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衣装は控えめで、装身具も最低限。顔立ちは整っているが、どこか意図的に印象を薄めている。花街の夜に紛れるための、完璧な〝変装〟。

――だが、纏っている気配が違う。


ランディリックは一瞬で悟った。


この男は、立場に慣れている。

視線を集めることにも、沈黙を支配することにも。


青年は軽く笑みを浮かべ、形式ばらない口調で言った。


「待たせたかな。堅苦しい挨拶は抜きでいいだろう?」


誰も、身分を口にしない。

だがこの場に集められた男たちは、全員が分かっている。


――イスグラン帝国王の一人息子、アレクト・グラン・ヴァルドール皇太子殿下だ。


夜に紛れ、名を伏せ、立場を脱ぎ捨ててなお、消えない重み。


軽い世間話から始まった。

王都の空気、最近の動き、差し障りのない話題。

杯も回り、場の温度はゆるやかに上がっていく。


だが、ランディリックは知っていた。


これは前置きだ。


やがて青年――アレクトは、ふっと声音を落とした。


「さて……本題に入ろうか」


その一言で、空気が変わる。


ランディリックは杯を置き、視線を上げた。

次に発せられた言葉が、誰の名を含むのか。

その予感だけが、胸の奥で、冷たく脈打っていた。



***



アレクトは、ふっと場の空気を和らげるように微笑み、それから穏やかな声で口を開いた。


「セレノ殿下。少しだけ、お耳をお借りしても?」


名指しされたセレノは、わずかに姿勢を正す。


「殿下は……ウールウォード伯爵令嬢に、私情を抱いておられる。わたくしは、そうお見受けしたのですが……合っていますか?」


あまりにも柔らかな問いかけだった。

責めるでもなく、探るでもなく、ただ確認するだけの声音。


だがその言葉が向けられた瞬間、ランディリックの胸の奥が、ひどく静かに軋んだ。


セレノは一拍、視線を伏せたが、逡巡は短く……やがて彼は逃げずに顔を上げる。


「……はい。否定はいたしません。私はリリアンナ嬢のことをお慕いしております」


誠実すぎるほどの返答だった。


アレクトは小さく息をつき、どこか納得したように頷く。


「……やはり、そうでしたか」


その声音には、驚きも責めもない。

続けて、思い出すように言葉を継いだ。


「先日のデビュタントでのお二人のご様子を拝見して……もしや、とは思っていたのですが」


その一言で、ランディリックの中に、あの夜の光景が鮮明に蘇る。

視線の行き先。距離の取り方。言葉にされなかった沈黙。


(やはりな)


納得と同時に、胸の奥で何かが沈んだ。

セレノ殿下を、リリアンナの王都行きに合わせて同行させる――。

その命がアレクト殿下から下った時点で、こうなる可能性は、頭のどこかで想像していた。


「でしたら……なおさらですね」


アレクトはそう前置きしてから、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「殿下のお心を無視した形で友好を語るのは、わたくしとしても、本意ではありません」


一見すれば、理解ある言葉だった。

だが、その“理解”が向けられているのは、個人ではなく立場だ。


「殿下の国の色を色濃く受け継いだウールウォード伯爵令嬢は――」


その名が出る直前、ランディリックは無意識に呼吸を止めていた。


「殿下のお気持ちを尊重した上でこそ、友好の象徴になり得る方です」


誰も、すぐには言葉を挟まなかった。


ランディリックは杯を置く。

音は、思っていたよりも小さかった。


視線を伏せたまま、ただ一度だけ、ゆっくりと息を吐く。


怒りは、まだ形を持たない。

だが確かに、胸の奥で、冷たく脈打っていた。

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