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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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黙ること数秒。

私もおとなしい方ではない。

言われて黙っていると思ったら大間違い!

ずいっと前に出ると|一野瀬《いちのせ》部長の大きな手が私を制した。


「|遠又《とおまた》。奥さんに逃げられても、まだわからないのか? お前がそんな考え方だから、一緒にいられなくなって逃げ出したんだぞ」


――えっ!? 結婚してたの? それも過去形?


驚いて遠又課長を見ると、赤い顔をしていた。


「毎日繰り返される自分への暴言が辛かったと、奥さんが言っていたじゃないか」


それを知っているのは一部の人間だけらしく。|葉山《はやま》君も驚いていた。


「奥さまは同じ会社の方だったんですか?」

「そうだ。俺たちと同期で、入社一年目に結婚した。一ヶ月でダメになって今に至る。相談を受けた俺は、いい弁護士を紹介したってわけだ」


餅は餅屋――そういうことだろうか。

たしかに一野瀬部長は頼れる人である。


「わざわざ、新織の前で、それを言う必要はないだろうがっ!」


「さっきの発言も言う必要のない言葉だ」


一野瀬部長は私をかばってくれたようだ。

そして、不敵な笑みを浮かべた。

私が見込んだとおりの上司キャラで、ケンカ上等の強気なタイプ。

そして――


「遠又。余計なことを言ってすまなかったな」


一野瀬部長があっさり謝った。

これは『俺が謝ったんだから、お前も謝れるよな?』ということだ。

なんてスマートな誘導。

悔しそうな顔で遠又課長は言った。


「悪かった……」


空気が重くなったのを察した葉山君が、遠又課長の背中を強く押す。


「お客様が待ってるんで、早く行った方がいいですよ」


葉山君が問答無用で遠又課長を会議室の外に出すと、素早くドアを閉めて苦笑した。


「部長。あんまり遠又課長を刺激しないでくださいよ。敵を作りすぎじゃないですか?」

「むこうが俺を敵視するからだ」


スピード出世した一野瀬部長は有能だけど、わんさか敵がいるんだろうな~。

どれだけ敵がいようとも、乙木ホールディングスの社員の信頼度は、一野瀬部長の圧勝である。

一野瀬部長が海外支店から本社に戻るまで、本社は古くさい体制と堅苦しい雰囲気だった。

葉山君が着ているカジュアルスーツも禁止。

髪の色は黒でアクセサリーは結婚指輪以外は不可。

『クールビズなんて、どこの世界の話ですか?』ってかんじのスーツ族。

いやいや、私もスーツは好きだよ?

でも、お揃いのスーツを毎日見続けるほど退屈なものはない。

スーツはね、個性がでるから!

おしゃれさゼロの会社だったのを一野瀬部長は一年もかからずに変えてくれた。

リフレッシュスペースを提案したのも、社食のメニューを一新したのも、フレックスタイム制を導入したのも、一野瀬部長である。


――すごい人なのよね。


そんな一野瀬部長の顔をまじまじと見つめてしまった。

整った顔立ち、長いまつ毛、育ちがいいのか上品な雰囲気がある。


――ん? そういえば、ミニ鈴子たちが現れないわね?


気づけば、いつもなら大騒ぎしているミニ鈴子たちが出てこなかった。


「新織。悪い。話す時間がなくなった」


腕時計を見て、一野瀬部長はため息をついた。

多忙であるから仕方がない。


「そうですね。また日を改めますか?」


「いや、俺も忙しくて平日はなかなか……。そうだ。新織さん。悪いけど、土曜日に半日だけ時間をもらえないかな」


「休日出勤ですか……」


予定はない。

ないけど、オタクには趣味という予定が常にあるが、さっき遠又課長から庇ってもらった恩もある。

ここは、おとなしく一野瀬部長に合わせることにした。


「……わかりました。土曜日の午前に打ち合わせの続きをしましょう」


今まで無表情か、難しい顔しかしてなかった一野瀬部長が微笑んだ。

そして、それを見て驚く葉山君。

そうよね!!

そうなるわよね!?

それはすごい破壊力だった。

ミニ鈴子達が忍者スタイルで飛び出してくる。


『いままで忍んでいたのはこの時のためっ!』

『これは忍んでいる場合じゃないっ』


シュタ、シュタタッと走り回った。

本体(鈴子)と違って身軽でうらやましい。


『女性に向ける笑顔への嫉妬! いただきましたぁー!』

『俺だけのものだったはずの笑顔……。そんな顔、誰にも見せたことないのに……どうして?』

『俺以外にその笑顔は見せないで!』

『不安な気持ちになる葉山っ!』

『おっーと!これはやっぱり付き合っているんじゃないですか? 笑顔への嫉妬、二人きりを阻止したさりげない登場!』

『これはもう恋人宣言だしちゃっていいのでは?』


だよねぇええ!

顔がニヤけそうになるのを必死で抑えた。


「助かるよ。新織。それじゃあ、土曜日にまたここで」


「はい」


素直に返事をしたものの、なにげない違和感があった、

うん? 私、いつの間に『新織』だなんて呼び捨てにされる仲になったの?

でも、なぜか遠又課長の時のような嫌悪感はなかった。

絶対正義イケメンのさりげない呼び捨て。


――というより、私の名前の呼び方なんて『新織』だろうが『新織さん』だろうが、どうでもいいのよ。


大事なのは、一野瀬部長と葉山君の関係である。

営業部フロアに去っていく一野瀬部長と葉山君の姿は親しげだ。

上司と部下の距離じゃないっていうか、あの二人肩を組むんじゃないのってくらい距離が近い。

だからこそ、妄想が捗るいうか……

顔を近づけて話す二人に、胸がキューンとときめいた。

どんどん仲良くしてください。

私のために!

乙女ポーズのまま、うっとりと二人の姿を見送った。

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