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「あれ、冬のボーナスって今日だっけ?」
「そうっすよ。12月25日は給料日で、ボーナス日で、最高のクリスマス。いい加減覚えてください。いつきくん、何年この会社で働いてるんすか」
りゅうせいのあの「傷ついた顔」を見てから一週間。毎日のようにクリスマスを心待ちにするだいきの声と裏腹に、俺の心にはずっと霧がかかっていた。
だいきは俺とどうこうなりたいなんて、今更本気で思っていないだろう。友達として、いつも通り楽しめばいい。そう言い聞かせても、モヤモヤは晴れない。
「いつきくん、今回のボーナスはいくら送るの?」
「ん。……もう、送らなくて良くなった」
「……へ?」
「だから、もう貧乏じゃないってこと。家だって引っ越すし」
「マジで?! ていうかそれ、詳しく聞いていい話なの?」
「別に、いいんじゃない?」
だいきが珍しく神妙な面持ちで身を乗り出してくる。本当は他に聞いてほしい人がいるけれど、自分から言うのも気恥ずかしい。だから、だいき経由で自然と伝わればいいと思っていた。
「え、何の話っすか? 俺も聞きたいです!」
「いつきくん、ボーナス独り占めなんだって。ちょ、りゅうせいも来て。みんなで聞こう!」
だいきはさっきまでの真剣な顔から一転、ワクワクを隠しきれていない。
「……俺も、聞いていいんすか?」
それはもう、君にこそ聞いてほしい。だけど、これを話したからといって、夏頃の俺たちに戻れるわけじゃない。
「……まあ、大丈夫だよ」
「で?」
「……元奥さんが再婚します。」
「うわっ! そうだと思ったんだよな!」
「でも早すぎないっすか? まだ離婚して一年経ってないですよね。付き合って短期間で、相手もよく子持ちの奥さん選びましたよね」
「いっちゃん、言い方!」
だいきに注意されているが、今はそのいっちゃんのストレートな性格に助けられた。おかげで話がスムーズに進む。りゅうせいがどんな反応をしているか気になるが、彼はまだ事態の全容を理解できていないようだ。
「……俺ら、二年ちょっと結婚してただろ?一年妊活して、できなくて、彼女がパートを始めたんだよ。その時の、店の店長が新しい旦那」
一瞬、オフィスの一角が凍りつく。
核心に気づいてしまった奴が一人と、まだ事態を呑み込めていない奴が二人いるな。
「いつきくんと別れてから再会した、ってこと?」
「シングルマザーになった奥さんを不憫に思って、店長が……『もらった』ってことですか?」
「……いや、絶対それ、奥さんのお腹にいたの店長の子どもでしょ? 一年妊活してできなかったのに、パートし始めてすぐできたんでしょ?」
「……いっちゃんは本当に察しがいいね」
皮肉でもなんでもなく、気持ちいいくらいズバッと言ってくれた。あまりの潔さに、悲しみよりも先に笑いが込み上げてくる。
「いつきくん……全部、お金返してもらわなきゃダメだよ!」
だいきの食いつくポイントがそこなのが、いかにも彼らしくて面白い。
「別にいいよ。俺と結婚してる時に産まれた子だから、ついこないだまでは俺の子だった。渡してたのは子どもへの養育費だったし、そこは割り切ってるんだ」
「いや、でもさ。前払いした将来の進学資金は関係ないじゃん? 俺が取り立てに行こうか? そういうの得意なんだけど」
「やめろよ。せっかく彼女の幸せが形になったんだ、壊滅させないであげて」
「……いつきくん、本当に好き」
「なんで、いっちゃんなんだよ!」
急にいっちゃんにぎゅうっと力いっぱい抱きしめられて、笑いが止まらなくなった。だいきはといえば、なんだか感慨深い顔で俺を見つめている。もしかして感動してるのか? 俺、そんな大したことは言ってないぞ。
本当は、どこかでホッとしているんだ。
自分が幸せにできなかった分、彼女を受け取ってくれた人がいた。俺の役目は、これでようやく終わったんだ、と。
これからは、俺を大切に思ってくれる人を、俺も同じように大切にできる。過去の引け目から解放されて、ちゃんと自分の道を生きていけるんだ。
終わらないいっちゃんのハグに苦笑しながら、ふとりゅうせいの方へ視線をやった。
彼は、あまり興味がなさそうな、どこか遠い目をしていた。……そっか。りゅうせいからすれば、いきなり他人の泥沼の離婚事情を聞かされても、どうしようもないよな。
俺がりゅうせいを突き放した本当の理由も言っていないし。りゅうせいだって、ただ「社内恋愛は無理だから」と断られたとだけ思ってる。
俺たちの間に流れる沈黙だけが、冬の冷たい空気を含んで、少しだけ重かった。
萩原なちち