフレが僕にいってきたのだ。
「どうしたの? ルフレ、顔、暗いよ?」
「僕、捨てられちゃうのかな」
そう言ったルフレの顔は暗くて、怯えていた。
予想もしなかった言葉に僕は目を丸くする。どうして、捨てられるという考えにいたるのか、誰かに言われたのか。僕はルフレに問い詰めようと思ったが、彼の傷を抉ってはならないと自分から聞くことは出来なかった。
(仮にも伯爵家の息子だし、捨てられるなんてこと無いでしょ……)
ルフレの思い込みの激しい性格に飽き飽きしつつ、彼が話してくれるまで僕は長い時間待った。そうしてようやく彼は口を開く。
「双子って元々は嫌われてたんでしょ?」
「昔の話だよ。今は関係無い。それに、お父様が僕達にそういう態度で接したことあった?」
と、僕が聞けばルフレは思いっきり首を横に振った。
だが、まだ納得できないとでもいうようなかおをしていて、僕は大きなため息をつく。
「使用人が話しているとこでも聞いたの? その使用人を解雇すれば良いだけの話じゃん、お父様にいいにこう。そしたらもう悩みの種はなくなるわけだし」
「……だって、ルクスが魔力を持っているから」
そういったルフレの言葉に僕は彼の手を掴んでいた手に力を込めてしまった。
痛いとルフレは口には出さなかったが、顔を歪めて僕の方を見た。それは、僕がルフレに向ける羨ましいとでも言うような目だった。
まるで自分を見ているようで酷く滑稽な気分になる。
「僕が魔力を持っているから、ルフレは捨てるって言われたの?」
「ち、違うけど……その、伯爵の座を継ぐのはルクスだし、魔力がある貴族の方が矢っ張り、権力とかいろいろ……」
言葉が浮かばないのかルフレはそこで口を閉じた。
いいたいことは何となく分かった。でも、それなら僕だって彼に文句を言いたい。
僕は、ルフレみたいに駆け回れないし、体力もないし、どちらかといえば運動音痴だ。魔力があってもそこはカバーしきれない。
そういいたかった。でも、僕はその言葉を彼にぶつけようとは思わなかった。
似ているんだ。双子だから。
僕は、ルフレの手を握った。彼はゆっくりと顔を上げた。
「まだ、皆がルフレの魔力があんまりないって事に気づいているわけじゃない。だから、僕がルフレに合わせてあげる」
「でも、ルクス……」
「僕達双子だよ? 何をするのも一緒じゃなきゃ。だから、ルフレは僕のまねをして生きて。そしたら、全部上手くいくよ」
そう僕はルフレの手をギュッと握る。
ルフレからしたら、僕がルフレを庇ったことになるんだろう。ルフレはいいの? と尋ねるように目を潤ませた。それは、自分の隣を歩いてくれるという安堵感から来るもので、ルフレは頬を緩ませた。
この時ルフレがどう思ったかは分からないけれど、少なくとも自分もルクスみたいになれる。とでも思ったのだろう。
そんなのなれるわけないのに。魔力量の差があるじゃないか、体力の差があるじゃないか。
自分から提案していて馬鹿馬鹿しくなった。双子だけれど、一緒に生活してきたけれど、僕らは違う人間だ。同じ腹から同じ日に生れて、同じものを食べて育ったけれど、全てが全て同じじゃない。年を重ねるごとに、そのずれは大きくなっていっている。それこそ、僕らが双子だと証明するものが何も残らないように。
(ルフレって単純だな……)
弟が単純でよかったと思ってしまった。こうも簡単にだませてしまうのかと、言いくるめることが出来てしまうのかと。弟を哀れに思ってしまった、下の存在だと思ってしまった。
腐っても僕はルフレのお兄ちゃんで、羨ましいとか妬ましいとか思っていたけれど、それでも彼への愛はあった。
たった一人の弟で、たった一人の半身。
本当はあの提案は苦痛だった、苦渋の決断の末出した提案だった。僕が自分を制御して、ルフレが出来る範囲で魔力を使う。そうして、二人とも同じ魔力量だと周りに知らしめること。そうすれば、ルフレが魔力量がないとか欠陥品とかいわれないだろうと思った。
僕が我慢すれば良いだけの話。
僕がルフレに合わせてあげれば良いだけの話。
そう、僕が我慢すれば弟は幸せになれる。そう思って僕はルフレと仲良しな双子を演じた。兄、弟関係無く二人で一つであるかのように。二人一緒にいることが当たり前で同じ仕草をする同じ生き物のように周りに振る舞った。
苦しかった辛かった。自分を偽って生きることが。
そうして僕がいきづらさを覚えていたある日現われたんだ。聖女が。
その聖女、結論から言えばその聖女は偽物だといわれ帝国でも噂になっていた。偽物を召喚したこと、それは災厄を早める災いではないかと。そんな偽物聖女を家に呼んだのは気まぐれだった。自分が惨めになっていたから、偽物だと罵倒され嫌われている聖女を見て心を落ち着かせようとかいう最低な思考があった。
だが、その偽物に、エトワール様にルフレは心を奪われていったのだ。
(なんで、どうして? ここまでよくしてあげたのに、一緒だって合わせて生きてきてあげたのに。何でどうしてルフレは、僕と違う行動を取るの?)
エトワール様と話すルフレの顔を見ていると、虫唾が走ったいたたまれない気持ちになった、胸が苦しくなった。
僕らは同じじゃなきゃいけない。
それは、ルフレが捨てられないためにだ。だから、僕は自分を制御して生きてきたのに、好きなことも好きな食べ物も我慢してきたのに……
「凄く、憎い! 憎い、憎い、憎い! 結局僕は何のために頑張ってきたの!? そもそも、ルフレがあんなことを言わなければ、ルフレさえいなければ!」
怒りを向ける相手が分からなくなって、僕がこうなった原因であるであろうルフレに僕は怒りを爆発させた。
実の弟なのに。
あれだけ大好きで、笑顔でいて欲しいって思っていた弟なのに。
それなのに僕は、ルフレを――――
怒りだけが残った。
ルフレへの怒り、そして自分への怒りが。もう抑えが効かなくなってしまったのだ。
「もう黙ってよ、鬱陶しいんだよ!」
その怒りを、僕は最愛の弟にぶつけてしまった。