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少し落ち着いた感じがする?
王都エスパハレの朝は、思いのほか静かだった。
デビュタントの夜から、そして――ランディリックがひと晩、姿を見せなかったあの夜から、すでに数日が経っている。
ウールウォード伯爵家の邸内では、出立の準備が粛々と進められていた。廊下を行き交う使用人たちの足音も、どこか控えめで、まるでこの家そのものが、旅立つ主をそっと送り出そうとしているかのようだった。
リリアンナは自室の窓辺に立ち、外光を受けて淡く輝く布を見つめていた。
今朝方、業者が届けてきたばかりの布地だという。
「……薄桃色のチュリーヌの花みたい。綺麗な布ね」
思わず零れた呟きに、背後から穏やかな声が応じる。
「はい。お嬢様のお部屋に、新しく掛けるカーテンでございますよ」
振り返ると、執事のラウがいつもの端正な佇まいで立っていた。その表情はどこか柔らかく、懐かしさを含んだ微笑みを浮かべている。
「次にリリアンナお嬢様がお戻りになるときには……昔のようなお部屋の雰囲気に戻っていると思いますよ」
その言葉に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
喉の奥が熱くなり、リリアンナは思わず瞬きを繰り返した。
「……ありがとう、ラウ」
そう答える声は、わずかに震えていた。
ラウはそれ以上は何も言わず、ただ静かに一礼する。
少し離れた場所で、二人のやり取りを遮ることなく見守っていたランディリックは、口元にほんの僅か……満足げな色が浮かんでいた。
ここへ着いてすぐ老執事のラウを呼び出し、内密に頼んでいたカーテンだったが、リリアンナが出立するぎりぎりの日に間に合ったのはある意味僥倖に思えた。
布の取り寄せから、リリアンナの自室窓の幅に合わせた縫製……と結構手間のかかる作業だったから、もしかしたら間に合わないかもとも考えていたのだが、請け負ってくれた業者には少し色を付けた代金を支払わねば、と思う。
リリアンナが奪われていたものが、少しずつ取り戻されつつある――。
その気配を、リリアンナと同じくらい、ランディリックが噛みしめているようだった。
こうして、王都での滞在は静かに幕を閉じようとしていた。
***
ランディリックは、グランセール駅の石造りの構内に立ち、荷を下ろすために停められた馬車のそばで行き交う人の流れを眺めていた。
列車はすでに駅舎内に入っていたが、出発の時間まではまだだいぶある。
王都の駅とはいえ、列車の本数はそう多くないのだ。
その待ち時間を縫うようにして、使用人たちが慣れた手つきで荷を運び、いくつもの旅箱を幌付きの荷馬車から下ろしては、列車内の荷物室へ積み込んでいく。
行き同様手荷物だけ手元に置いて、リリアンナがその様を侍女のナディエルとともに楽しそうに眺めている。