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「あがががががぁっ――」
クロが地べたで悶絶しながら、図体に似合わぬ情けない悲鳴を上げていた。
その鼻っ柱には血痕が。
鼻を押さえられないのは辛いものだな――と、オレは他猫事ながらに同情しなかったものだ。
それにしても見事な迄に刻まれた、オレの爪痕。即ち――“ロード・ナインテイル・クロウズ ~九尾の爪 猫の道”
オレは確固たる、自分の戦闘スタイルを築き上げていた。
ちと、やり過ぎ感もあったが反省はしない。
戦闘は常に完全勝利。相手を圧倒的に屈伏させる必要が有る。後々遺恨を残さない為にもな。
「勝負あり……だな。これでオレが上だと分かった筈だ」
勝利の余韻に今暫く浸ってもよかったが、そこはグッと堪えて、倒れたクロを見下ろしながら宣告する。
“鉄は熱い内に打て”
まだ敗北の絶望に打ちひしがれている、今の内に――だ。
「わわ分かったぁっ! 俺の負けだ」
それでいい。敗北はきちんと、相手の口から言わせた方がいい。
つまりクロは、これからオレに頭が上がる事は無いのだ。
「――だから早く病院にぃぃ!!」
それにしても情けない。図体だけだなコイツは。
「病院? 寝惚けるな。その程度、ツバつけときゃ治る」
もう少し猟犬の誇りを持って欲しいものだ。まがりなりにも、オレと闘ったのだから。
「そんな殺生なぁぁぁ――」
もう此処に用は無い。
クロの女々しい遠吠えを無視し、オレは屯所へと帰還する。
道中、目の上のタンコブが一つ消えた――と、オレは思わず顔が緩んでしまったものだ。
――その後どうなったかだと?
まあこれも勝負の掟。クロはあの日以来、オレに道を譲るようになった。
つまりオレは庭中を、自由に動き回れるようになったと言う訳だ。
テリトリーは関係無い。お前の場所はオレの場所。
まあクロはオレにリベンジの気持ちは、まがりなりにも有ったとは思う。
たまにオレが庭内を優雅に闊歩中、闘争の構えを見せる事も度々あった。
その度にオレは『シャアァァ』と威嚇するだけで、クロは哀れにも降参の構えだ。
これは致し方ない。一度刻まれた痛みと恐怖、そして屈辱感はそう簡単に消える事は無い。
クロとはまた何時か、命のやり取りをすると思っていたが、最後までその時は訪れなかったな……。
――さて、ここまで聞いた貴公等に勘違いして貰いたくはないのだが、オレは別にクロに恨みがあった訳でも、ましてや嫌いだった訳でも無いぞ。
闘いこそが雄の華なのだ。貴公等にも雄……否、男が居るみたいだから、この気持ちは分かるだろう。
弾ける爪戟、飛び散る毛並み――命のやり取り。
雄の血が燃えたぎるのよ……。
あの頃は若かったわオレも。
――そうそう、こんな事もあったな。
ある日の事。オレの古傷が疼く、茜色の黄昏時。一匹のカラスが間の抜けた鳴き声を、屯所近くの電信柱から発していた。
その声帯の共和同音と、本能ですぐに気付いた――
“コイツはあの時のカラスだ”
そう。血を分けた兄弟であるシロを死に至らしめ、オレをも危機に瀕させたアイツだ。
オレはその姿と声に、一瞬で血が沸点した。頭に血が上ったと表現したらいいか?
わざわざ舞い戻って来るとは御目出度い奴だ。オレに殺されにな……。
ようやくシロの仇を討つ事が出来る――と、誓いの怒りが感情を支配しようとも、不思議とオレは冷静だった。
近くの一本松にそろりと登りながら、虎視眈々とその機を伺う。
――奴は遅蒔きながらオレの存在に気付いたが、もう遅い。
奴は逃げようと漆黒の翼を広げるが、オレのオーヴァーレブの前では止まって見える。
オレは音も無く飛び掛かり、奴の喉元へと喰らい付いた――。
「――ッギ!」
奴が断末魔の悲鳴も、抵抗の逆鱗も見せる間も無く、オレは喰らい付いたまま回転する、鰐特有の“デスロール”で奴の頸椎を捻り、そのまま奴の身体をクッションに地面へと着地した。
一瞬で絶命。コイツには何が起きたのかすら、分からないまま逝っただろう。
微動だに動かない亡骸を前に、オレはようやく仇が討てた――と同時に、言い知れぬ虚しさも感じたものだ。
シロの輝かしい猫生を一瞬で奪ったコイツ。そして応報的に、オレに一瞬で奪われたコイツにな……。
オレの心のざわめきを鎮めるには、コイツの断末魔の悲鳴と、シロの墓前に報告する以外に無い――と思っていた。
だがそれでシロが浮かばれる訳でも、ましてや生き返る訳でもない。
“因果応報――命とは儚きものかな”
憎しみは途絶える事無く連鎖する、何時の世も。だからこそ戦争や縄張り争いは無くならないのだ決して。
仇を討ったあの日――哀愁漂う茜色の空。
“討つ者と討たれた者”
オレに残ったのは虚無感だけだった。
――まあそれでもオレは奴を引きづり、シロの墓前へと報告に行く。
おっと……女神にも伝えないとな――
「きゃああぁぁ――ほしっ! ちょっとやめっ!」
道中、屯所からお出迎えしてくれた女神は、オレの姿を一目見るなり悲鳴を上げた。
そんなに嫌がらなくても……。
そうなのだ。彼女は以前からもそうなのだが、オレが雀や蝮、その他諸々の戦利品を持ってくるのを嫌がるのだ。
だからこそオレは、女神だけには目を触れさせないようにしてたのだが、今回ばかりは事情が違うだろ?
「ほし、お願い……」
女神はシロの仇を討った嬉涙より、嫌悪の方が大きいみたいだ。
両手でその美し過ぎる顔を覆い、このままでは泣き出してしまいそうだったので、流石のオレも気の毒と思い、亡骸をくわえたまま此所を後にした。
――そしてシロの墓前へと華を添える。
分かっている……お前は喜ばないのだろ?
それでもこれはケジメだ。オレがオレである為に。
オレは暫し二つの墓前で哀愁に浸りながら、陽が落ちるまで座っていた。
――ああちなみにな、奴の亡骸はミーノスが処分してくれたそうだ。
まあこれだけじゃなく、戦利品処分は全てミーノスの仕事だったらしい。
振り返ってみれば、アイツも因果な商売だよな処分係。