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🤍『お邪魔しました。またね、翔太くん』
村上は、微笑むと、翔太の頭に手を伸ばして優しく撫で、颯爽と戸口を出て行った。
💙「おにい、ちゃん?」
村上が帰った後、亮平は翔太が部屋に入って来ても暫く心ここに在らずでぼうっとしていた。なぜか赤い顔をして、ぼんやりしたままでいる。『おべんきょう』が終わったら、すぐに遊んで貰えるとばかり思っていた翔太は、小首を傾げた。
💙「どうしたの?」
ー何かの花のにおい?
いつものように亮平の腰に巻き付くと、亮平はその表情に嫌悪感を漲らせ、翔太の小さな身体を拒絶するように振り払った。
💙「ふぇ……っ…」
突然のことに驚き、今起きた状況を理解するや否や、翔太の目から大粒の涙が零れた。大好きな兄に拒絶されたと感じた。しかし、亮平は泣きだす翔太を顧みることなく、逃げるように子供部屋を出て行ってしまった。
◆◇◆◇
ひとしきり泣いた後。
寂しくなった翔太は自分のベッドの枕元に置いてあった白いクマのぬいぐるみと一緒に、愛する兄のもとへと向かった。
💙「お風呂ぉ?」
水の音がする。
脱衣所から、そうっと浴室の中を覗いてみる。シャワーからお湯を全身で受けている亮平は、ぎゅっと目を瞑り、唇を噛んでいた。兄の唯ならぬ様子に、翔太は声を掛けるのも躊躇われ、階段を上がり、自分たちの部屋へと再び戻ってきた。そしてそのまま兄のベッドに横たわる。また涙が滲んで来た。
兄は怒っているんだろうか?
自分は、何かしたんだろうか?
取り返しのつかない、何かを??
今日は涼太と遊んでいて、昼間は家にいなかった。
家を出る時に、兄はいつもの通りだっただろうか。何処か、心細いような縋るような視線を感じなかっただろうか。
💙「お兄ちゃん、寂しかったのかな…」
そう考えると翔太は居ても立っても居られなくなって、ぽろぽろと涙が溢れて止まらない。この夏、涼太という彼にとって初めての友達ができたせいで、兄を放ったらかしにしてしまったせいかもしれない。
ここのところ、兄は少しおかしかった。一緒にご飯を食べていても、テレビを見ていても、どこか考え込んだり、ぼんやりとしていた。口数も以前に比べて減ったように思う。何かに悩んでいるのかもしれなかった。
自分より大きくて、頭が良くて、そして誰よりも優しい兄が、兄だという理由だけで、何度も理不尽に叱られたり我慢させられているのを幼いながらに翔太は知っていた。そして翔太は思っていた。それでも自分に優しく接してくれる兄よりも優しい人間になりたいと。今の翔太には、亮平を悲しませたのは自分のほかにいない気がして、胸が潰れそうな想いがしていた。
ガチャ。
部屋の扉が開く。
風呂上がりの亮平が入って来た。幾分スッキリしたような顔で、漸く弟を気遣う表情を見せた。
💚「翔太?」
💙「……っ。めんなさぁい。ごめ……さい」
ひっくひっくとしゃくり上げる翔太を、亮平は戸惑いを浮かべて抱きしめた。この小さな弟は、何に対して謝っているのだろう。亮平は考えてみるが、皆目わからない。
ベッドの前にしゃがみ込み、弟の小さな手を取ると、涙に濡れた頬を肩に掛けたままのバスタオルで優しく拭いてやった。
💚「どうした?」
いつもの優しい兄だ。
亮平は、心配そうに自分を覗き込んでいる。
翔太は、あう?と声を漏らして、そっと亮平の肩に小さな手を置いた。
💙「怒ってる?」
亮平は目を見開き、弟の背中に手を回すとぎゅうと抱きしめた。まだ年端もいかない可愛い弟が小さな胸を痛めている。翔太が亮平を怒らせることなんて考えもつかなかった。でも、この小さな弟は小さいなりに何か自分のことを心配してくれていると亮平は悟ったのだった。兄として情けない。この優しく可愛い弟に心配をかけてはいけない。
亮平は翔太の頬に優しく口付けた。
翔太は顔を赤くし、目を丸くしている。兄から口付けを受けたのはこれが初めてのことだった。
💙「…………はわ」
翔太の口から声にならない声が漏れた。
💚「翔太、大好きだよ。本当に大好き」
翔太はおずおずと言う。
💙「僕も好き。お兄ちゃんが世界で一番好き」
◆◇◆◇
この夜は、兄弟に与えられた二段ベッドの下の階で二人仲良く手を繋いで眠った。すやすやと眠る弟の寝顔を見ながら、亮平は穏やかな気持ちで久しぶりに安らかな気持ちでいたが、ふと考えてしまうのは、全く別のことだった。
明日も、村上が来る。
込み上げる下腹部の疼きを、亮平は隣に眠る弟に気づかれないようそっと撫で、甘い吐息を漏らした。
続
コメント
19件
お兄ちゃん頑張ってるね。 って下心の無いハグしてあげたい。 近所に住む親戚のおばちゃんの 立ち位置で。 もしくはk大の事務室でムラカミを 生ぬるい目線で観察してみたいです。
🤍💚もいいけど…💚💙は壊れないで欲しいな🥺どうなるのか楽しみ🤭