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第五十六話 帰り道
駅に戻るころには、空が少しずつ暗くなっていた。
「今日、結構歩いたね」
彼女が言う。
「うん。思ったより疲れた」
「写真の場所、全部見られたわけじゃないけどね」
「それはまた今度でいいんじゃない?」
彼女は少し驚いた。
「また今度?」
「……嫌だった?」
「いや、そうじゃなくて」
彼女は笑った。
「なんか、もう次がある前提なんだなって」
「……確かに」
彼も少し照れたように笑う。
今日初めて会ったばかりなのに。
もう次の約束を考えている。
それが、二人には不思議と自然だった。
改札の前で、二人は立ち止まった。
「じゃあ、今日はここで」
「うん」
「気をつけて帰ってね」
「そっちも」
そのまま別れるはずだった。
けれど彼女が、
何かを思い出したようにバッグを開ける。
「これ」
取り出したのは、あのキーホルダーだった。
青いリボンがついている。
「見せるだけ」
彼もポケットから自分のキーホルダーを出した。
二つを並べる。
やっぱり似ている。
「こうして見ると、本当に同じだね」
「うん」
彼女は少し考えてから言った。
「いつか、これを誰からもらったのか分かるといいね」
「うん」
彼はキーホルダーを見つめる。
その瞬間。
ほんの一瞬だけ、記憶が浮かんだ。
駅。
今日とは違う服。
隣にいる誰か。
そして、その人の手に青いリボン。
「……」
彼は黙り込んだ。
「どうしたの?」
「いや……」
言いかけて、やめる。
今見えたものが何なのか、自分でも分からない。
ただ、今までより少しだけ鮮明だった。
「帰ったら、また連絡する」
「うん」
二人は別れた。
それぞれ違う方向へ歩いていく。
彼は何度も振り返りそうになったが、やめた。
今日初めて会った。
それなのに、別れた瞬間から少し寂しい。
そんな自分がおかしくて、彼は小さく笑った。
一方、彼女も帰り道で
スマートフォンを見つめていた。
まだ連絡は来ていない。
でも、不思議と待ってしまう。
今日会うまでは、画面越しの相手だった。
今は違う。
声も。
表情も。
歩き方も。
全部知っている。
そして、もっと知りたいと思った。
その夜。
彼からメッセージが届いた。
『今日はありがとう』
彼女はすぐに返した。
『こっちこそ』
少し間を置いて、もう一通。
『楽しかった』
『私も』
そして彼は、少し迷ってから送った。
『実は、帰りに少しだけ思い出した』
彼女の手が止まる。
『何を?』
『駅にいた』
『今日の?』
『違う。たぶん昔』
『誰と?』
しばらく既読がつかなかった。
やがて、
『分からない』
と届く。
彼女もそれ以上は聞かなかった。
でも、今日一緒に歩いた道を思い出していた。
もし昔も、誰かと同じ道を歩いていたのなら。
その「誰か」は、いったい誰だったのだろう。
二人はまだ、その答えを知らない。
ただ――
今日の帰り道から、
過去だけではなく、今の二人の時間も
少しずつ積み重なり始めていた。
コメント
1件
クラリスさん、第56話読みました🥀 帰り道の、別れ際の空気感がすごくリアルで、読んでて切なくなった。初めて会ったのに、もう次を自然に考えてる距離感、いいな。キーホルダー並べて、記憶がふわっとよみがえる瞬間、何か胸にくるものがありました。まだ答えは出てないけど、今の時間が積み重なっていく感じが、静かに温かかったです🤍
設楽理沙
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設楽理沙
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芙月みひろ
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