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自身が二十年以上の長きに渡って愛用して来たハンドルネームを不意に告げられ、善悪のビックリは最高潮であった。
突然の『身バレ』に焦る事すら忘れ、続く結城(ユウキ)氏の言葉を待っていた。
「やっぱり、そうだったんですね。 幸福さん」
「んぐっ」
……それから暫く(しばらく)の間、善悪は何とも居心地の悪い時間を過ごしていた。
こっぱずかしいやら、照れくさいやら、顔を赤らめつつ変なこそばゆさを感じながら話を聞いていた。
結城氏の口から告げられた内容とは、会社立ち上げ当初から始まっていた。
黎明期(れいめいき)ゆえの苦難に耐えかねた、彼を含んだ初期メンバーは一つの間違いを起こした。
話題になりさえすれば、と焦る気持ちのままに、奇をてらった、いやてらい過ぎた問題作を世に送り出してしまう。
『目を剥(む)く捕虜』シリーズ。
リアリティに拘(こだわ)り過ぎた表情のみならず、実際の紛争地を彷彿(ほうふつ)とさせる非人道的な場面設定に、ネット上にはムナクソ注意報が吹き荒れた。
最悪評価のレビューが飛び交い、起業前からのコアな支持者たちも、挙(こぞ)って批判の声を大ボリュームで上げたのだった。
彼等自身、廃業は止むを得ないと覚悟を決め、何よりもクリエイターとしての自信を完全に喪失していた。
沈み込んだ彼らはアトリエの中で呆然と頭を抱え込み、誰一人口を開く事もなく、何かの虫の蠢くカサカサという音だけが部屋に聞こえていた。
そんな時、ビジネスフォンが消滅(けたたま)しく響いたが、誰も受話器を取らなかった為、仕方なく結城氏が電話に応対したものだ。
通話相手から齎(もたら)されたお誘いは意外な物だった。
『独立』っぽい意味の自由出品、非審査で超有名な美術展へ、シンボリックアートとして参加してみないかという事だった。
話によると、シリーズ全体に漂う、捕虜たちの絶望に満ちた表情が、戦争の悲惨さ、卑劣(ひれつ)さ、恐怖を如実に現しており非常に啓蒙(けいもう)的だそうだ。
結城氏には、大変意義深い、身に余るお誘いに感じられた物だ。
『アメリカ拡張主義を許さない』とか『権力体制の根本的な革命を』とか、難しそうな話が出てきたので、丁重に御辞退申し上げたが……。
だがしかしこの一件が、落ち込みまくりで生ける屍(しかばね)の様だったスタッフ達を変えるきっかけになった。
彼らに変化を齎(もたら)した物、それは『見る人によって評価は違う!』という、極々当たり前の普通の話だった。
その事に今更気付いた彼らは、特段残念だった訳では無い。
そんな事にも思いが至れないほど、ガッカリしまくって居たのである。
ともあれ、そこからの彼らの行動は早かった。
メンバー全員が、各々のデスク上のパソコンを起動させると一斉にネット検索を始めたが、最早彼らの目に一切の迷いはなかった。
訪れたのはレビューサイト、数多の商品評価サイトからそれぞれが、『これだっ』と、思い思いに自社の商品を探し始めた。
そうエゴサーチ、それも数少ない高評価のレビューを必死に探し始めたのだ。
自己満足? 現実逃避? そんな心無い言葉を発する『真実の口』はここには存在しなかった。
相変わらずローマでチ~ンとしていた。
高評価のレビューを目にし続けるスタッフたちの顔には、次第に恍惚(こうこつ)とした表情が張り付き、口元はだらしなくヘラヘラと緩み涎(よだれ)を湛えた。